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感染症の話
2000 年第51週(12月18日〜24日)、第52週(12月25日〜31日)合併号掲載
◆コクシジオイデス症(Coccidioidomycosis
)
日本の経済的発展に伴う人および物資の世界的規模の交流により、今まで我々に無縁と思われていた病原性の強い微生物による「輸入感染症」の危険性が高まり、その対策が急がれている。微生物感染の中で真菌感染症においては人から人、動物から人への直接感染は否定されており、この「輸入感染症」の対象からはずされていた。しかし、真菌症にもコクシジオイデス症のような病原性の極めて強い感染症があり、本症は平成11
年に施行された「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律」で4 類感染症全数把握疾患に指定され、その対策は重要な問題となっている。
疫 学
コクシジオイデス症は米国西南部(カリフォルニア、アリゾナ、テキサス、ネバダ、ユタの諸州)、メキシコ西部、アルゼンチンのパンパ地域、ベネズエラのファルコン州の半乾燥地域の風土病で、特に高い頻度で発症するカリフォルニア、アリゾナの住民の間では渓谷熱(valley
fever)、砂漠リューマチ(desert rheumatism)あるいは砂漠熱(desert fever)とも呼ばれている。これら半乾燥地帯の限られた地域の土壌中に原因真菌であるCoccidioides
immitis (コクシジオイデス・イミチス)が棲息し、その分節型分生子は強風や土木工事などで空中に舞い上がり、これら分生子を吸入することにより肺に感染を起こす。毎年多数発生する患者の約0.5%は全身感染に波及し、その半数が致死的となる。C.immitis
の病原性はペスト菌に相当する。本症が日本で発症した場合、他の感染症と異なり、特別な注意が必要とされる。それは、患者と直接接触する医師や看護婦より、患者の検体から培養された真菌を取り扱う検査技師や研究者が危険に曝されるからである。その理由は、同定のため運び込まれた菌糸状発育しているシャーレの蓋を不用意に開けただけで、分生子は空中に舞い上がり室内を汚染してしまうからである。米国では過去に200
名近い研究者および臨床検査技師が感染を経験しており、死亡例も少なくない。本邦での発症例はこれまでに25 例が報告されており、カリフォルニア州やアリゾナ州への海外渡航歴を有するものが大部分ではあるが、2
例は渡航歴のない綿花を扱う工場の従業員で、輸入された綿花に付着した原因菌により感染したと考えられる。
病原体
原因菌はCoccidioides immitis
Rixford et Glichrist 1896 で、取り扱い上最も危険な真菌である。本菌の有性世代は不明である。普通の培地上では菌糸形を、生体内及び特殊な培養法で培養すると内生胞子(endospore)で満たされた球状体(spherule)を形成する。集落の形態は初め無毛で灰白色、次第に白色綿毛状となる。しかしながら淡褐色を呈する菌株もかなり多く、粉状になるものもある。発育は速く、27
℃より37 ℃の方がよい。顕微鏡的には、菌糸は培養するにつれ菌糸内に多数の隔壁ができ、細胞質が消失した解離細胞(disjunctor cell)と分節型分生子が交互に連なる状態になる。分節型分生子は矩形から樽型(2.5
〜3 ×4 〜6 μm)である。自然界では条件が違うと分節型分生子が発芽し、菌糸となる。生体内に入った分節型分生子は球状に腫大し球状体となる。初期の球状体は内外の2層に分かれる。外層は細胞質より成り、内層は多糖体様物質で満たされているが発育するにつれ消失する。球状体の腫大とともに細胞質膜、次いで細胞壁が中心に向かって折れ込むように発達し、以後球状体の発達とともに連続的に分葉し、細胞質を無数の小室に分けていく。続いて個々の小室内にいくつかの内生胞子が現れ、内生胞子の成熟とともに周囲の組織は融解し、最後には無数の内生胞子(2
〜5μm)が充満した球状体(40〜2000μm)が形成される。やがて球体内の壁の一部が破れ、内生胞子は組織中に放出される。これら内生胞子は腫大して球状体となり、同じサイクルを繰り返す。なお、感染した分節型分生子が成熟した球状体となり、内生胞子が組織中に放出されるまでの期間は約5日である。
臨床症状
1 .原発性肺コクシジオイデス症 primary pulmonary
coccidioidomycosis
最も普通にみられるもので、分節型分生子の吸入により起こる。約60%はほとんど無症状であるが、残りの40%において、軽いカゼに似た症状を示す。汚染地域の住民のほとんどは短期間に自然治癒する。特徴的なことは、約10%の患者(女性に多い)の下腿に紅斑を伴う結節(結節性紅斑erythema
nodosum)が見られることである。
2 .原発性皮膚コクシジオイデス症 primary cutaneous coccidioidomysosis
極く稀に皮膚に初発病巣が生じる。刺傷あるいは外傷により感染し、発症する。潰瘍を形成し、花キャベツ状の腫瘤となる。
3 .良性残留性コクシジオイデス症 benign residual coccidioidomycosis
症状がみられた原発性コクシジオイデス症の2 〜8%の患者の肺に、結核に似た空洞が形成される。空洞壁は薄く嚢腫状を呈し、液を貯留していることもある。炎症反応はほとんどない。病巣はそれ以上進行せず、感染の恐れもない。自覚症状はほとんどなく、X
線撮影によってのみ見いだされる。別名コクシジオイドーマ(コクシジオイデス腫coccidioidoma )と呼ばれることもある。
4 .播種性コクシジオイデス症 disseminated coccidioidomycosis
別名コクシジオイデス肉芽腫coccidioidal granuloma 。進行性あるいは2 次性コクシジオイデス症progressive
or secondary coccidioidomycosis ともいわれている。肺の初感染病巣が進行し、血行性に全身に散布する。原発性肺コクシジオイデス症の患者の約0.5%に発生し、そのうち約半数が死の転帰をとる。免疫不全の患者に起こることが多い。皮膚、皮下組織、骨、関節、肝、腎、およびリンパ組織が侵される。なお、急性の場合、髄膜炎coccidioidal
meningitis を併発することが多い。
病原診断
1 .C.immitis の分離同定
当然のことながら、本菌の分離同定作業は隔離された安全キャビネット内で行われなければならない。本菌の同定の決め手は(1)37 ℃における旺盛な発育、(2)培地上での分節型分生子の形成、(3)特殊培養あるいは動物実験による球状体の確認である。
C. immitis の旺盛な発育を観察するには、通常使用されている真菌および細菌用培地が用いられる。汚染菌を防ぐ目的で添加されるクロラムフェニコールやシクロヘキシミド(cycloheximid)によって発育は阻害されない。通常サブロー・ブドウ糖寒天培地が使用されている。慎重に菌を培地中央部に接種し、シャーレの蓋と本体をビニールテープで密封し、さらに透明プラスチック容器に入れて孵卵器に入れて観察する。37
℃で7 日後に直径40mm 以上の集落となる。
分節型分生子は、1%の割合でブドウ糖を添加したブレインハートインフュージョン斜面寒天培地に菌を接種し、37 ℃で培養すると10 日前後で形成される。観察法は試験管を顕微鏡の鏡台に横たえ、管壁越しに行う。通常の真菌で用いられている乗せガラス培養法(slide
culture)は大変危険なので、行ってはならない。
球状体の観察は、培地の調整および培養法(炭酸ガス培養、振盪培養装置)が煩雑であること、一般の施設での動物実験は許可されていないことなどから、特定の研究機関に依頼されることを推奨したい。
2 .病理組織学的診断
組織内でC.immitis は、内生胞子を内蔵した球状体、および球状体から放出された内生胞子、各種発達段階にある球状体として観察される。染色はPAS
およびGMS を推奨する。病理学的特徴は肉芽腫性炎症と化膿性炎症の混じり合った像であるが、どちらが主になるかは病型および菌の寄生形態に左右される。肺の初感染巣は主に肉芽腫炎症像を示すが、急性全身感染の場合は化膿性炎症像が強くなる。また、球状体の発育段階によっても組織反応は異なってくる。激しい限局した化膿性炎症像は、球状体から内生胞子が組織内に放出された時に起こり、これら内生胞子が成熟した球状体に変わっていくにつれ、病巣は肉芽腫性へと変わっていく。
3 .免疫学的診断
免疫反応用抗原としてコクシジオイジン(coccidioidin)およびスフェルリン(Spherulin)が開発されている。これらの抗原は遅延型皮膚反応の検出に用いられる。また、ベータ‐1,3‐グルカン(β‐1,3‐glucan)を検出するキットもコクシジオイデス症に反応するといわれている。
一方、コクシジオイデス症における血清抗体も種々の方法で検出されている。沈降抗体は通常感染1週間から3週間の間に出現する。これは試験管内沈降試験、二重拡散法、あるいは免疫電気泳動法で検出可能である。補体結合反応も感染7日以降より陽性となり、病状の悪化とともにその抗体価は上昇し、病状の好転とともに低下していく。また、ラテックス凝集反応も行われ、この価は試験管内沈降反応の結果と良く一致する。
本症の血清学的診断法としては補体結合反応と二重拡散法の併用が優れている。二重拡散法の代わりに免疫電気泳動法を用いても良い。なお、中枢神経系のコクシジオイデス症の場合、血清の代わりに脳脊髄液中の抗体価が測定されている。
4 .PCR によるC.immitis 遺伝子の検出
2000 年12 月現在、145 個のC.immitis の遺伝子がGenBank に登録されている。また、本菌を特異的に検出するプライマーも、28S
リボゾームRNA 遺伝子や19kDa 抗原遺伝子を使って報告されている。近年中には、血液、髄液、組織標本を用いたC.immitis の遺伝子検出が日常検査で行われるようになる。また、培養菌体を固定してDNA
を検出し、遺伝子シーケンスにより同定することはすでに可能である。
治療・予防
播種性コクシジオイデス症の治療は困難である。現在イミダゾール系の抗真菌剤(ケトコナゾール、ミコナゾール、イトラコナゾール等)、およびフロル化ピリミジン化合物の一種である5‐フルオロシトシン(5‐FC)が実用に供されているが、古くから使用されているアムフォテリシンBが依然として唯一の確実な治療薬である。アムフォテリシンBの抗真菌作用は優れているが、副作用(肝、腎障害)が強く、使用に当たっては十分な注意が必要とされている。
その他
本菌は取り扱っている本人はもとより、周囲の人々に感染を起こす可能性が高いので、細心の同定作業を行わなければならない。
1 .疑わしい真菌は決してプレートで培養してはならない。また、乗せガラス培養は行ってはならない。
2 .菌の植え継ぎは安全キャビネット内で行わなければならない。
3 .分節型分生子は僅かな空気の動きでも飛散するので、斜面培地の蓋をとってはならない。斜面培地の栓より70%エタノールや10%ホルマリンなどの固定液を注射筒で注入し、完全に固定されるまで(1
週間以上)注射筒はそのままにし、その後DNA の抽出に用いる。
4 .女性ホルモンはC.immitis の成長を促進するため、妊婦は本菌を扱ってはならない。
感染症法の中でのコクシジオイデス症の取り扱い
コクシジオイデス症は4 類感染症の全数届け出疾患に定められており、本症であることを診断した医師は、診断から7 日以内に最寄りの保健所に届け出る必要がある。報告のための基準は、以下の通りとなっている(平成11年3月30日、厚生省結核感染症課長通知)。
○診断した医師の判断により、病状や所見から当該疾患が疑われ、かつ、以下のいずれかの方法によって病原体診断や血清学的診断がなされたもの。
・病原体の検出
例:喀痰などからの分離・培養と菌の分離(鏡検)など
・組織内での内生胞子および球状体の確認
・病原体に対する抗体の検出
コクシジオイジンおよびスフェルリンでの皮内反応
・PCR によるC.immitis 遺伝子の検出
(千葉大学真菌医学研究センター病原真菌研究部門 宮治 誠)
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