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2002年第14週号(2002年4月1日〜4月7日)掲載


◆ ジフテリア

 ジフテリア(diphtheria)はジフテリア菌(Corynebacterium diphtheriae )の感染によって生じる上気道粘膜疾患であるが、眼臉結膜・中耳・陰部・皮膚などがおかされることもある。感染、増殖した菌から産生された毒素により昏睡や心筋炎などの全身症状が起こると死亡する危険が高くなるが、致命率は平均5〜10%とされている。現在我が国ではトキソイドワクチンの接種により患者は 激減し、年間数例が散発的に報告されるだけとなったが、1990 年代前半からの旧ソビエト連邦での大流行は、欧州各地を巻き込んだ国際的な問題となった。ジフテリアは国際的に予防対策が必要かつ可能な疾患として扱われ、WHO ではExpanded Program on Immunization (EPI )の対象疾患の1 つとしてワクチン接種を奨励している。

疫 学
 我が国におけるジフテリア患者の届け出数は、1945 年には約8万6 千人(その約10%が死亡)で あったが、最近10 年間(1991〜2000 年)では21 人(死亡2人)と著しく減少した(図1)。ジフテリアを 含む三種混合ワクチン(ジフテリア・百日咳・破傷風:DPT )は世界各国で実施されており、その普 及とともに各国においてジフテリアの発生数は激減している。

旧ソ連圏では、かつてはDPT の普及によってジフテリア患者数は極めて少数となっていたが、政 権崩壊のあおりを受けてワクチンの供給不足、あるいは安定性の低下によって住民の免疫レベル は低下し、その結果旧ソ連圏一帯でジフテリアが再び流行した。1990 〜1995 年で125,000人の患 者が発生し、4,000人以上の死亡が 確認された。国際協力によるワクチ ンの接種強化により、旧ソ連でのジ フテリアは再び減少した。このように ワクチン接種率が低下すると、ジフ テリアは再び流行する危険性がある ことが示唆されている。欧米諸国や 発展途上国でも散発例が見られてお り、海外渡航者の感染発症事例もあ る。

図1. ジフテリア届出患者数および死亡者数の推移、1945 〜1997 年

病原体
 ジフテリア菌(Corynebacterium diphtheriae )の感染により発症する。患者や無症候性保菌者の咳などにより、飛沫を介して感染する。毒素産生菌、非産生菌とも重症化の可能性がある。また、ジフテリア菌は3 種類のバイオタイプ(gravis型、mitis型、 intermedius型)に分類されているが、病原性との間に密接な関係はないと考えられている。
 Corynebacterium ulcerans (コリネバクテリウム・ウルセランス)はジフテリア様の臨床像をきたす 人獣共通感染症の起因菌であり、一般にウシやヒツジとの接触、または生の乳製品などを摂取することにより感染することが知られている。我が国でも2001 年2 月に、ジフテリア様症状を呈した患者からジフテリア毒素産生能を持ったC. ulcerans が分離された(病原微生物検出情報vol.23 No.3 (2002.3.)7 (61 ))。C. ulcerans はウシの常在菌であるが、ジフテリア毒素遺伝子を持ったファージが溶原化して、ジフテリア毒素産生能を持つ菌となることがある。ジフテリアの類似疾患を起こす病原体として注意が必要である。

臨床症状

 2 〜5 日間程度の潜伏期を経て、発熱・咽頭痛・嚥下痛などで始まる。鼻ジフテリアでは血 液を帯びた鼻汁、鼻孔・上唇のびらんがみられる。扁桃・咽頭ジフテリアでは扁桃・咽頭周 辺に白〜灰白色の偽膜が形成される(図2)

 ジフテリアの偽膜は厚く、その境界は鋭利で剥れにくく、剥がすと出血しやすい。頸部リンパ 節炎が特徴的であり、高度に腫張すると牛頚 (bull neck)状となる。喉頭ジフテリアは咽頭 ジフテリアから発展する場合が多く、嗄声・犬吠性咳嗽が特徴的である(真性クループ)。気道にも偽膜が形成されるため、呼吸困難が生 じる。膜形成が声門、気管支まで進展すると、気道閉塞をきたし死に至ることがある。
 合併症としては早期(1 〜2 病週)および回復 期(4 〜6 病週)にあらわれる心筋炎がもっとも予後不良で、この間は突然死に対する厳重な警戒 が必要である。したがって、主症状が改善した後も慎重な観察が必要である。末梢神経炎によ る神経麻痺は合併症の頻度として高いが、予後は比較的良好である。

図2. ジフテリアにおける咽頭の所見。咽頭における発赤・腫脹とともに、扁桃には剥離しがたい偽膜 が付着している。(柳下徳雄先生提供、日本医師会 雑誌67巻7号)

病原診断  ジフテリアの確定診断には、患者の病変部位からジフテリア菌を分離することが重要である。患者に抗菌薬や抗毒素を投与する前に、病変部位の材料(偽膜、咽頭変色部位、潰瘍部位など)の グラム染色(陽性桿菌)と異染小体染色を行うとともに、PCR 法でジフテリア毒素遺伝子の検査、 およびチンスダール培地、亜テルル酸塩加血液寒天培地、レフレル培地などで分離培養する。分 離された菌についての毒素産生能については、寒天内沈降反応法(Elek 法)や培養細胞法、ウサ ギ試験法、モルモット試験法などを行う。生化学性状試験については、市販品のアピコリネキット やRap ID CB Plus が便利である。PCR 法は迅速性があり、スクリーニングに適しているが、確定 診断にはジフテリア菌の検出が必須であり、各試験結果を総合して最終判定を行う。感染後の抗 体の上昇は著明ではないといわれており、抗体価による診断はむずかしい。


治療・予防
 治療開始の遅れは予後に著しい影響を与えるので、臨床的に本症が疑わしければ確定診断 を待たずに治療を進める必要がある。
 治療には動物(ウマ)由来の血清療法が行われるので、アナフィラキシーに対して十分な配慮をする必要がある。治療により、予測不能なショック症状およびショック死の可能性もあり得る。抗菌薬としてはペニシリン、エリスロマイシンなどに感受性がある。しかし、予防に勝る治療法はない。
 予防としては、世界各国ともEPI(Expanded program on Immunization :拡大予防接種事業)ワ クチンの一つとして、DPTワクチンの普及を強力に進めている。我が国では1948 年にジフテリア単 独ワクチン、1958 年にジフテリア・破傷風混合ワクチン、1968 年以降にDPTワクチンとなり、さらに 1981 年から現行のDPT ワクチン(百日咳ワクチンは無細胞ワクチン)となっている。予防接種の普 及により、わが国では現在年間1 名程度の発症が報告されているにすぎないが、今後ワクチン接 種者が減少した場合や、海外からの持ち込みにより流行の可能性が懸念される。
 我が国で行われているDPT 三種混合ワクチンは、1期初回として生後3〜90カ月(標準的には生後3〜12カ月)に3回、その12〜18 カ月後に追加接種を行い、11〜12 歳にDT 二種混合ワクチンに より第2 期接種が行われている。第1 期の接種率は良好であるが、第2 期のDT ワクチンの接種率 は70%前後である。本症の重大さを理解し、日頃からワクチンによる予防に積極的になる必要が ある。
 培養細胞法で抗毒素価(中和抗体)が0.1 IU/ml 以下の場合には、ジフテリアトキソイドによる 予防接種が必要であるとされている。

感染症法における取り扱い
 ジフテリアは2類感染症に指定されており、ジフテリアもしくは病原体保有者であると診断した医師は、直ちに最寄りの保健所に届け出る。患者は原則として第二種感染症指定医療機関に入院となるが、無症状者は入院の対象とはならない。また、ジフテリアには疑似症の適用はない。報告のための基準は以下の通りである。
○診断した医師の判断により、症状や所見から当該疾患が疑われ、かつ、以下の方法によって病原体診断がなされたもの
 材料:病変(感染)部位からの採取材料
 ・病原体の検出
  ジフテリア菌の分離と同定、ならびに分離菌におけるジフテリア毒素の検出
 ・病原体の遺伝子の検出
  例、PCR 法など

学校保健法での取り扱い
 ジフテリアは学校において予防すべき伝染病第一種に定められており、治癒するまで出席停止となる。


(国立感染症研究所細菌第二部 高橋元秀、小宮貴子、岩城正昭)

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この記事は、1999年第28週 掲載を改訂して発行しました。

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