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感染症の話 |
2000 年第17
週(4 月24日〜4 月30日)・18 週(5 月1日〜5 月7日)合併号掲載、19週(5月8日〜5月14日)掲載 |
◆梅 毒
疫 学
梅毒は、世界中に広く分布している。
1943 年にマホニーらがペニシリンによる治療に成功して以降その数は激減したが、その後、幾度かの再流行が各国で見られる。1960 年代半ばには日本も含め、世界的再流行が見られた。最近では、日本では1987
年を、米国では1990 年をピークとする流行が見られたが、その後再び減少している。減少後も再び流行を見るという過去の経緯から考えると、現在の状況であっても今後について楽観することは許されない。
病原体
梅毒トレポネ−マ(学名:Treponema pallidum subsp. pallidum )。直径0.1 〜0.2
micro meter 、長さ6〜20 micro meter の屈曲した6 〜14 施転の螺旋状菌(写真1)。通常の明視野光学顕微鏡では視認できず、暗視野顕微鏡で観察される。青い色彩からpallidum(英語のpale)の種名が与えられている。現在、試験管内での培養は不可能で、菌の維持その他には、ウサギの睾丸内での培養以外の現実的方法がない。培養の困難さもあり病原性の機構は殆ど解明されていないが、哺乳類の培養細胞への接着と侵入能が確認されており、病原性との関連が議論されている。1998 年に全ゲノムのDNA 配列が決定、公開され、この接着能を担うと予想される遺伝子群が見つかっている。また、多くの菌で病原因子として働くヘモリジンの遺伝子が5コピー発見されたが、実際に病原性に関与する証拠はない。
感染形態
原因菌は低酸素状態でしか長く生存できないため、現実には感染形態、経路は限定される。大部分は菌を排出している感染者(後述の第1期、第2期の患者)との粘膜の接触を伴う性行為、疑似性行為である。極くまれに、多量の排出菌に汚染された物品と傷のある手指との接触による伝播も報告される。本菌の保存血中の生存期間についての研究や輸血用血液のスクリーニングが進み、我が国での保存血輸血による感染は見られない。しかし、臨床症状、血清反応とも見られない段階での第一潜伏期感染者からの、新鮮血緊急輸血等による感染の可能性はあるので注意が必要である。これら以外に、感染した妊婦の胎盤を通じた胎児への感染形態が先天梅毒(後述)の原因となる。
臨床症状
感染後3週間程度の潜伏期(第一潜伏期)を経て、経時的に様々な臨床症状が逐次出現する。
| 第1期梅毒: |
(〜3
週)(感染部位の病変)初期硬結(赤色)、硬性下疳、局所リンパ腺症(非常に硬性)。 |
| 第2期梅毒: |
(3
〜12 週)[血行性に全身に移行]梅毒性バラ疹(体肢対称性)、発熱、倦怠感、リンパ腺症、粘膜疹、扁平コンジローマ、梅毒性脱毛、髄膜炎、頭痛、等。この時期の皮膚病変は極めて梅毒に特徴的なものであり、確定診断が最も容易である。 |
前期潜伏梅毒(1年以内)、
後期潜伏梅毒(1年以降): |
無症状。潜伏梅毒は時に第2期症状の再発を起こすが、その殆どが、1
年以内であるため、その時期を特に前期潜伏梅毒として区別することが多い。 |
| 第3期梅毒: |
1)心臓血管梅毒[心血管への移行](10
〜30年、アフリカ人種以外では稀)大動脈瘤、大動脈弁逆流、冠状動脈動脈口狭窄
2)神経梅毒(変性梅毒)[中枢神経への移行]
A)無症状期:(〜2年)脳脊髄液中の白血球数、タンパクレベル上昇等のCSF 異常のみの時期。
B)急性梅毒髄膜炎:(〜2年)頭痛、錯乱
C)上部神経麻痺:(〜2年)顔面、聴覚神経麻痺
D)進行麻痺:(5 〜7年、男性の症例が有為に多い)頭痛、めまい、人格障害、血管障害等
E)脊髄癆:(10 〜20年、男性の症例が有為に多い、ペニシリン治療の普及で現在は稀)進行性痴呆、疲労感、運動失調、脊髄根部疼痛、無反射症、アーガイルロバートソン瞳孔(反射性瞳孔硬直)等。
*D)、E)の時期を特に「第4期梅毒」として区別する研究者も多い。
F)グンマ:(〜15年)グンマ(ゴム腫)、結節性梅毒疹、などの肉芽腫、単球浸潤 |
| 先天梅毒: |
1)初期先天梅毒(出産後〜2年)骨軟骨症、貧血、肝脾腫、神経梅毒症状
2)後期先天梅毒(2年以降)角膜実質炎、リンパ腺症、肝脾腫、コンジローマ、貧血、ハッチンソン歯、聴覚神経障害(内耳性難聴)、回帰性関節症、神経梅毒症状 |
(Sibgh AE and Romanowski B:Syphilis:Review
with emphasis on clinocal, epidemiologic and some biologic features. J
Microbiology Review 1999,12:187‐209. に基づいた分類)
病原診断
確定診断の理想は言うまでもなく、病原体の分離、検出であるが、第1 期と皮膚病変のある第2期の場合を除き、それはかなり困難である。実際の診断は、多くの場合、前述した臨床症状に対する所見と血清(抗体)反応の組み合わせによって行うことになる。但し、第1期の症状が現れても血清反応の陽性化まで1週間程度のタイムラグがあるので、この時期には下疳等の病巣部から病原体検出を積極的に試みる。実際、この時期に限っては病原体検出は成功例が多い。
病原体検出法は、病巣部の浸出漿液をパーカーインキで染色して直接観察する方法である。
血清中の抗体は感染後、まず脂質であるカルジオリピンに対する抗体価が上昇し、次いでTreponema に対する特異的抗体価が上昇する。抗カルジオリピン抗体は感染、治癒に応じて比較的良く上昇、下降するため、治療効果の判定にも利用されるが、抗原が梅毒に特異的なものではないので生物学的擬陽性反応がある。また、抗Treponema
抗体は特異性は高いが、治癒後漸減こそするもののなかなか陰性化しないため、過去の梅毒感染との区別がつきにくい。そこで、血清検査では、基本的に抗カルジオリピン抗体陽性でスクリーニング、次いで(場合によっては期間をおき)、抗Treponema
抗体も陽性であった場合に血清陽性として、臨床所見を組み合わせて診断する。
治療・予防
基本的にはペニシリンGの大量投与である。日本では、病期によらず、ペニシリンG (実際にはバイシリンなど。 ABPC を用いるときもある)120万単位を2
〜4週、経口投与する方法が取られることが多い。米国では、筋注が基本的方法で、神経梅毒の場合、脊髄液中の濃度を高めるため、さらに5倍量程度のペニシリンを静注、さらに適宜、ペニシリン排泄阻害剤を併用している。ペニシリンアレルギーの患者の場合、テトラサイクリン、エリスロマイシンを使用するが、これらの薬剤は脊髄液への移行が悪いので、神経梅毒の場合、ペニシリン脱感作後にペニシリンを投与する方が良いとされる。妊婦も基本的に同様の処置を取るが、胎児への副作用があるため、テトラサイクリンは使用しない。妊婦がペニシリン処置をした場合、新生児は同時に治療できたと考えてもよいが、アレルギーのため、エリスロマイシンを使用した場合、本薬は胎盤を通過できないので、新生児は出産後改めて治療する必要がある。かつて使用されたクロラムフェニコールは、副作用として重篤な血液疾患をひき起こす場合があり、現在は使用しない。尚、現在、薬剤耐性菌の報告はない。治療効果の判定には抗カルジオリピン抗体の減少と臨床所見を経時的に追跡する。これは抗カルジオリピン抗体といえども、完全な陰性化は起こらないか、陰性化まで長期間を要する場合があるためで、抗体価の絶対値ではなく、減少傾向を観察することに意義があるとされる。
予防としては、感染者、特に感染力の強い第1期及び第2期の感染者との性行為、疑似性行為を避けることが基本である。コンドームの使用は極めて高い効果があるが、疫学データからは、淋菌感染の場合ほど完全でないことが示唆されている。
感染症新法の中での梅毒の取扱い
梅毒は第4類の全数把握疾患に定められており、診断した医師は7日以内に保健所に届け出る必要がある。報告のための基準は、以下の通りとなっている。
1 )先天梅毒以外の場合
○梅毒が疑われ、以下のいずれかの方法によって検査所見による診断がなされたもの。
・病原体の検出
例:発疹からパーカーインク法などでT. pallidum が認められた場合など
・血清抗体の検出(以下の(1)と(2)の両方に該当する場合)
(1)カルジオリピンを抗原とする以下のいずれかの検査で陽性のもの
・RPR カードテスト
・凝集法
・ガラス板法
(2)Treponema pallidum を抗原とする以下のいずれかの検査に陽性のもの
・TPHA法
・FTA‐ABS 法
○報告にあたっては、以下の3つに分類して報告する。
1 .早期顕症梅毒
ア.1期梅毒に特有な局所所見(初期硬結、硬性下疳など)を有する症例
イ.2期梅毒に特有な局所または全身的な皮膚症状(梅毒性バラ疹、丘疹性梅毒疹など)を呈する症例
2 .晩期顕症梅毒
ゴム種、梅毒によると考えられる心血管症状、神経症状、眼症状などが認められる症例。
3 .無症候梅毒
臨床症状は認められないが治療が必要と考えられ、RPR カードテスト、凝集法またはガラス板法で16倍以上陽性の症例。
2 )先天梅毒
○梅毒に罹患している母体から出生した児であって、下記の5 つのうち、いずれかの要件をみたすもの。
(1)母体の血清抗体価に比して、児の血清抗体価が著しく高い場合
(2)血清抗体価が移行抗体の推移から予想される値を高く越えて持続
(3)TPHA ・IgM 抗体陽性
(4)2期梅毒疹、骨軟骨炎など早期先天梅毒の症状を呈する場合
(5)乳幼児期は症状を示さずに経過し、学童期以後にゴム種、Hutchinton3 徴候(実質性角膜炎、内耳性聴、 Hutchinton
歯)などの晩期先天梅毒の症状を呈する場合
(国立感染症研究所細菌部 中山周一)
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