(掲載日 2010/8/31)
<速報>麻しんと診断された伝染性紅斑の家族例

麻しんと誤って診断された伝染性紅斑(パルボウイルスB19感染症)の家族例を報告する。保健所の対応と国立感染症研究所(感染研)の助力のもと麻しんを否定し伝染性紅斑を診断するまでの過程を詳述する。

症例:
 9歳女児(A):1歳時に麻しん予防接種済。2期は未接種。
 7歳男児(B):1歳時に麻しんと2期MR接種済。
 31歳女性(C):A、Bの母。1978(昭和53)年生まれ。麻しん予防接種歴、罹患歴とも不明。

Aの病歴:2010年7月6日発熱。翌日に解熱し、登校。12日朝より全身に発疹出現したが登校。すぐ下校しX医院を受診、麻しんを疑われ、検査を受けた。咳、鼻汁などはなかった。14日「麻しんIgM 1.56、陽性」の結果によりX医師は麻しんと診断、熊本市保健所に麻しん発生届を提出した。

学校から連絡をうけた学校医の私はX医師に「麻しんRT-PCR検査を市保健所に相談すれば地方衛生研究所で実施可能」なことを伝え、検査を勧めた。

夕方、保健所、市教育委員会を交えた学校麻しん対策会議が開催され(私は欠席、別の校医が出席)、Aを「修飾麻しん」として取り扱うことを決めた。

15日朝、私は熊本市保健所へ麻しん診断確認のためRT-PCR法の実施を要望したが、担当者は「RT-PCR法が陰性でも麻しんを否定できない」ことを理由に「RT-PCR検査はしない」と回答した。また、私は「麻しん患者発生を公表、もしくは市医師会宛に伝えてほしい」と要望したが、担当者は「対応を考える」と回答した後、公表、連絡はしなかった。

同じ頃、はしかゼロMLより、感染研にてRT-PCR検査が可能との一報を受けた。

午後、Bの頬部に発疹出現し、X医院を受診した。X医師は市保健所へ連絡、咽頭ぬぐい液のRT-PCR検査を実施した(同伴のAも検査され、結果はA、Bともに陰性)。16日午後、学校からの勧めによりAの家族3人が当院を受診した。

家族内発端者・Cの病歴:7月4日発熱。7日、X医院受診、WBC 2,880, Hb 13.0, plts 8.4万。8日夜、発疹出現。9日、同医再診、麻しんHI抗体価8未満。11日、強い関節痛あり。

16日の現症、検査結果表1):
A皮膚:上腕(写真1)、大腿(写真2)に発疹。
B皮膚:頬部(写真3)、上腕(写真4)、大腿(写真5)に発疹。
C皮膚:発疹なし。

22日、感染研などでの検査結果により麻しんを否定したことをCに説明、Cの承諾のもとX医師へも伝えた。この時「麻しん発生届の取り下げ」を依頼したところ、快諾された。

23日、学校は市教育委へ麻しん発生届取り下げを確認し、全校保護者あてに「麻しんではなかった」ことをメール連絡、学校麻しん対策は終了した。

熊本市保健所からは「麻しん患者発生は発生届の取り下げにより訂正されたこと」について、医療機関や市医師会への連絡はなかった。

考 察:麻しんと診断された伝染性紅斑症例を経験した。典型的な症状とパルボB19 IgM抗体陽性により伝染性紅斑と診断した。

1)「麻しんIgM抗体陽性」は必ずしも麻しんの診断根拠にならない。
Aの2回の麻しんIgG抗体価に変動はなかった。さらに、発疹期におけるAとB、回復期のCの咽頭ぬぐい液、尿、血漿の全検体について、麻しんRT-PCR検査は陰性であった。これらより麻しんは否定された。

中村は麻しんと誤診された例を呈示し、麻しんIgM陽性をもって麻しんの確定診断されるわけではないとした(IASR 31: 44-45, 2010)。同様に、富樫は麻しんIgM陽性のみを根拠として診断されている場合にはその診断を疑ってみる必要があるとし、さらに、麻疹の臨床診断をした場合、感染経路が不明であれば、鼻咽腔ぬぐい液、血液、尿などの材料を採取して地方衛生研究所に提出し確定診断することを推奨した(IASR 31: 43-44, 2010)。

一方、発疹期にRTーPCR法を保健所が実施しようとしなかったことはどうだろうか。麻しん対策の初動は「麻しんが発生したらすぐ対応」であるが、正確な診断が前提であることに異論はない。保健所がRT-PCR法などを実施し、診断が正確かどうかの確認をしなかったのは問題である。実際、麻しん対策会議によりAは麻しんと扱われ、出席停止や外出の自粛など生活に不自由をかけさせていた。

この時、熊本市保健所は「RT-PCR法が陰性でも麻しんを否定できない」としたが、本当だろうか。赤池らは、麻しん診断時の尿のRT-PCR検査を実施した結果より、約1カ月の長期にわたり尿中にウイルス遺伝子が存在する可能性を示唆した(IASR 30: 107-108, 2009)。

今回、保健所で検査実施の方針が決定されず、感染研の協力と自院費用負担でのパルボB19 IgM検査により診断を行い、発生届から9日目にそれを取り下げ、学校麻しん対策を終了できた。患者家族、学校関係者はとても安堵された。しかしながら、このような公衆衛生的業務は一医院ではなく、本来保健所がすべき業務である。

2)麻しん患者発生情報の伝達について
麻しん患者発生の一報を広報するよう要望したが、熊本市保健所は「個人の人権を尊重する立場から、散発例なので公表しない」とした。このことは妥当なことか。麻しん対策として散発例では公表しないことは、二次感染者発生を待つことである。麻しんは感染力が強く、待合室での感染拡大は0〜1歳の受診者が多い小児科医院が最も警戒している。個人の人権には十分配慮しながらも、麻しん拡大防止という公共の福祉のために情報を伝えるのが正しいと考える。さらに、患者家族にとって診断に正確を期することこそが、その人権に重要なことだと思う。

以上、麻しんと誤って診断された伝染性紅斑の家族例を報告した。麻しんIgM検査陽性のみを根拠とする麻しんの診断は不確実であり、その診断にRT-PCR法の積極的活用を勧めたい。

謝 辞:麻しんRTーPCR検査に助力いただいた国立感染症研究所ウイルス第三部駒瀬勝啓先生、感染症情報センター多屋馨子先生に深謝します。

みうら小児科 三浦裕一


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