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2002年第5週号(2002年1月28日〜2月3日)掲載


◆腸チフス・パラチフス

 腸チフス・パラチフスは一般のサルモネラ感染症とは区別され、チフス性疾患と総称される。腸チフス・パラチフスは、チフス菌・パラチフスA菌の網内系マクロファージ内増殖に伴う菌血症と、腸管の局所の病変を特徴とする疾患である。
 1999 年4月から施行された感染症法では、腸チフス・パラチフスは2類感染症に指定され、患者、疑似症患者および無症状病原体保有者(保菌者)を診断した医師は、直ちに保健所長を通じて都道府県知事に届け出るように決められている。腸チフス・パラチフス患者、疑似症患者は第2種感染症指定医療機関への入院勧告、または入院措置の対象となる。しかし、無症状病原体保有者(保菌者)は入院勧告・入院措置の対象にはならず、外来通院治療を選択することができる。入院勧告・入院措置による入院は72 時間までで、それ以後の入院については、保健所に設置された感染症の審査に関する協議会で入院の必要性を検討し、10日以内の期間を定めて、入院の期間を延長することができる。その後は、延長された入院の期間の経過後、協議会で入院の必要性が再検討される。
 わが国の法律上の起因菌はそれぞれ腸チフスはSalmonella Typhi, パラチフスはSalmonella
Paratyphi A である。パラチフスB 菌(Salmonella Paratyphi B)は、S. Java との鑑別が困難な点から1985 年以降パラチフスの原因菌から除外され、サルモネラ症として扱われるようになった。また、チフス菌、パラチフスA 菌以外にもヒトにチフス症を起こすサルモネラ属菌(S. Sendai, S. Paratyphi B, S. Paratyphi C)もあるが、これらはサルモネラ症として扱われる。

疫 学
 腸チフス・パラチフスは現在でも、日本を除く東アジア、東南アジア、インド亜大陸、中東、東欧、中南米、アフリカなどに蔓延し、流行を繰り返している。わが国でも昭和初期から終戦直後までは腸チフスが年間約4万人、パラチフスが約5,000人の発生がみられていた。そして、1970年代までには環境衛生状態の改善によって、年間約300例の発生まで減少した。その後さらに減少し、1990 年代に入ってからは腸チフス・パラチフスを併せて年間約100例程度で推移している。そのほとんどは海外からの輸入事例で、海外旅行が日常化したことにより増加傾向にある(図1)
 腸チフス・パラチフスの集団発生としては、1993 年に首都圏で50名の腸チフス患者、1994年には近畿地方で34名のパラチフス患者、1998年には関東地方で約20名のパラチフス患者がみられている。
 わが国では腸チフス、パラチフスの疫学調査のために、チフス菌・パラチフスA菌の分離菌株は地方衛生研究所を通じて国立感染症研究所に集められ、ファージ型別を行っている。
図1. 腸チフス、パラチフスの発生件数(1991年〜2001年)
ファージ型は感染経路の追求に非常に有効な方法であり、集団発生の時にはそれにより感染経路の追求が行われる。現在、チフス菌は106型、パラチフスA菌は6型のファージ型に分類されている。

病原体
 チフス菌、パラチフスA 菌はグラム陰性桿菌で周毛性鞭毛を持ち、運動性がある(図2)。両菌は宿主特異性があり、ヒトにのみ感染し病気を起こす。ヒトの糞便で汚染された食物や水が疾患を媒介する。感染源がヒトに限られているため、衛生水準の向上とともに減少している。
図2. Salmonella Typhi の電子顕微鏡写真
パラジウムによるシャドウイング法、25,000倍。

臨床症状
 腸チフスとパラチフスの臨床症状はほとんど同じであるが、パラチフスは腸チフスに比較して一般的に症状は軽い。通常10〜14 日の潜伏期の後に発熱で発症する。第1病期には段階的に体温が上昇し、39〜40℃に達する。3 主徴である比較的徐脈、バラ疹、脾腫が出現する。第2病期は極期であり、40℃代の稽留熱、下痢または便秘を呈する。重症な場合には意識障害も引き起こす。第3病期には徐々に解熱し、弛張熱、腸出血をきたす。腸出血に引き続いて、2〜3%の患者に腸穿孔を起こす。第4病期には解熱し、回復に向かう(表1)。生化学的検査では、急性期には白血球は軽度に減少し、3,000/mm3 近くまで低下する。GOT, GPT は軽度上昇する(200 IU/l 程度)。LDH も中程度に上昇し、1,000 IU/l 以上となることもある。

表1. 腸チフスの臨床経過と腸管の病理像の変化

病 週
臨床症状
腸管の病理像

第1病週
段階的体温上昇(39〜40 ℃)
比較的徐脈・バラ疹・肝脾腫
腸管リンパ組織内で菌の増殖、
腸粘膜リンパ節腫脹
第2病週
稽留熱(40 ℃)
チフス性顔貌、意識障害
リンパ組織が壊死を起こし、
痂皮を形成
第3病週
弛張熱、腸出血、腸穿孔 痂皮がはがれ落ち潰瘍形成し、
出血を起こす
第4病週
解熱、回復 組織破壊が修復される

病原診断
 臨床診断は臨床症状の他に、過去1カ月以内の発展途上国などへの海外渡航歴も参考にする。確定診断は、細菌学的検査によるチフス菌・パラチフスA菌の検出である。細菌の検出には、血液培養に加えて糞便、胆汁の培養を行う。有熱期に血液培養を行えば、検出率は高い。保菌者、無症状者では糞便培養、胆汁培養を行う。

治療・予防
 腸チフス、パラチフスには抗菌薬の投与による治療が行われる。現在ではニューキノロン系抗菌薬が第一選択薬として使われている。チフス菌・パラチフスA菌の海外からの輸入事例では薬剤耐性菌が分離されている(表2)。とくに、インド亜大陸の渡航者から薬剤耐性菌が多く分離される。多剤耐性チフス菌・パラチフスA 菌は、アンピシリン、クロラムフェニコール、テトラサイクリン(TC)、ストレプトマイシン(SM)、ST合剤(S×T)の5剤に耐性を持つものが多い。現在でも、多剤耐性チフス菌はインド亜大陸、中央アジア、東南アジアで流行し、集団発生が生じることもある。
 現在までの疫学調査から、多剤耐性チフス菌のファージ型はE1が多いことが解っている。多剤耐性チフス菌・パラチフスA菌の他に、現在はニューキノロン低感受性チフス菌・パラチフスA 菌が問題となっている。これらはニューキノロン系薬に耐性ではないが、ニューキノロン系薬に対するMIC が感性株の約10倍またはそれ以上高い(表2)

表2. ニューキノロン低感受性菌の各種抗菌薬に対するMIC

 また、ナリジクス酸に耐性で、第3 世代セフェム系抗菌薬には感性である。ニューキノロン低感受性菌による腸チフス・パラチフスでは、ニューキノロン系薬による治療が困難である。現在までにニューキノロン系薬による治療が奏功しなかった症例も多く報告されている。ニューキノロン系薬の効果が望めない症例では第3世代セフェム系抗菌薬が使用される。現在のところ、第3世代セフェム系抗菌薬に耐性をもつチフス菌・パラチフスA 菌は報告されていない。このようなニューキノロン低感受性株は1998 年より急激に増加している。2000年では、日本で分離されるチフス菌の約50%、パラチフスA 菌の約30%が、2001年では、チフス菌の約30%、パラチフスA 菌の約50%がニューキノロン低感受性であった(図3)

 今後、腸チフスの治療には直ちにニューキノロン系の薬剤を投与するのではなく、分離菌株の薬剤感受性試験を行ってから治療を始める姿勢が必要となってきている。
図3. ニューキノロン低感受性菌の分離頻度

感染症法における取り扱い
 腸チフス、パラチフスは2 類感染症であり、診断した医師は直ちに最寄りの保健所に届け出る。報告のための基準は以下の通りである。
<腸チフス>
 ○診断した医師の判断により、症状や所見から当該疾患が疑われ、かつ、以下の方法によって病原体診断がなされたもの。
 (材料)末梢血、骨髄液、便、尿、胆汁等
 ・病原体の検出
 チフス菌の分離・培養
 ○疑似症の診断
 臨床所見、腸チフス流行地への渡航歴、集団発生の状況などにより判断する。
 (鑑別診断)マラリア、デング熱、A型肝炎、つつが虫病など
<パラチフス>
 ○診断した医師の判断により、症状や所見から当該疾患が疑われ、かつ、以下の方法によって病原体診断がなされたもの。
 (材料)末梢血、骨髄液、便、尿、胆汁等
 ・病原体の検出
 Salmonella serovar Paratyphi A の分離・培養
 (Salmonella Paratyphi B、Cはサルモネラ症として取り扱う)
 ○疑似症の診断
 臨床所見、パラチフス流行地への渡航歴、集団発生の状況などにより判断する。
 (鑑別診断)マラリア、デング熱、A型肝炎、つつが虫病など

学校保健法での取り扱い
 本疾患は学校保健法上第一種の伝染病に分類されているが、感染症法にて2類感染症に指定されていることより、原則として患者は指定医療機関に入院するので、治癒するまで出席停止となっている。


(国立感染症研究所細菌部 広瀬健二 渡辺治雄)

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この記事は、1999年第38週 掲載を改訂して発行しました。
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