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2001年第47週(11月19日〜11月25日)掲載


◆炭 疽

 炭疽(anthrax)はBacillus anthracis(炭疽菌)の感染によっておこる人獣共通感染症で、ヒトの病型には皮膚炭疽、腸炭疽、肺炭疽があるが、自然感染の95%以上が皮膚炭疽である。ウシなどの草食獣に比べてヒトは比較的抵抗性が強いといわれる。

疫学
 炭疽は地球上に広く存在し、世界の多くの地域で発生がみられる。ヒトおよび動物の炭疽の発生は発展途上国や獣医衛生の立ち後れている国に多く、それぞれ年間2万人、および100万頭に達すると推定されている。先進国でみられる炭疽は、動物組織の処理過程での孤発的発生が多い。ヒトおよび動物の炭疽の自然感染は、偶発的に摂取(あるいは接触)した芽胞が原因であり、炭疽菌が個体から個体へ直接伝播されることはほとんどない。
 炭疽菌は土壌などの環境中で芽胞として長期間生残し、動物に感染を繰り返す。芽胞が生体内に侵入すると発芽し、栄養型として体内で急速に増殖し、炭疽を発病する。感染した動物の血液、体液、死体などで地表が汚染されると、その土壌は再び感染源となりうる。炭疽菌はこのような感染サイクルを繰り返して、炭疽汚染地帯を作る。スペイン中部からギリシャ、トルコを経てイラン、パキスタンに及ぶ汚染地域は、炭疽ベルトとも呼ばれる。また、ロシア、中央アフリカ、南アメリカなどでも発生が多い。
 近年わが国では家畜衛生などの対策が功を奏して、動物の炭疽発生は極めて少なくなっている。ヒトの炭疽については伝染病統計によると、第二次世界大戦後の1947年には13例報告されていたが、その後次第に減少し、1974年以降にはほとんど見られなくなり、1982年と1984年にそれぞれ1例ずつ、1992年と1994年にそれぞれ2例ずつの報告があるのみである。
 最近の米国での生物テロによる発生は、郵便物に粉と一緒に炭疽菌を同封したことにより生じた。最初の症例は2001年9月27日に発症しているが、結局12月7日の時点で肺炭疽11例(すべて確定例)、皮膚炭疽12例(確定7例、疑い5例)、計23例の症例を出している。

病原体  
 炭疽菌は好気性グラム陽性大桿菌(1〜2μm×5〜10μm)で、他のBacillus 属の菌と異なり、鞭毛を欠き運動性がない。ヒツジ赤血球に対するベータ溶血、ゼラチン分解、およびサリシン分解を行わない。生体内では菌体表層に莢膜を伴う単独または短い連鎖状であるが、人工培地では莢膜の形成は認められないか弱く、竹節状の長い連鎖となる。寒天培地上では、辺縁が縮毛状の集落を形成する。
 炭疽菌の病原因子は浮腫毒と致死毒である。これらの毒素は防御抗原と呼ばれるタンパク質によって宿主細胞内に運ばれる。炭疽による動物の死は、致死毒によるショックが原因と考えられている。
 莢膜形成、および毒素の産生は、菌の保有する莢膜プラスミド、および毒素プラスミドにより支配を受けている。野外から分離される強毒株は、通常この2種類のプラスミドを保有する。莢膜にはポリDグルタミン酸が含まれるため、食作用を受けにくい。
 炭疽菌は酸素と接触することによって芽胞を形成して、熱、乾燥、消毒薬などに対する強い抵抗性を獲得する。このため、土壌中などで長期間にわたって生存することができる。


臨床症状
 ヒトの病型は伝播様式によって皮膚炭疽(経皮感染)、腸炭疽(経口感染)、および肺炭疽(吸入感染)の三つに分けられる。
図1. 典型的な皮膚炭疽の所見。すでに潰瘍化し、中央部は黒色の底を有するeschar となり、周囲は浮腫状である。
(The Gorgas Course in Clinical Tropical Medicine, Anthrax Cases より引用。
http://info.dom.uab.edu/gorgas/anthrax.html
図2. 米国の肺炭疽症例での胸部CT写真。縦隔リンパ節の腫脹と、両側性の胸水貯留。
(Emerging Infectious Diseases, Vol.7, No.6, Nov‐Dec 2001の記事より引用。
http://www.cdc.gov/ncidod/eid/vol7no6/jernigan.htm

 皮膚炭疽(炭疽よう):自然感染による炭疽の95%以上が皮膚炭疽である。炭疽菌芽胞は正常の皮膚からはほとんど侵入せず、創傷部から体内に取り込まれる。炭疽菌や芽胞を含んだ動物、またはその成分と接触した後1〜10日して小さな掻痒性、無痛性の丘疹が出現し、周囲に発疹と浮腫が出現する。丘疹は崩壊し、潰瘍を形成する場合がある(図1)。局所リンパ節の腫脹が著しい。未治療の場合の致死率は10〜20%とされる。
 腸炭疽(出血性小腸炎):感染獣の肉を摂食して発症する。症状は悪心、嘔吐、食欲低下、発熱で始まる。2 〜3 日後に、激しい腹痛と血性下痢がみられる。この激しい症状のあと、毒血症、ショック、死亡に至ることがある。病変は盲腸にみられ、時に他の大腸部や十二指腸にもみられる。致死率は25 〜50%とされる。
 肺炭疽:発生はきわめてまれである。1979 年、旧ソ連の軍施設から飛散した芽胞によって64名が肺炭疽のために死亡したとされるが、この事故以前には30例のみが知られていたにすぎない。初期にはインフルエンザ様症状(軽度の発熱、倦怠感、筋肉痛など)、または気管支肺炎様症状を示し、発熱、呼吸困難、咳、頭痛、嘔吐、悪寒、脱力、腹部と胸部の疼痛が見られる。胸部レ線上、胸水をともなった縦隔の拡張がみられることが多い(図2)。未治療での致死率は90%以上に達するとされる。

 動物における炭疽は草食獣、特にウシやウマなどに多い。超急性/卒中性感染、急性感染、および亜急性/慢性感染の病型が知られている。症状は眼結膜の充血、可視粘膜の浮腫、呼吸困難などで、感受性の強い動物は急性敗血症や尿毒症による腎障害を呈して死亡する。


病原診断
 炭疽の確定診断は炭疽菌の分離同定によって行う。検体の直接染色によりグラム陽性芽胞形成性の桿菌、寒天培地上での特徴的な集落の形成、血液寒天培地で非溶血性で運動性がない場合には炭疽菌を疑う。さらに、ガンマファージテスト、パールテスト、アスコリーテストを行い陽性であれば炭疽菌と確定できる。
 この他に用いられる診断方法として、莢膜染色(レビーゲル染色)、抗原検出法、PCR 法などがある。このうちPCR 法には、炭疽菌の防御抗原や莢膜抗原などの遺伝子を標的として検出するためのプライマーが報告されている。PCR 法の利点は他の菌が混入していても検出できる点と、試料の新鮮さを問わない点であり、病原診断にきわめて有用である。

治療・予防
 炭疽菌による暴露が明らかな場合、発症前であれば経口感染や吸入感染であっても抗菌薬による暴露後治療が効果的とされる。発症者には200万単位のペニシリンG 、またはシプロフロキサシンの静脈内投与が効果的とされる。
 旧ソ連の事故では、入院患者に対してペニシリンまたは他の抗菌薬、免疫グロブリン、コルチコステロイドの投与、および人工呼吸などの治療が行われた。
 ヒト用の無細胞ワクチンが実用化されているが、その投与法および副作用の問題もあり、わが国では承認されていない。また、今回の事件に対しての米国の対応でも、ワクチン接種は一般にはすすめられていない。ウシおよびウマの予防には、プラスミドにコードされる莢膜が脱落した無莢膜ワクチン株が生菌ワクチンとして用いられている。
 家畜からヒトへの伝播の防止は、病獣の同定診断と淘汰が第一である。非流行国における炭疽の発生は、流行地域から輸入される羊毛や骨などの動物産品からおこる可能性がある。

汚染の除去、消毒および滅菌
 炭疽菌芽胞により汚染した身体、器物および環境からの芽胞の飛散を最小限に抑える一方、以下に掲げるいずれかの消毒薬、または滅菌法を用いることが奨められる。どの方法を用いるかは、対象物の性質(生物材料、器物、建造物の一部、土壌、水など)や、処理後の用途(廃棄、再使用など)によって異なる(表1)。汚染物の取り扱いにはガウン等を着用する。汚染した可能性のある衣服(靴、ソックス、ストッキング、および袖や襟が汚染した場合には上着)はできるだけ早く脱衣して缶かバッグに入れ、消毒やオートクレーブ処理を行う。使い捨てガウンは焼却も可能である。
 最終消毒終了後、室内あるいは動物舎のような閉鎖空間は十分に換気を行い、消毒剤が人体に悪影響を及ぼさないように注意してから再使用する。
 なお、芽胞を効果的に消毒するのはきわめて困難であり、状況によってはこれを完全に実施するのは不可能な場合がある。また、消毒作業の効果を推定することはできないので、確認する場はスワブを採取して培養によって確かめる。

 ・10%フォルムアルデヒド(30%フォルマリン)…1〜1.5 l/m2 、2時間、10 ℃以上
 ・4 %グルタルアルデヒド(pH 8.0 〜8.5)…1〜1.5 l/m2 、2時間、10 ℃以上
 ・3%過酸化水素水…0.5 l /m2 、2時間
 ・1%過酢酸…0.5 l /m2 、2時間
 ・焼却
 ・オートクレーブ処理…121 ℃ 20 〜30 分
 ・エチレンオキサイドガス滅菌

表1.  対象物ごとの炭疽菌汚染の除去方法
検査室における消毒 病院用の殺芽胞剤、または0.5%次亜塩素酸溶液(家庭用漂白剤の10 倍希釈液、有効塩素濃度100,000 ppm)を用いて、消毒を行う。ベンチコートなどの実験台カバーを用いる。
人体の汚染 皮膚の汚染部位は次亜塩素酸溶液(有効塩素濃度5,000 ppm)に1 分間浸したあと、石鹸を使って十分に水洗いする。皮膚に損傷がある場合には次亜塩素酸溶液は用いず、血液を絞り出してから傷口を十分量の水を用いて洗浄する。目に飛散した場合には、目をこすらず、直ちに大量の水で十分に洗い出す。口腔内の汚染では直ちに口の中のものを吐き出し、次亜塩素酸溶液(有効塩素濃度2,000 ppm)で口腔内を十分にすすぎ、次いで何回か水で口腔内をすすぐ。人体の汚染が考えられた場合には直ちに医師による診察を受け、最低1 週間は観察下に置く。
建物などの汚染 床などの上に滴下したり飛散したものには直接、または汚染区域を吸湿性物質で覆ってから、次亜塩素酸溶液(有効塩素濃度10,000 ppm)、10%フォルマリン、4%グルタルアルデヒド、または1%過酢酸を十分にふりかける。2 時間以上経過してからタオルペーパーでふき取り、ペーパータオルは袋に入れて焼却する。
衣服、道具、器物などの汚染 可能な場合には汚染した器物は焼却、またはオートクレーブ滅菌を行う。使い捨てにしない器物の場合には、付着している大きなゴミは焼却用袋、またはオートクレーブ用袋にそそぎ落としたあと、器物それ自身は4%フォルムアルデヒド溶液、または2%グルタルアルデヒド溶液に一晩(8 時間以上)浸漬する。

フォルムアルデヒドに代えてエチレンオキサイドガスによる滅菌も可能である。エチレンオキサイドガスの使用は、整った設備とその運転経験のある施設に限って行うべきである。

器具、機器類でオートクレーブ滅菌、煮沸滅菌、またはフォルマリンなどの溶液に浸漬できないものには、薫蒸滅菌を考慮する。適切な構造と気密性を保ったチャンバーに汚染物とフォルマリン(水で2〜3倍に希釈)を入れ(約15 ml/m)煮沸蒸発させたあと、常温(≧18 ℃)で12 時間以上放置する。薫蒸処理中のチャンバー内の相対湿度は90%以上とする。薫蒸処置が終了したときの換気装置は、人や動物が移動する場所から離れた位置に備える。
水の汚染 汚染水の滅菌・消毒にはオートクレーブ滅菌、フォルムアルデヒドによる滅菌、塩素剤による滅菌、濾過滅菌などが考えられるが、水の溜まり場所、芽胞の推定濃度、処理する水の量、その水が流れて行く先、および処理後の水の使用目的などの状況を判断して、最もよい解決方法を適用する。

感染症法における取り扱い
 炭疽は4 類感染症全数把握疾患であり、診断した医師は7日以内に最寄りの保健所に届け出る。報告のための基準は以下の通りである。
 ○診断した医師の判断により、症状や所見から当該疾患が疑われ、かつ、以下のいずれかの方法によって病原体診断がなされたもの
 ・病原体の検出
 例:病巣組織や血液からの菌の分離・同定(鏡検・培養)と、分離した菌のガンマファージテスト、パールテスト、アスコリーテストによる確認など


(国立感染症研究所獣医科学部 神山恒夫)

 

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この記事は、2005年第12週 にて改訂しました。


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この記事は、1999年第46週 掲載を改訂して発行しました。
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