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 感染症の話 2000 年第34週(8月21日〜8月27日)掲載

 
◆MRSA (methicillin‐resistant Staphylococcus aureus:メチシリン耐性黄色ブドウ球菌)感染症

 メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)は、ペニシリン耐性黄色ブドウ球菌に有効な狭域β‐ラクタム薬であるメチシリンに耐性を獲得した黄色ブドウ球菌である。MRSAの病原性は、皮膚の常在菌である黄色ブドウ球菌と同等であり健常者の皮膚や口腔などに定着していても、通常は無症状である。しかし、術後患者や免疫抑制状態の患者では、術創感染症や敗血症、MRSA 腸炎などを引き起こし、ショック症状や多臓器不全を経て死亡する場合も多く、本菌の蔓延は医療の現場で大きな障害となっている。

疫 学
 ペニシリンG の工業的生産が開始されて間もない1940年代の中頃に、プラスミド依存性にペニシリナーゼを産生するペニシリン耐性黄色ブドウ球菌が出現した。1950年代に入ると、ペニシリン耐性に加え、プラスミド依存性にテトラサイクリン、クロラムフェニコール、エリスロマイシンなど複数の抗菌薬にも耐性を獲得した「多剤耐性黄色ブドウ球菌」が出現した。ペニシリナーゼ産生黄色ブドウ球菌に対抗するため、1960年頃、狭域β‐ ラクタム薬であるメチシリンが開発導入されたが、直後の1961年には、メチシリンに耐性を獲得した黄色ブドウ球菌(MRSA)が出現した。その後、第三世代セファロスポリンが臨床で広く使用されるようになったが、MRSAに対しては、第三世代セファロスポリンは抗菌力が弱く、これらの薬剤の多用により、MRSA が選択・増殖し、1970年代に入ると世界的な規模で拡大したと考えられている。我が国では、1980年代よりMRSA が各地の医療施設で分離されるようになり、現在、各医療施設において、患者からMRSA が分離される頻度は、患者100人当たり数人程度であるが、喀痰などから臨床分離される黄色ブドウ球菌の過半をMRSA が占めるという状況が一般的となっている。

病原体
 MRSA は、メチシリンやその他の多くの抗菌薬に耐性を示す点以外は、その起源である黄色ブドウ球菌と病原性などの点において、特に大きな差はない。病原因子としては、トキシックシンドロームトキシン‐1(TSST‐1)やエンテロトキシンなどが良く知られているが、溶血毒素(α、δ毒素)、エキソフォリアチン(表皮剥離毒素)やコアグラーゼ、スタフィロキナーゼ、ロイコシジン、その他各種の蛋白分解酵素、DNase などを産生し、膿瘍や蜂巣炎などでは、感染した組織が強く傷害される。また、MRSA 腸炎や敗血症では、TSST‐1やエンテロトキシンの作用でトキシックショックが誘発され、死亡することも多い。
 疫学マーカーとして良く用いられるコアグラーゼ型別では、我が国では、II 型に分類されるMRSAが主流を占めている。また、最近、TSST‐1産生株の割合も増加しているとされている。
 メチシリン耐性に関与するmecA遺伝子は、トランスポゾン様の構造中に存在し、他の抗菌薬耐性に関与する複数の耐性遺伝子もその中に集積して存在している場合が多いため、多数の耐性遺伝子を含む遺伝子クラスターが、外来性に黄色ブドウ球菌に取り込まれ、MRSA が発生したと考えられている。臨床分離されるMRSA株相互の比較検討のための遺伝学的疫学解析法としてパルスフィールド電気泳動解析などが用いられるが、施設毎に多様なパターンを示す複数の系統のMRSA 株が混在している場合が一般的となっている。
 MRSA の薬剤感受性については、様々な調査結果が報告されているが、概して言えば、広域β‐ ラクタム薬はもとより、エリスロマイシン、クリンダマイシン、ストレプトマイシン、ゲンタマイシンなどに対しては、9割以上の株が耐性を示し、ミノサイクリンやフルオロキノロン薬などにも耐性を獲得した株も多くなっている。一方、日本では最近あまり使用されない、クロラムフェニコール、ST 合剤などには感受性を示す株も多い。


[MRSA とバンコマイシン耐性]
 VRE (vancomycin‐resistant Enterococcus:バンコマイシン耐性腸球菌)の分離率が1990年代に入ると増加傾向に転じ、しかも1992年に、イギリスのNobleらによりVRE からMRSA にバンコマイシン耐性が伝達するという報告(FEMS Microbiol. Lett. 93:195‐198,1992 )が出されたため、CDC(米国疾病対策センター)は、VRE などのバンコマイシン耐性菌に対する監視と対策を推進するためのガイドラインを1995 年に発表した(CDC, MMWR44 (RR‐12):1‐13,1995 )。このような状況の中で、我が国でバンコマイシン(VCM )のMIC 値が8μg/ml と判定されるMRSA が分離され、国際的に大きな関心事となった(K. Hiramatsu, et al., J. Antimicrob. Chemother. 40:135‐ 136,1997)。しかも、この種の菌は、「VCM ヘテロ耐性MRSA 」に100 万個に1 個程度の割合で含まれており、それが、VCM による治療失敗の原因となっており、しかも、この種の菌は、日常的に行われている薬剤感受性試験では、「感受性」と判定され、検出できない、などということが報告された(K. Hiramatsu.et al., Lancet. 350:1670‐1673,1997 )ため、世界的に大きな衝撃をもって受け止められた。しかし、その後の調査では、今までのところ、VCM のMIC 値が8 μg/ml と判定されるMRSA は、国内では、順天堂病院で分離されたMu50 株以外には確認されていない。しかも、CDCの研究グループからは、最近「GISA (glycopeptide‐intermediate Staphylococcus aureus:グリコペプタイド系薬剤[バンコマイシンやテイコプラニン]低感受性黄色ブドウ球菌:詳細についてはhttp://idsc.nih.go.jp/ddrug/bdw211/dw2401.html を参照。)の検出には、ブレインハートインフュージョン(BHI)寒天培地を用いるのではなく、通常の薬剤感受性試験用のミューラーヒントン(MH)培地でVCM を5 μg/ml 含む培地を用いるのが実用的である」、「GISA は、米国内では、1997 年の時点ではwide spread な問題となっていない」(S. K. Hubert, etal., J. Clin. Microbiol. 37:3590‐3593,1999)という研究報告が出されるなど、MRSA とバンコマイシン耐性の問題については、冷静かつ客観的な対応がとられる場合が多くなった。しかし、透析患者やVCM の長期投与を受けている患者の血液などから、VCM のMIC 値が4‐8 μg/ml程度と判定されるMRSAが欧米などで数株分離されていることや、テイコプラニンのMIC 値が16‐32 μg/mlと判定されるコアグラーゼ陰性ブドウ球菌属(CNS)がしばしば分離されており、ブドウ球菌属におけるグリコペプタイド耐性の動向には十分な監視が必要となっている。尚、幸いな事には、VCM に低感受性を示すGISAは、患者の血液などから一時的には分離されるものの、一方で、ペプチドグリカンの代謝に変調が生じ、菌の活力や増殖力が減弱しているせいか、この種の菌が、周囲の患者に伝播し院内感染を引き起こすまでには至っていない。したがって、GISAの臨床的危険度や問題性については、今後の検討課題となっている。

病原診断
(1) 薬剤感受性試験結果に基づく判定

 各医療施設において日常的に実施されている同定試験法により、黄色ブドウ球菌と判定され、かつ、 NCCLS (National Committee for Clinical Laboratory Standards :米国臨床検査標準化委員会)の標準法に従い、2%のNaCl 存在下で、35 ℃24 時間の培養後、オキサシリンのMIC 値が4 ≧μg/mlを示す場合、MRSA と判定する場合が一般的となっている。また、NCCLS 仕様のdisk 拡散法を用いた場合には、同様の培養条件下でオキサシリンの阻止円の直径が≦10mm の場合にもMRSAと判定される。
(2) MRSA 特異的遺伝子の検出による判定
 遺伝子の検出によるMRSA の判定法としては、PCR によるmecA 遺伝子(メチシリン耐性に関与するPBP2'の遺伝子)と黄色ブドウ球菌特異的遺伝子(spa 遺伝子=staphylococcal protein A 遺伝子)を同時に検出する方法などが開発されている。


治療・予防

 MRSA が皮膚や鼻腔、口腔から分離されたのみで、感染症の症状を呈さない、いわゆる「保菌例」「定着例」と判断される症例に対しては、除菌目的の積極的な抗菌薬投与は行わない。しかし、術前患者や医療職員などで「除菌が必要」と判断される場合には、ムピロシン軟膏の鼻腔内塗布、あるいはポビドンヨードによる含嗽が行われる事もある。MRSAによる感染症の場合は、ミノサイクリンなどが有効な場合もあるが、無効例ではグリコペプタイド系抗菌薬やアルベカシンなどが用いられる場合が多い。MRSAは、既に医療環境では「常在菌」となっており、感染予防や伝播を完全に阻止する有効な手段は見い出し難いが、通常の院内感染対策の方法に従うことで、感染症患者または保菌者から、手術予定の患者や免疫抑制状態の高齢者などハイリスク患者への菌の伝播をある程度防止することは可能であり、実際にMRSA 感染症の新規患者数を減少させることが可能とされている。
 MRSA 保菌者などの「隔離」については、MRSAが出現した当初は厳格な方式が推奨されていた。しかし、現在では、MRSAは医療施設の「常在菌」的な性格が強くなっており、患者隔離の実効性が乏しくなりつつある。したがって、手術予定患者や免疫抑制状態の患者へのMRSA の伝播や感染を防止することに重点を置いた院内感染対策が推奨されるようになりつつある。


感染症法の中でのMRSA 感染症の取扱い

 MRSA感染症は4類感染症に分類され、その発生動向は病院定点からの報告により把握される。報告のための基準は以下の通りになっている。
 ○当該疾患を疑う症状や所見があり、かつ、以下のいずれかの方法によって病原体診断がなされたもの。
  ・病原体の検出
   (1 )血液、腹水、胸水、髄液など、通常は無菌的であるべき臨床検体から分離された場合(敗血症・心内膜炎、腹膜炎、胸膜炎、髄膜炎、骨髄炎など)で、以下の検査室での判断基準を満たすもの
   (2 )喀痰、膿、尿、便など無菌的ではない検体からの分離では、感染症の起因菌と判定された場合(肺炎などの呼吸器感染症、肝・胆道系感染症、創傷感染症、腎盂腎炎・複雑性尿路感染症、扁桃炎、細菌性中耳炎・副鼻腔炎、皮膚・軟部組織感染症など)で、以下の検査室での判断基準を満たすもの
 (検査室での判断基準)
   オキサシリンのMIC,≧4 μg/ml
   または、オキサシリンの感受性ディスク(KB)の阻止円の直径が、≦10mm


(国立感染症研究所細菌・血液製剤部 荒川宜親)

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updated info

この記事は、2002年第18週 にて改訂しました。

 

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