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 感染症の話 2000年第39週(9月25日〜10月1日)、第40週(10月2日〜8日)掲載

 
◆マールブルグ病(Marburg Disease)

 1967年8月西ドイツ(当時)のマールブルグ(Marburg)とフランクフルト、およびユーゴスラビアのベオグラードでポリオワクチン製造および実験用としてウガンダから輸入されたアフリカミドリザルの解剖を行ったり、腎や血液に接触した研究職員、および片づけを行った人など合わせて25 名に突如熱性疾患が発生し、7名が死亡した。二次感染は患者に接触した医療関係者など6名に見られたが、死者は出なかった。この疾患は、最初の発生地にちなみマールブルグ病(Marburg disease)と称されるようになった。ウイルス性出血熱のひとつであり、別名ミドリザル出血熱(vervet monkey hemorrhagic fever)とも呼ばれる。その後アフリカのケニア、ジンバブエ、ザイール(現コンゴ民主共和国)などで発生し、いずれも1 〜2名で死者も出ているが、エボラ出血熱のように一度に多数の感染者・死者を出した例はない。
 ウイルス性出血熱のひとつである。

疫 学
 マールブルグ病の発生にサルが関与したのは1967年の事例のみで、以後のアフリカでの発生ではサルとの接触は全く知られてはいない。エボラ出血熱同様自然界の宿主は不明であり、どのような経路で最初のヒトへ病原体が伝播するかについても謎のままである。今までのエピソードはドイツ以外ではアフリカで4 回ある。
 (1) 1975年ジンバブエ−南アフリカ:2月15日ジンバブエ(当時ローデシア)からヒッチハイクで南アフリカ入りした21歳の白人男性(オーストラリア人)は12日以来の筋肉痛、嘔吐、発熱等の症状でヨハネスブルグ総合病院を訪れた。直ちに入院し18日出血傾向で死亡した。DICと肝不全を伴っていた。翌日同行者の女性と患者を介護した看護婦が26日に発症したが、2名は回復した。最初の死亡患者の種々の材料から電顕によりウイルス粒子、免疫蛍光法により特異抗体が検出された。この折にヒッチハイクした道沿いにヒト、動物、虫等の血液等を集めて検査がなされたが、陽性例(ウイルス分離、抗体)はなかった。また旅行者は途中サルとの接触はまったくなかった。しかし一定の距離はあったが、コウモリ、サル、野鳥等からのエアロゾル感染は否定できない状況にはあったという。
 (2) 1980年ケニア:1月8日ケニア西部の砂糖工場で働いていた56歳のフランス人技師が突如熱性疾患に陥った。頭痛、筋肉痛、倦怠感を主症状とし3日目から下痢、嘔吐が始まった。15日にナイロビの病院に移送されたが吐血を繰り返していた。黄疸が強く大量下血で虚脱状態にあり到着後6時間で死亡した。治療に当たった医師は9日後の24日に発症し、高熱、頭痛、背部痛、咽頭痛、下痢がみられた。このときの血清から米国CDCで抗体上昇が確認され、Vero 細胞でウイルスが分離できた。電顕上粒子も確認された。最初の患者は発症2週間前に近くの大量のコウモリの生息するElgon 洞窟に入っていることと、近くの森で動物や鳥に餌をやっているなどが感染の機会としてあげられるがはっきりした証拠はない。

 (3) 1987年ケニア:ケニアの西方の公園(フランス人が感染したと思われる周辺)を訪れた少年が、感染、発症し死亡した。2次感染はみられなかった。
 (4) 1999年コンゴ民主共和国:4月、コンゴ民主共和国のWarsa地区(ウガンダ国境近く)でウイルス性出血熱様症状の患者が発生し、23日に死亡した。患者検体(血液)は直ちに南アフリカのヨハネスブルグのウイルス研に送付され、マールブルグウイルスが確認された。他の4名の同様症状を示したという疑似例では陰性であった。同じころ近くのDurbaでもウイルス性出血熱様の集団発生があったといわれるが、ウイルス学的確認がなされてはいない。

図1. マールブルグ病の分布

画像をクリックすると拡大図が見られます。

病原体
 マールブルグウイルスはエボラウイルスと同様にフィロウイルス科(Filoviridae)のメンバーである。抗原性は異なり交差しないが電顕上の形態は酷似している。エンベロープを持ち桿菌状で平均長径が790nmである。短径は80‐90nmである。長径は時に1,500‐2,300nmにも達する。粒子は非対称でひも状、ゼンマイ状等多形を示す。遺伝子は核酸として1本鎖RNAを有し、分子量は4.6x10 6 Daである。ウイルスはVero細胞、BHK細胞などで細胞変性効果を示す。実験的にはアカゲザル、ミドリザル、モルモット、ハムスター、マウス等で100%感染を起こし致命的となる。自然界におけるこのウイルスの宿主は今もって不明であり、どのようにしてヒトにウイルスが伝播されるかも全くわかってはいない。ヒトからヒトへの感染は感染者や患者の血液、体液、分泌物、排泄物などの汚染物との濃厚接触による。手袋等の防護策で感染は防げるとされ、医療の場での空気感染による拡大はないとされる。


臨床症状
 感染総数に対する発症者の比率はよくわからない。潜伏期間は3‐10日である。一次感染の潜伏期間は3‐7日(二次感染では‐10日と長くなることもある)で、症状はエボラ出血熱に似ており、発症は突発的である。発熱、頭痛、筋肉痛、背部痛、皮膚粘膜発疹、咽頭痛が初期症状としてみられる。激しい嘔吐が繰り返され、1‐2日して水様性下痢がみられる。診断上皮疹は重要で、発症後5‐7日で躯幹、臀部、上肢外側等に境界明瞭な留針大の暗赤色丘疹が毛根周辺に現れる。重症化すると散在性に暗赤色紅斑が顔面、躯幹、四肢にみられる。


病原診断
 血液等からウイルス分離する(最高度安全実験施設P4が必要)。迅速診断にはELISAや免疫蛍光法で抗体を検出する。あるいはPCR法等でウイルス遺伝子を検出する。対象検体は血液、咽頭ぬぐい液、胸水、体液、その他組織等である。発症2カ月して症状は軽快しても精液、眼前房水等からウイルスが分離された例がある。


治療・予防
 感染予防ワクチンはない。また対症療法以外の特異的治療法もない。


発生動向調査
 患者や検体に接触した医療関係者や家族については表3のような考え方で、一定期間監視が必要な場合は実施する。

  

表3. 接触の意味?ウイルス性出血熱(VHF )患者との接触の際の対応?


患者接触者:(このウイルスは空気感染は否定されている。)
通常の接触:ホテルで同宿、飛行機で同乗者はサーベイランスの必要はない。
リスクのある接触者:患者と同居、介護、看護にあたった人、握手したり、患者を抱擁した人、患者検体を取り扱った人、等については患者の診断が確定した時点で監視下に置く。症状がないかぎり入院の必要はない。検温は1 日2 回実施する。38.3 ℃以上の発熱、その他いかなる症状も詳細に記録し、最終接触後3 週間は監視する。
ハイリスクの接触:患者と粘膜の接触の会った人、即ちキス、性行為等、あるいは患者の分泌物、排泄物、血液、組織、体液等を扱う際に針刺しや傷口に直接触れる等があった人については、VHFの診断がつきそうな時直ちに監視下に置く。接触者が38.3 ℃以上の発熱を示したり、いかなるVHFの症状を示した時も直ちに収容しVHFの患者としての取り扱いをする。

感染症法の中でのマールブルグ病の取扱い
 マールブルグ病は、1類感染症に定められており、診断した医師は直ちに最寄りの保健所に届け出る必要がある。類似患者、患者、無症状病原体保有者のいずれであっても届け出は必要である。報告のための基準は、以下の通りとなっている(平成11年3月30日、厚生省結核感染症課長通知)。
 ○当該疾患を疑う症状や所見があり、かつ、以下の方法によって病原体診断または血清学的診断がなされたもの。
 (材料)血液、尿、咽頭スワブ等
 ・病原体の検出
  例:ウイルスの分離など
 ・抗原の検出
  例:ELISA 法による特異抗原の検出など
 ・病原体の遺伝子の検出
  例:PCR 法など
 ・血清抗体の検出
  例:免疫蛍光法、ELISA 法など
 ○当該疾患を疑う症状や所見はないが、病原体か抗原が検出されたもの
 (病原体や抗原は検出されず、遺伝子や抗体のみが検出されたものを含まない)
 ○疑似症の診断
  臨床的特徴に合致し、以下の疾患の鑑別診断がなされたもの
 (鑑別診断)他のウイルス性出血熱、チフス、赤痢、マラリア、デング熱、黄熱等


 《備 考》
 当該疾患を疑う症状や所見はないが、病原体や抗原は検出されず、遺伝子や抗体のみが検出されたものについては、法による報告は要しないが、確認のため保健所に相談することが必要である。


学校保健法の中でのマールブルグ病の取扱い
 マールブルグ病は学校において予防すべき伝染病第1種に定められており、治癒するまで出席停止となる。


(国立感染症研究所副所長 倉田 毅)

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updated info

この記事は、2002年第36週にて改訂しました。

 

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