感染症の話トップページへ戻る

 感染症の話 2000 年第1週(1月3日〜1月9日)掲載

◆コレラ

 コレラは代表的な経口感染症の1 つで、コレラ菌(Vibrio cholerae O1 およびO139 のうちコレラ毒素産生性の菌)で汚染された水や食物を摂取することによって感染する。経口摂取後、胃の酸性環境で死滅しなかった菌が、小腸下部に達し、定着・増殖し、感染局所で菌が産生したコレラ毒素が細胞内に侵入して病態を引き起こす。

疫 学
 現在までにコレラの世界的流行は7 回にわたって記録されている。1817年に始まった第1 次世界流行以来、1899 年からの第6次世界大流行までは、すべてインドのベンガル地方から世界中に広がり、原因菌はO1 血清型の古典コレラ菌であったと考えられる。しかし、1961年にインドネシアのセレベス島(現スラワシ島)に端を発した第7 次世界大流行は、O1血清型のエルトールコレラ菌である。この流行が現在も世界中に広がっていて、終息する気配が無い。WHOに報告されている世界の患者総数は、ここ数年20 〜30万人であるが、実数はこれを上回っていると推察できる。

 一方、O139コレラ菌によるコレラは、新興感染症の1 つで、1992年インド南部のマドラス(現チェンナイ)で発生し、またたく間にインド亜大陸に広がった。現在もインドおよびバングラデシュにおいてO1 エルトールコレラ菌と交互に、あるいは同時に流行を繰り返している。インド亜大陸の近隣諸国においてもO139 コレラの散発発生報告はあるが、流行はまだ報告されていない。
 わが国におけるコレラは、最近はほとんどが輸入感染症として発見される。すなわち熱帯・亜熱帯のコレラ流行地域への旅行者の現地での感染例である。国内での感染例の報告もあるが、輸入魚介類などの汚染が原因であろうと推定されていて、二次感染例と思われる例はほとんど無い。流行もここ数年は報告されていない。輸入感染症例としては、O1 エルトールコレラ菌による症例がほとんどであるが、O139 コレラ菌によるコレラも稀に発見されている。

病原体
 コレラ菌の学名はVibrio cholerae である。分類学的にV.cholerae は菌体表面のO 抗原(リポ多糖体)の違いによって、現在205 種類(11種類は未発表)に分類されている。このうち、コレラを起こすのはO1 およびO139 血清型のみである。コレラの典型的な臨床症状を起こすのはコレラ毒素であることがわかっているので、厳密にいうと、コレラの原因菌はコレラ毒素を産生するV.cholerae O1 およびO139 である。

臨床症状
 通常1 日以内の潜伏期の後、下痢を主症状として発症する。一般に軽症の場合には軟便の場合が多く、下痢が起こっても回数が1日数回程度で、下痢便の量も1日1リットル以下である。しかし重症の場合には、腹部の不快感と不安感に続いて、突然下痢と嘔吐が始まり、ショックに陥る。下痢便の性状は“米のとぎ汁様(rice water stool)”と形容され、白色ないし灰白色の水様便(写真1)で、多少の粘液が混じり、特有の甘くて生臭い臭いがある。下痢便の量は1日10リットルないし数十リットルに及ぶことがあり、病期中の下痢便の総量が体重の2 倍になることも
珍しくない。
 大量の下痢便の排泄に伴い高度の脱水状態となり、収縮期血圧の下降、皮膚の乾燥と弾力の消失、意識消失、嗄声あるいは失声、乏尿または無尿などの症状が現れる。低カリウム血症による痙攣が認められることもある(写真2)。この時期の特徴として、眼が落ち込み頬がくぼむいわゆる“コレラ顔貌”を呈し、指先の皮膚にしわが寄る“洗濯婦の手(washwoman's hand)”、腹壁の皮膚をつまみ上げると元にもどらない“スキン・テンティング(skin tenting)”(写真3A)などが認められる。通常発熱と腹痛は伴わない。

写真1 .典型的な米のとぎ汁様の下痢便

写真2 .重症コレラ患者の痙攣

各画像をクリックすると拡大図が見られます。

病原診断
 患者便からコレラ毒素を産生するO1 またはO139 血清型のコレラ菌を検出することによって診断する。検査材料としては新鮮な下痢便を用いる。コレラ毒素を検出する方法としては、逆受身ラテックス凝集反応(RPLA)やELISA法などの免疫学的な方法と、コレラ毒素遺伝子を検出するDNA プローブ法やPCR法が用いられる。


治療と予防
 治療は大量に喪失した水分と電解質の補給が中心で、GES (glucose‐electrolytes‐ solution)の経口投与や静脈内点滴注入を行う。WHOは塩化ナトリウム3.5g 、塩化カリウム1.5g 、グルコース20g 、重炭酸ナトリウム2.5 g を1 リットルの水に溶かした経口輸液(Oral Rehydration Solution, ORS)の投与を推奨している。ORS の投与は特に開発途上国の現場では、滅菌不要、大量に運搬可能、安価などの利点が多く、しかも治療効果も良く極めて有効な治療法である。写真3 はORSによって重症コレラ患者が短期間に回復することを示した写真で、入院した乳児が2日後には元気に退院していることが示されている。
 重症患者の場合には抗生物質の使用が推奨されている。その利点として、下痢の期間の短縮や菌の排泄期間が短くなることがあげられる。第一選択薬としては、ニューキノロン系薬剤、テトラサイクリンやドキシサイクリンがある。もし菌がこれらの薬剤に耐性の場合には、エリスロマイシン、トリメトプリム・スルファメトキサゾール合剤やノルフロキサシンなどが有効である。
 予防としては、流行地で生水、生食品を喫食しないことが肝要である。経口ワクチンの開発が試みられているが、現在のところ実用化されていない。

写真3 .ORS の治療効果(バングラデシュ国際下痢疾患研究所 提供)

A.月曜日に高度の脱水症状を呈して入院(眼窩がくぼみ、スキン・テンティングが著明)

B.ORS を投与中

C.母親が抱いて退院(臨床症状は軽快しているが、患者はコレラ菌を1 〜2 週間は排菌する)

感染症新法の中でのコレラの取扱い
 コレラは感染症新法第2類感染症に属しており、コレラ、もしくは病原体保有者であると診断した医師は、直ちに最寄りの保健所長を経由して都道府県知事に届け出なくてはいけない。患者は第二種感染症指定医療機関に原則として入院となるが、無症状者は入院の対象とはならない。報告のための基準は、以下の通りとなっている。
 ○診断した医師の判断により、症状や所見から当該疾患が疑われ、かつ、以下のいずれかの方法によって病原体診断がなされたもの
 (材料)便など
 ・病原体の検出
  V.cholerae O1またはO139 を分離・同定し、かつ、コレラ毒素産生性あるいはコレラ毒素遺伝子の保有が確認された場合
 ○疑似症の診断
  臨床所見、コレラ流行地への渡航歴、集団発生の状況などにより判断する
 (鑑別診断)食中毒、その他の感染性腸炎等
 《備考》
 ・法による入院の勧告は、無症状のものは対象とならない。


学校保健法の中でのコレラの取扱い
 コレラは学校において予防すべき伝染病第1種に定められており、治癒するまで出席停止となる。


 (国立感染症研究所 所長 竹田美文)

   IDWRトップページへ戻る

ページの上へ