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 感染症の話 2000年第12週(3月20日〜3月26日)掲載

 
◆ジアルジア症

 ジアルジア症はGiardia lamblia の感染によって引き起こされる下痢性疾患である。1999 年4月1日から施行された「感染症新法」において、ジアルジア症は全医師に届け出が義務付けられた4類感染症(全数把握疾患)に指定されている。本症の感染経路はいわゆる糞‐口感染で、人と人の接触や食品を介した小規模集団感染と飲料水を介した大規模な集団感染が知られている。Giardia の種名については混乱があり、ヒト由来株に関してはG.lamblia あるいはG.intestinalis 、他の哺乳動物から分離株された同一形態種に対してはそれぞれ別名で報告されている。これまでの報告を総合的に判断すればこれらすべてを同一種とみなすべきで、命名規約上はG.duodenalis という種名に先取権があるとの考えがある。これらの考え方の根底には本原虫種が基本的に幅広い感染スペクトルを持つとの認識があるが、その一方ですべての分離株が常に広い感染性を示すものではないという認識もある。ちなみに、わが国では慣例的にG.lamblia を用いており、当面は形態的に G.duodenalis とみなされる原虫に対して一律に病原性があるものとして扱うこととしている。


疫 学
 ジアルジア症の感染者数は世界人口のうち数億人を占めるとされ、地球規模で見ればごくありふれた腸管系病原微生物である。世界中のほとんどの国で有病地を抱えているが、特に熱帯・亜熱帯に多く、有病率が20%を超える国も少なくない。わが国では戦後の動乱期(1949〜1956年)に感染率が3〜6%であったと記載されている。多くの伝染病が国内の衛生環境の改善、中でも上下水道の整備がもっとも大きな要因と考えられるがそれとともに姿を消していったことは周知のことである。ジアルジアの感染率も次第に低下し、今日の都市部での検出率は0.5%を下回る程度となっている。
 感染のリスクファクタ−は海外、特に発展途上国への旅行と男性同性愛である。海外旅行での感染症例(旅行者下痢症)では赤痢菌、病原大腸菌や赤痢アメ−バなどとの混合感染症例が少なくない。ところで、いままた水系感染による集団発生事例が先進諸国で問題となっている。これには都市化など社会形態の変化に伴った水環境の変化、すなわち水の再利用が進んだことが大きく影響している。
 なお感染症新法施行後この1年間(平成11年4月〜平成12年3月)の我が国における本症の届け出数は63例であり、そのほとんどは散発例である。このうち65%が海外での感染と推定されている。


病原体
 ジアルジアランブリア(Giardia lamblia)、別名ランブル鞭毛虫とも呼ばれる。鞭毛虫類に属する原虫で、その生活史は栄養型と嚢子より成る。栄養型虫体は左右対称の洋ナシ型で、長径10〜15μm 、短径6〜10 μm 程度の大きさである。猿の面容に似た形態を有するためモンキ−フェイスとも形容される。虫体腹部の前半部は腸の粘膜などへ吸着するための器官である吸着盤が発達している。その他、常時2 核であること、4対の鞭毛を持つなど栄養型は特徴的な形態を有している。経口的に摂取された嚢子は胃を通過後に速やかに脱嚢して栄養型となり、十二指腸から小腸上部付近に定着する。時に寄生は胆道から胆嚢に及ぶことがある。嚢子は長径8〜12μm 、短径5〜8μm の長楕円形で、成熟嚢子は4核となり、他に軸子、鞭毛などが観察される。多くの場合、嚢子は糞便中に排泄された時点で成熟型となっており、感染性を有している。通常、ジアルジアの嚢子は外界の環境によく耐え、報告によって異なるがシストは水中で3カ月以上生存し、溜め水のなかで16日間は感染性が持続したという記録がある。人での実験では10 〜25 個のシストの摂取により感染が成立したとの報告がある。

図1 Giardia lamblia の栄養型虫体
ギムザ染色像

図2 Giardia lamblia のシスト
a :微分干渉像b :コーン染色像

各画像をクリックすると拡大図が見られます。

臨床症状
 現在のわが国で見られるジアルジア感染者の多くは発展途上国からの帰国者(来日者)であり、特にインド亜大陸からの帰国者の下痢患者での検出率が高い。さらに、男性同性愛者間にも本原虫の感染が見られることがあり、最近ではHIV 感染者に原虫が証明されたこともある。このジアルジア症は過去数十年間にわたってわが国では忘れ去られた感染症の一つであったが、免疫不全者の感染、水系感染による集団発生事例などから、重要な再興感染症の1つとしての認識が必要である。
 ジアルジア症の主な臨床症状としては下痢、衰弱感、体重減少、腹痛、悪心や脂肪便などが挙げられる。有症症例では下痢が必発であり、下痢は非血性で水様ないし泥状便である。排便回数は一日20回以上から数回程度と様々であり、腹痛は伴う例と伴わない例が相半ばし、多くの症例で発熱は見られない。感受性は普遍的であるが、成人よりも小児の方が高い感受性を示す。なお、分泌型IgA低下症や低ガンマグロブリン血症をもつ患者に発症した場合には臨床症状が激しく、難治性であり、かつ再発性である。感染者の多くは無症状で便中に持続的に嚢子を排出している嚢子保有者(cyst carrier )であるが、感染源としてはむしろ重要である。

病原診断
 診断は患者の糞便(下痢便)から顕微鏡下に本原虫を証明することによる。さらに、原因不明の下痢症、脂肪便、あるいはその他の腹部症状を精査する一環として十二指腸液や胆汁を採取し、原虫の検査が行われることもある。糞便中に見られる原虫の形態は、水様便では栄養型が、泥状便や有形便ではシストを検出することが多い。検査方法は通常の検便か、遠心沈殿法で得られた沈渣をヨード・ヨードカリ染色して観察することで比較的容易に検出できる。海外では診断用の蛍光抗体試薬が市販されている。なお、栄養体を検出する場合は希釈液には生理食塩水を用いる。

図3  検便材料中のシスト(微分干渉顕微鏡像)
標本中に均一に分布せず、この標本では粘液中に偏在しているのがわかる。矢印の先にシストが観察される。


治療・予防
 ジアルジアの治療にはメトロニダゾ−ルやチニダゾ−ルなどニトロイミダゾール系の薬剤が用いられる。これらはわが国では抗トリコモナス薬として薬価収載されており、いまのところ本症に対しては健康保険の適用外である。
 ジアルジア症は典型的な糞‐口感染によって起こる。したがって、シストで汚染された食品や飲料水を介して伝播する。シストは感染力が強いため、排泄者に対しては排便後の手洗いをよく指導する。一般に、シスト排出者は無症状か下痢症状があっても軽微であり、身辺の清潔が保てるため隔離の必要はない。また、シストは水中で数カ月程度は感染力が衰えず、小型であるため浄水場における通常の浄水処理で完全に除去することは困難とされる。塩素消毒にも抵抗性を示す。したがって、HIV 感染者をはじめとする免疫機能低下症は、日常生活の上でナマ物や煮沸消毒されていない水道水の摂取などには注意するべきである。


感染症新法の中でのジアルジア症の取扱い
 ジアルジア症は4 類感染症(全数把握疾患)に指定されており、本症を診断した医師は7 日以内に保健所への届け出が求められている。報告のための基準は、以下の通りとなっている。
 ○当該疾患を疑う症状や所見があり、かつ、以下の方法によって病原体診断がなされたもの。
  ・病原体の検出
   例:糞便または十二指腸液などから原虫の証明(鏡検)など

(国立感染症研究所 寄生動物部 遠藤卓郎)

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