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2001年第49週(12月3日〜12月9日)掲載

◆梅 毒


疫学
 梅毒は世界中に広く分布している疾患である。1943 年にマホニーらがペニシリンによる治療に成功して以来、本薬の汎用によって発生は激減したが、その後、各国で幾度かの再流行が見られている。1960 年代半ばには日本も含め、世界的な再流行が見られた。最近では、日本では1987年、米国では1990 年をピークとする流行が見られたが、その後再び報告が減少している。しかしながら、今後とも楽観はできないものと思われる。
 最近の状況については、感染症法の下での感染症発生動向調査によると、1999 年4〜12 月には735 例、2000年1〜12月には749例の報告がなされている。

病原体  

 病原体は梅毒トレポネ−マ(学名:
Treponema pallidum subsp. pallidum)で、直径0.1〜0.2 μ、長さ6〜20 μの屈曲した6〜14施転の螺旋状菌である(図1)。通常の明視野光学顕微鏡では視認できず、暗視野顕微鏡で観察される。青い色彩を放つことからpallidum(英語のpale)の種名が与えられている。

図1.梅毒トレポネーマの電子顕微鏡像(ネガティブ染色)

 現在、試験管内の培養は不可能で、菌の維持その他には、ウサギの睾丸内で培養する以外に現実的方法はない。培養の困難さもあって病原性の機構は殆ど解明されていないが、哺乳類の培養細胞への接着と侵入能が確認されており、病原性との関連が議論されている。1998 年に全ゲノムのDNA 配列が決定、公開され、この接着能を担うと予想される遺伝子群が見つかっている。また、多くの菌で病原因子として働くヘモリジンの遺伝子が5 コピー発見されたが、実際に病原性に関与する証拠はない。
 本菌は低酸素状態でしか長く生存できないため、現実には感染形態、経路は限定される。大部分は、菌を排出している感染者(後述の第1 期、第2 期の患者)との粘膜の接触を伴う性行為や疑似性行為によるものである。極めてまれには、傷のある手指が多量の排出菌に汚染された物品に接触して伝播されたとする報告もある。輸血による感染は劇的に減少し、近年ではほとんど報告がないが、これは保存血中での本菌の生存期間についての研究が行われ、血液のスクリーニングが進んだ結果である。しかし、第一潜伏期感染者では臨床症状はなく、血清反応も陰性であり、新鮮血を用いた緊急輸血などがそれらのドナーから行われる場合には、感染の可能性はある。これら以外に、感染した妊婦の胎盤を通じて胎児に感染する経路があり、先天梅毒(後述)の原因となる。


臨床症状
  感染後3週間程度の潜伏期(第一潜伏期)を経て、経時的に様々な臨床症状が逐次出現する。
第1 期梅毒;(〜3週)[感染部位の病変]初期硬結(赤色)、硬性下疳、局所リンパ腺症(非常に硬性)。
第2 期梅毒;(3〜12 週)[血行性に全身に移行]梅毒性バラ疹(体肢対称性)、発熱、倦怠感、リンパ腺症、粘膜疹、扁平コンジローマ、梅毒性脱毛、髄膜炎、頭痛など。この時期の皮膚病変は梅毒に極めて特徴的なものであり、確定診断が最も容易である。
前期潜伏梅毒(1 年以内)、後期潜伏梅毒(1 年以降)無症状。潜伏梅毒は時に第2 期症状の再発を起こすが、その殆どが1 年以内であるため、その時期を特に前期潜伏梅毒として区別することが多い。

第3 期梅毒;

1 )心臓血管梅毒;[心血管への移行](10 〜30 年、アフリカ人種以外では稀)大動脈瘤、大動脈弁逆流、冠状動脈口狭窄

2 )神経梅毒(変性梅毒);[中枢神経への移行]

   

A)無症状期:(〜2 年)脳脊髄液中の白血球数、タンパクレベル上昇などのCSF異常のみの時期。
B)急性梅毒髄膜炎:(〜2 年)頭痛、錯乱
C)上部神経麻痺:(〜2 年)顔面、聴覚神経麻痺
D )進行麻痺:(5〜7年、男性の症例が有意に多い)頭痛、めまい、人格障害、血管障害など
E )脊髄癆:(10〜20年、男性の症例が有意に多いが、ペニシリン治療の普及で現在では稀)進行性痴呆、疲労感、運動失調、脊髄根部疼痛、無反射症、アーガイルロバートソン瞳孔(反射性瞳孔硬直)など。
*D), E)の時期を特に「第4 期梅毒」として区別する研究者も多い。
F )ゴム腫:(〜15 年)ゴム腫、結節性梅毒疹、などの肉芽腫、単球浸潤

先天梅毒;

1)早期先天梅毒(出産後〜2 年)骨軟骨症、貧血、肝脾腫、神経梅毒症状
2)晩期先天梅毒(2年以降)角膜実質炎、リンパ腺症、肝脾腫、コンジローマ、貧血、ハッチンソン歯、聴覚神経障害(内耳性難聴)、回帰性関節症、神経梅毒症状

病原診断
 確定診断の基本は病原体の分離、検出であるが、第1期と皮膚病変のある第2期の場合を除き、かなり困難である。臨床の現場では、臨床症状と血清反応の組み合わせによって診断することが多い。ただし、第1 期の症状が現れても血清反応の陽性化まで1週間程度の期間があるので、この時期には下疳などの病巣部から病原体検出を積極的に試みる必要があり、実際検出されることも多い。具体的には、病巣部の浸出漿液をパーカーインキで染色して、顕微鏡観察を行う。
 血清抗体は感染後、初めに脂質であるカルジオリピンに対する抗体価が上昇し、次いでTreponema に対する特異的抗体価が上昇する。抗カルジオリピン抗体は感染、治癒に応じて比較的良く上昇、下降するため、治療効果の判定にも利用される。しかし、抗原が特異的なものではないため、生物学的偽陽性反応がありうる。一方、抗Treponema 抗体は特異性は高いが、治癒後漸減はしても完全な陰性化は困難なため、過去の梅毒感染との区別がつきにくい。そこで、スクリーニングとして抗カルジオリピン抗体を測定し、陽性であった場合には(場合により期間をおき)、抗Treponema 抗体も測定し、それでも陽性の場合に血清学的確定診断とするのが現実的方法である。

治療・予防
 基本的にはペニシリンG の大量投与であり、日本では、ベンジルペニシリンベンザチンの120 万単位を2 〜4 週間にわたり内服する方法がよく行われる。また、アンピシリンが使われることもある。
 米国では筋注が基本であり、神経梅毒の場合には髄液中の濃度を高めるため、さらに5倍量程度のペニシリンを静注、さらに適宜ペニシリン排泄阻害剤を併用している。ペニシリンアレルギーがある場合にはテトラサイクリン、エリスロマイシンを使用するが、これらの薬剤は髄液への移行が悪い。したがって神経梅毒の場合、ペニシリン脱感作を行ってペニシリンを投与するのが勧められる。妊婦に対しても基本的には同様に行うが、胎児への副作用のためにテトラサイクリンは使用しない。妊婦にペニシリン治療を行った場合、新生児は同時に治療できたと考えてもよいが、アレルギーのためにエリスロマイシンを使用した場合には、本薬は胎盤を通過できないので、新生児は出産後改めて治療する必要がある。かつて使用されたクロラムフェニコールは、副作用として重篤な血液疾患をひき起こす場合があり、現在は使用されていない。現在のところ、本菌に対する薬剤耐性菌の報告はない。
 治療効果の判定には、抗カルジオリピン抗体の減少と臨床所見を経時的に追跡する。抗カルジオリピン抗体の完全な陰性化は起こらないか、仮に起こるとしても長期間を要するので、抗体価の絶対値ではなく、減少傾向があるかどうかをみることが重要である。
 予防としては、感染者、特に感染力の強い第1 期及び第2 期の感染者との性行為、疑似性行為を避けることが基本である。コンドームの使用は効果が高いが、疫学データからすると、淋菌感染症の場合ほどには完全でないことが示唆されている。

感染症法における取り扱い(2003年11月施行の感染症法改正に伴い更新)
 梅毒は5類感染症全数把握疾患に定められており、診断した医師は7日以内に最寄りの保健所に届け出る。届け出の基準は以下の通りとなっている。
○診断した医師の判断により、症状や所見から当該疾患が疑われ、かつ、以下のいずれかの方法によって検査所見による診断がなされたもの。
 ・病原体の検出
  発しんからパーカーインクなどでT. pallidum が認められた場合
 ・血清抗体の検出(以下の(1)と(2)の両方に該当する場合)
  (1)カルジオリピンを抗原とする以下のいずれかの検査で陽性のもの
 ・R P R カードテスト
 ・凝集法
 ・ガラス板法
 (2)T. pallidum を抗原とする以下のいずれかの検査に陽性のもの
 ・TPHA 法
 ・FTA‐ ABS 法
○無症候梅毒では、カルジオリピンを抗原とする検査で16 倍以上陽性かつT. pallidum を抗原とする検査が陽性のもの
○先天梅毒は、下記の5つのうち、いずれかの要件をみたすもの
 (1)母体の血清抗体価に比して、児の血清抗体価が著しく高い場合
 (2)血清抗体価が移行抗体の推移から予想される値を高く越えて持続する場合
 (3)TPHA ・IgM 抗体陽性
 (4)早期先天梅毒の症状を呈する場合
 (5)晩期先天梅毒の症状を呈する場合
○以下の4 つに分類して報告する
 1 .早期顕症梅毒
   ア.I 期梅毒
   イ.II 期梅毒
 2 .晩期顕症梅毒
 3 .無症候梅毒
 4 .先天梅毒


 
(国立感染症研究所細菌部 中山周一)

 

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updated info

この記事は、2000年第17〜19週 掲載を改訂して発行しました。

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