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 感染症の話 2001年第21週(5月21日〜5月27日)掲載


◆ヘルペス脳炎

 ヘルペス脳炎は、単純ヘルペスウイルス1型(herpes simplex virus type 1:HSV-1)あるいは2型(herpes simplex virus type 2:HSV-2)の初感染時または再活性化時に発症し、発症年齢(新生児、年長児、成人)によってその病態はかなり異なる。年長児から成人のヘルペス脳炎のほとんどの症例はHSV-1によるものであり、新生児のヘルペス脳炎においては、森島らの全国調査(1993)によりHSV-1とHSV-2の頻度はほぼ等しいことが報告されている。
 HSVが中枢神経系に移行する経路は、上気道感染から嗅神経を介してのルート、血行性ルート、感染した神経節からのルートの3通りが考えられている。新生児の場合は全脳炎のパターンをとることが多いが、年長児、成人においては、上記のルートを介して好発部位である大脳辺縁系にウイルスが到達し、病変を起こすとされている。
 抗ウイルス剤が開発されるまでの予後はきわめて不良で、小児のヘルペス脳炎の致命率は70〜80%、成人のヘルペス脳炎においても30%の致命率であると報告されていた。抗ウイルス剤が開発されてからは致命率は10%程度に低下したものの、いまだ3分の1の症例においては重度の後遺症を残す重篤な疾患であることに変わりはない。

疫 学
 HSVは世界的に広く浸透したウイルスで、感染様式はHSVによる皮疹や口唇ヘルペスを発症した患者の唾液との密接な接触、性器ヘルペスからの母子感染あるいは性的感染によると考えられている。
 HSV-1感染の好発年齢は2歳にピークがあり、6歳ぐらいまでに感染を受ける確率が高い。一方、HSV-2感染はsexually transmitted diseases(STD)としての性質を有し、15歳以下の小児における抗体保有率は1%以下である。感染を受ける年齢は20〜30歳代が多く、Johnsonら(1989)によると、米国の若年成人における抗体保有率は20.2%であったと報告されている。発症に季節的な変動はないが、男女比ではやや男性の方が多く発症している。

 森島らの全国調査の結果から、我が国での小児における急性脳炎・脳症の発症数は約1,000〜2,000例/年で、(厚生省予防接種研究班、AND調査)そのうちHSVによるものは約80〜160例と推測されている。成人も含めると、森島、亀井、Kagiらの報告により、年間100万人当たり1人、計300〜400例といわれている。Whitleyらによると米国での発症率は年間50万人当たり1人であるが、年齢分布においては、日本の方が10歳以下の発症率が高いようである。参考のために、筆者らが以前にまとめた急性脳炎・脳症を生じた例での原因となるヘルペス科ウイルスを示す(

図. 急性脳炎・脳症の原因ヘルペス科ウイルス(阪大小児科)

病原体  
 HSVはヒトヘルペス科ウイルスα亜科に属する約152kbpの2本鎖DNAウイルスで、直径約150〜200nmである。増殖サイクルが速い時期を経過した後に神経節で潜伏感染する性質を有する。皮膚、粘膜に感染したHSVは知覚神経の軸索輸送により神経節へと運ばれ、潜伏感染状態に入る。ウイルス粒子内では線状DNAとして存在し、細胞に取り込まれたあとは、環状構造をとる。再活性化時は前初期遺伝子(immediate early gene)、初期遺伝子(early gene)、後期遺伝子(late gene)の順に転写が進行し、rolling-circle型のDNA複製を行い、envelopeをかぶったウイルス粒子として細胞外へ放出される。
 HSVにはHSV-1とHSV-2が存在し、この2つのウイルス間のDNAの相同性は約50%である。制限酵素パターンやその他の分子生物学的手法、ならびに免疫学的手法を用いて区別が可能である。HSV-1は主に顔面に、HSV-2は主に外陰部に病巣を形成する。そのためHSV-1は三叉神経節領域、HSV-2は腰髄・仙髄神経節領域に潜伏感染することが多い。しかし、我が国においては欧米に比してHSV-1による性器ヘルペスの頻度が高く、新生児ヘルペスの原因ウイルスがHSV-1とHSV-2半々であることがそれを物語っている。ただし、性器ヘルペスの再発頻度としてはHSV-2の方が高頻度であるため、ウイルスの型別診断を行うことは重要である。
HSVの細胞への進入にはenvelopeに存在する糖蛋白glycoprotein D(gD)およびgBが関与していることが、Campadelli-Fiumeら(1988年)、Johnsonら(1990年)、Lee & Fullerら(1993年)によって報告されていた。その後、Montgomeryら(1996年)、Warnerら(1998年)の研究で、HSVの細胞進入に関与する蛋白はherpesvirus entry mediator (Hve)と命名され、この遺伝子産物はTNF/NGFファミリーに属し、現在HveA, -B, -C, -Dが見つかっている。
 また最近では、Chicago大学のRoizmanら、Alabama大学のWhitleyらのグループにより、HSV-1のγ34.5遺伝子が神経病原性に関与していることが報告され、この性質を用いてγ34.5欠損mutantを脳腫瘍の遺伝子治療に応用する報告がなされている。

臨床症状
 潜伏期は2〜12日(平均6日)である。新生児ヘルペス脳炎と小児期・成人のヘルペス脳炎ではその病態が異なる。その理由として、新生児ヘルペスの場合は産道で感染したHSVが血行性に全身に広がり、blood brain barrierを通過して中枢神経系に到達するが、年長児や成人の場合は血液からウイルスが検出されないことから、神経行性にウイルスが脳に進入し、好発部位である側頭葉、大脳辺縁系に病変を呈するため、と考えられている。小児期と年長児・成人の違いは、小児の場合はHSVの初感染に伴って発症することが多いのに比して、成人や年長児の場合はそのほとんどが再活性化によることである。
 新生児ヘルペス脳炎に関しては名古屋大学の森島らの詳細な報告がある。それによると、新生児ヘルペスは全身型、中枢神経型、表在型の大きく3つのカテゴリーに分類され、脳炎の症状を呈するのは全身型と中枢神経型である。頻度的には全身型が36%、中枢神経型が36%、表在型が28%、発症時期は、全身型が生後平均4.6日、中枢神経型が平均11.0日、表在型が平均6.0日とされている。母親の性器ヘルペスから産道感染することが最も多いが、ヘルペス病変を認めない場合も多く、家族、医療従事者を含めて、口唇ヘルペスやひょう疽も感染源となり得るため、新生児との接触には十分に注意が必要である。
 臨床症状は皮疹以外は非特異的で発熱、哺乳力低下、活気がないなどの症状から始まり、痙攣、肝機能異常、呼吸障害、出血傾向が認められるようになる。皮疹がない場合も多く、上記にあげる非特異的な症状をみた場合、いかに早く新生児ヘルペスを疑って治療を開始するかが予後を大きく左右する。
 年長児・成人のヘルペス脳炎はHSV-1の再活性化によるものが多く、HSV-2は主に脊髄炎や膜炎の形をとることが多い。急性期の症状としては、発熱、頭痛、嘔吐、髄膜刺激症状、意識障害、痙攣、記憶障害、言語障害、人格変化、幻視、異常行動、不随意運動、片麻痺、失調、脳神経症状など多彩で、すべてが揃うことは少なく、発熱と不随意運動のみという症例も経験している。中枢神経症状を認める患者を診た場合にはまずヘルペス脳炎を念頭に置いて、迅速診断・早期治療を心がける必要がある。抗ウイルス剤の開発により致命率は減少したものの、後遺症を残す症例も多く、いまだ重篤な疾患の一つであることと、抗ウイルス剤投与中止後の再燃には十分な注意が必要である。
 病原診断とは別に、検査所見として、まず髄液においては髄液圧は高く、髄液中の細胞数は軽度増加を認め、リンパ球・単球優位である。髄液タンパク量も発症1週目をピークに、100mg/dl程度の増加を認める場合が多い。髄液糖は通常正常範囲で、病初期には高値であることが少なからず存在する。
 血液検査では、新生児ヘルペスの場合肝機能異常、LDH増加を高頻度に認め、CRPなどの炎症反応は軽度〜中等度陽性にとどまる。Disseminated intravascular coagulation(DIC)を合併することも多く、呼吸管理や血漿交換等NICU管理が必要となる。一方、成人ヘルペス脳炎では肝機能異常の頻度は低く、炎症所見を軽度認める程度で、中枢神経系の症状が主である。
 画像検査では、発症の極早期においてはびまん性の脳浮腫が認められる。その後側頭葉を中心としてCT上低吸収域あるいはmass effectを認め、出血巣が混在するようになる。予後不良の症例においては、その後低吸収域がさらに増加する。MRIはその進歩により、CTにくらべて早期診断に有用であると言われている。CTに比して、側頭葉底部や海馬領域など大脳辺縁系の所見がとらえやすいことがその理由と考えられ、片側性の側頭葉下部、島、海馬などの異常所見は強くヘルペス脳炎を疑う所見であると言われている。脳波所見では、非ヘルペス脳炎に比してperiodic lateralized epileptiform discharges:PLEDsの頻度が高い。

病原診断
 髄液中のHSV DNAをPCR法で検出するのが最も迅速かつ有用である。ただし、抗ウイルス剤投与後はウイルス量が減少し、検出感度以下になるため、投与前あるいは投与初期の髄液で診断することが重要である。
 ウイルス分離は新生児ヘルペスの場合は陽性であることが多いが、年長児、成人のヘルペス脳炎でウイルスが分離されることはきわめて稀であり、PCR法による迅速診断が必須である。
髄液中のHSV抗体価は森島らによると、発症後10日から1カ月の間に1週間間隔で繰り返しELISA法で実施するのが適当であるとのことである。発症後時間が経過した症例や、抗ウイルス剤投与後時間が経過した症例などにおいては、有用な検査方法である。また、ペア血清で血清中のHSV IgGの有意な上昇、あるいは急性期のHSV IgM陽性も診断の一助となるが、陰性例も少なからず存在するため、必ずその他の方法を同時に行っておく必要がある。

治療・予防
 ヘルペス脳炎を疑う場合、一刻も早く抗ウイルス剤の投与を開始すべきである。第1選択はacyclovirで、10mg/kgを一日3回緩徐に点滴静注する。最近では、投与量を15mg/kg〜20mg/kg/回に増量した方が治療成績が良いとの報告、投与期間も従来の14日間より21日間の方が再燃の割合が少ない等の報告もみられ、今後の検討課題である。また、治療終了時には、必ずPCR法によるHSV DNAの陰性化を確かめることが重要である。
 Acyclovirの作用機序は、HSVの持つthymidine kinaseによりリン酸化されたacyclovirがウイルスのDNA鎖に取り込まれ、DNA鎖の伸長反応を止めることにより、ウイルス増殖を抑制することにある。ただし、腎機能が低下した患者においては血中濃度が高くなりすぎるため、クレアチニンクリアランスに応じて投与量の減量が必要である。発病初期に近い程効果が期待できるため、早期投与開始が望ましい。
第2選択剤はvidarabine(Ara-A)である。Acyclovirの効果が不十分な場合に投与を考慮する。その場合、acyclovirとの併用が奏効する場合もある。作用機序は、1)宿主細胞のthymidine kinaseにより3リン酸となり、ウイルスDNA polymeraseを阻害、2)ウイルス特異的リボヌクレオチドリダクターゼを阻害、3)非リン酸化体によるアデノシルホモシステイン水解酵素抑制、のいずれか、あるいはそれらの組み合わせによる。ヘルペス脳炎の場合の投与量として、基本的には1日15mg/kgを2時間以上かけて緩徐に点滴静注する。投与期間は10日間を1クールとする。副作用として白血球、血小板減少、肝機能異常に注意を要する。ペントスタチン製剤との併用により、腎不全、肝不全、神経毒性が発現するとの報告があり、併用は禁忌である。
 その他、γグロブリン製剤、抗痙攣剤、脳浮腫に対して副腎皮質ステロイド剤、浸透圧利尿剤、濃グリセリンなどが併用して用いられる。

発生動向調査について
 ヘルペス脳炎は、4類感染症定点把握疾患である急性脳炎(日本脳炎を除く)を代表する重要な疾患である。急性脳炎(日本脳炎を除く)は全国約500の基幹定点より毎週報告されている。基幹定点は一週間(月曜日から日曜日)の患者発生状況等を4類感染症(定点把握対象)基幹患者定点報告票に記載し、翌週の月曜日に保健所に提供している。報告の基準は以下の通りである。
○診断した医師の判断により、症状や所見から当該疾患が疑われ、かつ以下の3つの基準をすべて満たすもの
 ・発熱
 ・突然の意識障害
 ・以下の疾患の鑑別診断
  熱性痙攣や代謝性疾患、脳血管性疾患、脳腫瘍、外傷など
(炎症所見が明らかではないが同様の症状を呈する脳症も含まれる)
 また、原因となった病原体の検索が望ましく、判明した場合にはその名称についても併せて報告すること。
○上記の基準は必ずしも満たさないが、診断した医師の判断により、症状や所見から当該疾患が疑われ、かつ、病原体診断や血清学的診断によって当該疾患と診断されたもの

(国立感染症研究所感染症情報センター 多屋馨子) 

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この記事は、2003年第6週 にて改訂しました。

 

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