感染症の話トップページへ

2002年第15週号(2002年4月8日〜4月14日)掲載

◆ 破 傷 風

 破傷風は、破傷風菌(Clostridium tetani )が産生する毒素のひとつである神経毒素(破傷風毒 素)により強直性痙攣をひき起こす感染症である。破傷風菌は芽胞の形で土壌中に広く常在し、 創傷部位から体内に侵入する。侵入した芽胞は感染部位で発芽・増殖して破傷風毒素を産生す る。破傷風の特徴的な症状である強直性痙攣は破傷風毒素が主な原因であり、潜伏期間(3 〜21 日)の後に局所(痙笑、開口障害、嚥下困難など)から始まり、全身(呼吸困難や後弓反張など)に 移行し、重篤な患者では呼吸筋の麻痺により窒息死することがある。近年、1 年間に約40 人の患 者(致命率:約30%)が報告されているが、これらの患者の95%以上が30 才以上の成人であった。

疫 学
 我が国では破傷風は1950 年には報告患者数1,915 人、死亡者数1,558 人であり、致命率が高い (81.4%)感染症であった。1952 年に破傷風トキソイドワクチンが導入され、さらに1968 年には予防 接種法によるジフテリア・百日咳・破傷風混合ワクチン(DTP)の定期予防接種が開始された。以 後、破傷風の患者・死亡者数は減少し、1991 年以降の報告患者数は1 年間に30 〜50 人にとどま っているが、依然として致命率が高い(20 〜50%)感染症である。1999 〜2000 年に報告された患 者に関して、年齢分布は95.5%(150人)が30 歳以上の成人であり、男女の内訳は男性90 人(57.3%)、 女性67 人(42.7%)であった。また、患者数は1999 年には65 人、2000 年には92 人と増加傾向を示し ており、今後その動向に注意を払う必要がある。
 新生児破傷風は1995 年の報告を最後に、それ以降報告されていない。しかし、世界の新生児 の主要な死亡原因の一つとなっている。

病原体
 偏性嫌気性菌である破傷風菌は好気的な環境下では生育できないので、通常、熱や乾燥に対 し高い抵抗性を示す芽胞の形態で世界中の土壌に広く分布している。我々の日常生活におい て芽胞との接触を完全に遮断することは不可能であり、誰にでも感染が成立する可能性があると いえる。
 破傷風菌はその芽胞が創傷部位より体内に侵入し感染する。現在でも転倒などの事故や土い じりによる受傷部位からの感染が多い。創傷部位を適切に治療することにより、感染の可能性が 低くなる。しかし、破傷風菌の芽胞は極めて些細な創傷部位からでも侵入すると考えられており、 侵入部位が特定されていない報告事例(1999 〜2000年では23.6%)も多い。また、アメリカ合衆国 では注射による薬物依存者に破傷風患者が報告され、芽胞に汚染された薬物、その溶解液や注 射器からの感染の可能性が指摘されている。日本国内でも薬物乱用者の増加が懸念されている ことから、今後注意が必要である。
 新生児破傷風は、衛生管理が十分でない施設での出産の際に、破傷風菌の芽胞で新生児の臍帯の切断面が汚染されることにより発症する。

臨床症状
 破傷風菌が産生する毒素には、神経毒(破傷風毒素、別名テタノスパスミン)と溶血毒(テタノリジン)の2種類がある。破傷風の主症状である強直性痙攣の原因は、主に神経毒である破傷風毒素によると考えられている。
 患者は通常3 〜21 日の潜伏期を経て特有の症状を呈するが、その段階は次の4 期にわけられる(「改訂・感染症マニュアル」、厚生省保健医療局結核感染症課監修、マイガイア、1999 年)。
第一期:潜伏期の後、口を開けにくくなり、歯が噛み合わされた状態になるため、食物の摂取が 困難となる。首筋が張り、寝汗、歯ぎしりなどの症状もでる。
第二期:次第に開口障害が強くなる。さらに顔面筋の緊張、硬直によって前額に「しわ」を生じ、 口唇は横に拡がって少し開き、その間に歯牙を露出し、あたかも苦笑するような痙笑(ひきつり笑 い)といわれる表情を呈する。このような顔貌を破傷風顔貌と称する。
第三期:生命に最も危険な時期であり、頚部筋肉の緊張によって頚部硬直をきたし、次第に背筋 にも緊張、強直をきたして発作的に強直性痙攣がみられ、腱反射の亢進、バビンスキーなどの病 的反射、クローヌスなどがこの時期に出現する。
第四期:全身性の痙攣はみられないが、筋の強直、腱反射亢進は残っている。諸症状は次第に 軽快してゆく。 破傷風では初期(第一期)症状(一般に開口障害)から、全身性痙攣(第三期)が始まるまでの 時間をオンセットタイムといい、これが48 時間以内である場合、予後は不良であることが多い。 新生児破傷風は潜伏期間が1〜2 週間で、特徴的な症状には吸乳力の低下などがある。発症 すると60 〜90%が10 日以内に死亡する。 1999〜2000 年に報告があった破傷風症例(157例)の中で、臨床材料から菌が分離されたのは 1 例であり、他の156 例は臨床症状から診断された。このように、強直性痙攣などの破傷風特有な 症状により臨床的に診断されることが多い。破傷風治療の要である抗破傷風ヒト免疫グロブリン (TIG)療法は、発症初期に実施することが望ましいので、破傷風の治療には早期診断が重要で ある。 破傷風の診断では感染部位を特定することは重要であるが、必須ではなく、実際に感染部位 が特定されていない場合も少なくない(1999 〜2000 年では26%)。そこで、外傷の有無に関わら ず、開口障害や嚥下困難などが認められた場合には破傷風を疑う必要がある。 また、TIG 投与前の患者血清中の破傷風抗体価を測定し、免疫状態を推測することができる。 それが発症防御レベル(0.01 単位/ml )以上であるなら、破傷風でない可能性がある。しかし、こ こで注意する必要があるのは、TIG の投与の有無、抗体の測定方法である。TIG 投与後では、そ れにより受動的に導入された抗体と過去に接種されたワクチンにより誘導された抗体を区別する ことはできない。また、測定方法が中和試験ではなく、ELISA 法や凝集法であるなら、必ずしも正 確に中和抗体価をあらわしていない可能性がある。さらに、(ELISA 法で測定して)発症防御レベ ル以上の抗体価を保有しながらも実際に発症した例もある。

病原診断

 偏性嫌気性菌である破傷風菌の栄養型は、検査時に好気環境へ暴露すると容易に死滅する ので、菌の継代などの作業は速やかに行う必要がある。一方、破傷風菌が形成する芽胞は薬剤 や熱などに対して極めて高い抵抗性を持つことから、検査施設内の汚染防止に十分な努力が必 要である。破傷風の検査従事者は自分の血中破傷風抗体価を測定し、0.01 単位/ml 未満の場合 には、ワクチン接種により免疫を獲得しておくことが望ましい。 臨床症状(強直性痙攣)から診断されることが多く、検査時にはすでに抗菌薬の投与後で、菌 の検出が困難な場合が多いことから、検体(患者の臨床材料など)から菌の分離を試みる機会は 少ない。しかし、菌の分離、さらにその菌株からの毒素の検出が行われれば診断がより確実(病原体診断)になるために、細菌学的検査として行うことが望ましい。 菌の分離(図1)に用いられる検体には、感染局所の清拭・切除による組織片を含む組織洗浄 液や膿汁などがある。検査時には、必要に応じて乳鉢などで粉砕して使用する。

図1. 細菌学的検査の流れ

菌の分離方法は、2 本の増菌培地(脱気済みクックドミート培地やチオグリコール酸培地など)に 検体を接種した後、1 本のみを加熱(80 ℃、5〜20 分間)し、他の1 本(芽胞を形成しにくい菌株も存在するため)とともに培養(37℃、2〜4 日間)する。破傷風菌が確認された少量の増菌培地を分離 培地(GAM 平板寒天培地や血液寒天培地等)の辺縁の近くに接種し、37℃24 時間嫌気ジャー内 で嫌気培養する。多くの破傷風菌は遊走性があるために、接種部位から離れた所まで到達する。 その到達部位の先端では純培養に近い状態で菌を分離することができる。しかし、遊走性の低い破傷風菌株もあるので注意が必要である。なお、増菌培地は加熱(100 ℃5分間)後氷水中で急 冷し、脱気した後に使用する。 グラム染色後の顕微鏡観察では芽胞は染色されないが、菌体だけが染色されるために、太鼓 のバチ状の桿菌として確認できる。培養初期では通常グラム陽性であるが、長期間培養すると陰 性化する傾向がある。 その後分離菌株から破傷風毒素を検出する必要があり、分離菌株を培養した増菌培地を用い て破傷風毒素検出試験を実施する(図2)

分離菌株を培養(4〜6日間)した増菌培地を濾過滅菌 (0.22 μm)し、その濾液(0.2〜0.4ml/匹)をマウス(a)の大腿部皮下に注射する。また、別のマウス (b)には、予め約100 単位の破傷風抗体(0.5ml)を静脈内投与する。破傷風抗体(通常1 単位の抗 体量は1,000 〜10,000 マウス致死量の毒素を中和する)投与30 分後に、さらにマウス(a)に接種した濾液を同じく接種する。これらのマウスを4 日間毎日観察する。接種濾液中に破傷風毒素が存 在する場合は、マウス(a)は破傷風毒素特有の体躯の硬直、屈曲、また下肢の強直性痙攣(図2. マウス写真)などを起こし、濾液に含まれる破傷風毒素量が多ければマウスは死亡する。マウス(b)は破傷風抗体により破傷風毒素は中和されるために発症せず、生存する(図2. 結果例‐1)。しかし、マウス(a )と(b )がともに発症しない場合、接種濾液中に破傷風毒素を含めマウスに対して致死活性を示す物質が存在しないと考えられる(図2. 結果例‐ 2)。また、マウス(a)と(b)がともに発症した場合、接種濾液中に極めて多量の破傷風毒素が存在するか、もしくはマウスに対して致死活性を示す破傷風毒素以外の物質が存在する可能性がある(図2. 結果例‐3)

図2. 破傷風毒素検出試験

治療・予防
 治療として、TIG の投与や、さらに感染部位の充分な洗浄やデブリードマンを行い、抗菌薬を投与する。対症療法として、抗痙攣剤の投与、呼吸や血圧の管理も重要である。
 破傷風毒素に対する特異的治療薬であるTIG は、組織に結合していない血中の遊離毒素を特異的に中和することができるが、既に組織に結合した毒素を中和することができないと考えられている。従って、その投与は可能な限り早期に実施することが望ましい。TIG 療法としては、外傷患者では1,500〜3,000単位を1 回投与する。熱傷患者では熱傷部位から免疫グロブリンを含む体液が漏出するために、投与量を増量する(「予防接種の手引き」、木村三生夫、近代出版、2000年)。
 破傷風はヒトからヒトへ伝播することはないが、呼吸や血圧の管理が可能な集中治療室などで実施することが望ましい。また、回復した患者でも十分な免疫が誘導されないので、ワクチン接種をして免疫を獲得することが望ましい。
 現行の「予防接種法」では、若齢者を対象に定期予防接種として、DTP(生後3カ月以上90カ月未満に4回)と沈降ジフテリア・破傷風混合トキソイド(DT)(11歳以上13 歳未満に1回)の接種が推 奨されている。定期予防接種の非対象者に対しては、沈降破傷風トキソイドを用いた初回接種(4〜8週間隔で2回)と追加接種(初期接種後6〜18カ月に1回接種)がすすめられる。多くの場合こ れらのワクチン接種により、発症防御抗体レベル(0.01単位/ml)を超える抗体価を獲得することが 可能である。さらに10年毎に追加接種を行えば、防御抗体レベル以上の血中抗体価を維持する ことができると考えられている。しかし、定期予防接種の対象者である若齢者ではワクチンの接 種率は70%を上回る反面、成人をはじめとする非対象者では、事故などの特別な理由がなけれ ば破傷風トキソイドワクチンを接種する機会は殆どないので、成人の多くは十分な破傷風抗体を 保有していない状況である。近年の破傷風患者の高齢化に伴い、今後成人への破傷風トキソイドワクチン接種の必要性に関する啓発が望まれる。
 また、事故などで発症のおそれがある患者の予防処置としては、予防接種歴に応じて沈降破 傷風トキソイドの接種が行われる。定期予防接種が完全に行われてから10 年以内であるなら、患 者の血中抗体価は発症防御抗体レベルを上回っていると考えられるが、それ以外の場合では沈 降破傷風トキソイドの接種を実施し、さらに、創傷の程度によりTIG 250 単位の投与も考慮する。 日本国内では1995年を最後にそれ以降新生児破傷風の報告はないが、致命率が極めて高く 治療が困難な疾患である。これには清潔な出産管理が基本であるが、加えて母親の免疫を高めておく方法がある。

感染症法における取り扱い (2003年11月施行の感染症法改正に伴い更新)
 破傷風は5類感染症全数把握疾患に定められており、診断した医師は7日以内に最寄りの保健所に届け出る。報告のための基準は以下の通りとなっている。
 ○診断した医師の判断により、外傷の既往と臨床症状などから、破傷風が疑われる場合
 なお、感染部位(外傷部位)からの破傷風菌の分離と同定、及び分離菌からの破傷風毒素の検出がなされれば、病原体診断である旨を報告する。


(国立感染症研究所細菌第二部 福田 靖 岩城正昭 高橋元秀)

   IDWRトップページへ

 

 

updated info

この記事は、1999年第32週 掲載を改訂して発行しました。

ページの上へ