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 感染症の話 2000年第41週(10月9日〜15日)、42週(10月16〜22日)掲載

◆Bウイルス病

 1933 年にポリオ研究者がアカゲザルに咬まれ、脳脊髄炎を発症して死亡した。神経組織よりウイルスが分離され、患者の名前にちなみ、Bウイルスと命名された。正式名称はCercopithecine herpesvirus(CHV‐1)であるが、Bウイルス、ヘルペスB 、Herpes simiae 、Herpesvirus simiaeとも呼ばれる。なお、 Cercopithecus とはオナガザルのことである。Bウイルスはニホンザルなどのマカク属サルを自然宿主とし、この宿主では単純疱疹類似の疾患を引き起こし、致死的感染は例外的である。しかし、ヒトに感染すると、致命的な疾患(Bウイルス病)を引き起こす。ニホンザル等との接触の機会を有している場合、注意すべき感染症である。

疫 学

 本邦での発症例はこれまでのところ報告されていないが、世界的には40例を越しており、おもに米国における発症例である。実際には見落とされている例が多いと考えられる。罹患者の大部分は研究者あるいはサル飼育施設の従業者で、日常の外来診療で遭遇するような疾患ではない。マカク属サルとの直接的接触により感染する。感染ルートはサルによる咬傷・擦過症が大部分であるが、本症の患者から看護者に感染したという、ヒトからヒトへの感染例も報告されている。

カニクイザル
(cynomolgus monkey)

 アジアにいるアカゲザル、カニクイザル、日本ザル(Macaca fuscata)、台湾ザル(Macaca cyclopis)などのマカク属の旧世界サルでは、半数以上が抗体陽性であり、ウイルスは体内に潜伏感染している。ヒトの単純ヘルペスウイルスのように神経節に潜伏し、再活性化することにより感染源となる。サル間では性行為を含めた水平感染により伝播し、幼ザルは抗体陰性であることが多い。

病原体
 CHV‐1はヒトの単純ヘルペスウイルスと同じアルファヘルペスウイルスに分類され、直径160‐180nmの粒子でエンベロープを有する。ウイルス分離にはVero 細胞やHeLa 細胞が用いられる。25cm2のフラスコ程度を使用した少量のウイルス分離はP3レベルの実験室で行うが、大量培養はP4 レベルのバイオハザード封じ込め施設で行う。ウイルス増殖は非常に早く、HSVに類似した細胞変性効果(核内封入体と多核巨細胞)が生じる。ウイルスは4 ℃では安定であるが、40 ℃を越す条件では失活しやすく、また有機溶剤で容易に感染性を喪失する。


臨床症状
 唾液等に感染性ウイルスが排出されているサルによる咬傷が主たる感染ルートである。ウイルスが潜伏状態にあるサルの咬傷では感染しない。咬傷後、局所でウイルスが増殖し、末梢神経を経て、中枢神経組織に到達し、脊髄、延髄、橋と徐々に感染し、横断性脊髄炎、上行性脊髄炎、脳脊髄炎を来す。
 これらの病態発生に相応して臨床症状が経時的に現れる(下表参照)。潜伏期間は咬傷後早い場合は2日で、2週から5週以内に臨床症状が出現する。診断上最も重要なことは、実験用あるいは動物園あるいはペットのサルとの接触に関する病歴の入手である。感染経路は咬傷あるいは擦過傷であることが多く、サルに使用した注射針の針刺し、培養に使用したガラス器具による外傷によっても感染する。
 詳細に臨床症状が報告されている第1 例(米国例)の臨床症状を以下に提示する。
 医師(B)が実験中に外見上健康なサルにより手の咬傷を受けた。3日後咬傷部の紅斑、リンパ管炎、所属リンパ節腫大が生じた。6日目に発熱、10日目に神経症状(上行性麻痺)が出現し、脳脊髄液の単核細胞上昇(112/mm3)、蛋白増加が認められた。外傷部皮膚には水疱も生じた。17日目に痙攣・昏睡状態となり、呼吸不全(呼吸筋麻痺)にて死亡した。剖検時、神経系組織には急性横断性脊髄炎と、前頭葉、橋、延髄にも炎症性変化が認められた。  

表. Bウイルス病の臨床症状(Holmes GP et al.,1995 に準拠)

早期症状 1.外傷部位周囲の水疱あるいは潰瘍
2.接触部の激痛あるいは掻痒感
3.所属リンパ節腫大
中期症状 1.発熱
2.接触部の感覚異常
3.接触部側の筋力低下あるいは麻痺
4.結膜炎
5.しゃっくり(吃逆)の持続
晩期症状 1.副鼻腔炎
2.項部硬直
3.24 時間以上の頭痛
4.悪心・嘔吐
5.脳幹部症状:複視、構語障害、眩暈、失調症、交差性麻痺、交差性知覚障害、脳神経麻痺
6.意識障害
7.脳炎ならびに中枢神経症状

病原診断
 1.ウイルス分離:ウイルス分離が最も信頼できる検査法である。少量サイズの培養細胞を用いたウイルス分離をP3 実験室において行う(国立感染症研究所の規定)。ウイルス分離を行うための検体は咽頭拭い液、脳脊髄液、サルによる咬傷あるいは擦過部位の拭い液あるいは生検組織である。
 2.ウイルスゲノムのPCR による検出:PCR を用いたウイルスゲノム検出法が報告されている。この場合、近縁のHSVとの区別が問題となる。制限酵素切断様式の違いあるいは塩基配列の解析が必要となる。また、咬傷を加えたサルの検索も行う。
 3.血清抗体の検出:CHV‐1はHSVと抗原性が共通する。CHV‐1抗体陽性サルの血清はHSVに対する高い中和活性を有している。一方、HSVに対する抗体を有したヒト血清はCHV‐1に対しての中和活性がある。この抗原交差性のため、両者の血清学的鑑別は困難である。この区別が可能なドットブロット法が開発され、CHV‐1抗体陽性のニホンザルが確認された。簡便法として、スライド上にCHV‐1感染細胞を固定・不活化し、抗原抗体反応を行い、抗体を検出する蛍光抗体法がある。この方法ではHSV とCHV‐1それぞれに対する抗体の区別は困難で、HSV 抗体陽性患者のCHV‐1抗体の検出はできない。
 剖検時の病理所見として、中枢神経組織の出血、壊死、浮腫、血管周囲の単核細胞浸潤がみられる。Cowdry A型封入体は見いだしにくい。感染部位の皮膚・粘膜の生検組織には多核巨細胞が出現し、ウイルスゲノムも検出できる。


治療・予防
 症例数が少なく、確立していないが、アシクロビルあるいはガンシクロビルが有効であり、予防・治療にこれらの投与が推奨されている。治療量は体重1kg あたり10‐15mgのアシクロビルを8時間ごとに最低14日間静注、さらに、神経症状がみられた場合にはガンシクロビルを体重1kg あたり5mgを12時間ごとに14日間以上投与する。静注終了後、経口投与も考慮する。患者の外傷部あるいは結膜、唾液からウイルスが分離されることより、治療においては、手袋ならびにマスク、眼鏡等の粘膜部保護が必要である。ヒト‐ヒト間の感染例は現在までに1例報告されている。
 サルにより咬傷を受けた場合、傷口をできるだけ早く15分以上流水あるいは石鹸水により洗浄する。次亜塩素酸による洗浄を薦める報告もある。結膜の場合は流水あるいは滅菌水を用いる。アシクロビル(成人量800mg)の経口投与も考慮し、その場合、外傷部からのウイルス分離、ウイルスゲノム検出、外傷を加えたサルの抗体検査、サルの唾液、結膜擦過、外陰部擦過にウイルスゲノムが存在するかどうかの解析結果がでるまで投与を続ける。結果が陽性である場合、予防投与は14日間行う。なお、外傷部位の検体採取、患者の血清採取、咬傷を加えたサルのウイルス学的解析ならびに血清の取は必ず外傷部あるいは曝露粘膜の洗浄後に行う。患者ならびに患者の家族には表に示したBウイルス病の臨床症状を説明し、その兆候が現れた場合の連絡の必要性を指示する。
 研究者ならびにサル飼育施設従業者での取り扱い事故の予防について、米国エモリー大学とCDC ではワーキンググループを形成し、ガイドラインを発表している(Holmes GP et al.Guidelines for the prevention and treatment of B‐virus infections in exposed persons.1995;20:421-39)。
ワクチンはない。


感染症法における取り扱い(2003年11月施行の感染症法改正に伴い更新)
 Bウイルス病は4類感染症に定められており、診断した医師は直ちに最寄りの保健所に届け出る。報告のための基準は以下の通りとなっている。
 ○診断した医師の判断により、症状や所見から当該疾患が疑われ、かつ、以下のいずれかの方法によって病原体診断や血清学的診断がなされたもの。
 ・病原体の検出
  例:臨床検体(咽頭ぬぐい液、脳脊髄液、咬傷部、擦過部位の生検組織など)からのウイルス分離と中和試験による確認など
 ・病原体遺伝子の検出
  例:PCR 法など
 ・病原体に対する抗体の検出
  例:ドットブロット法、ELISA 法など
 (ヒトではHSV‐1とBウイルスの抗原性は交差するので、従来の抗原抗体反応系(免疫蛍光等)は使用できない)
 《備 考》
  ウイルスは外傷部、結膜、唾液からウイルスが分離されることから、これらの部位の治療の際には必ず手袋をする。またマスク、眼鏡等により粘膜を保護する。


(国立感染症研究所感染病理部 岩崎琢也)

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