(掲載日 2009/12/2)
<速報> 新型インフルエンザ感染が証明された劇症型溶血性レンサ球菌感染症の1例―堺市

はじめに:2009年5月に初めて国内で新型インフルエンザの患者の報告があり、それ以後流行は治まることなく全国で今なお流行がまん延している。また、肺炎や脳症による重症例や死亡例の報告もされている。当市においても7月より本格的な流行が始まり、現在(第42週)、定点当たり31.3と警報レベルの流行状況にある。

今回、我々は新型インフルエンザ感染が証明された、劇症型溶血性レンサ球菌感染症を経験したので報告する。

症例:42歳 女性
基礎疾患:高血圧症があるが、程度および治療歴は不明である。
家族歴:長男の学校で新型インフルエンザが流行しており、長男も9月28日から37℃台の微熱が出現していたが、インフルエンザ迅速検査はA、Bともに陰性であった。
海外渡航歴:6月にハワイへ旅行に行っている。

現病歴:9月29日(第1病日)より鼻汁、咽頭痛、咳、倦怠感が出現し、その夜に発熱が認められた。9月30日(第2病日)の朝に38℃台の発熱、右腰痛が出現したため、近医を受診した。その際、インフルエンザ迅速検査を実施されたが結果はA、Bともに陰性であった。また、この時、解熱鎮痛薬を処方されたが、オセルタミビルおよび抗菌薬の処方はされなかった。10月1日(第3病日)は37℃台の微熱であったが、右腰痛が持続していたため、10月2日(第4病日)近医を再受診した。帰宅後、夕方に3回嘔吐、右腰痛だけでなく全身に痛みが広がり、高熱が続くため、その夜、市内の病院に救急受診し、緊急入院となった。入院時、意識は清明であったが、全身倦怠感は強く、肝脾腫が認められた。また、腰から下部に筋肉痛が認められ、特に大殿筋周辺から大腿部、下腿部の筋肉痛が強かった。

入院時検査所見
1)血液検査(表1
2)尿検査(表2
3)インフルエンザ迅速検査はA、Bとも陰性
4)胸部X線検査:肺炎等の異常を認めず

入院後経過:入院時、腎盂腎炎、肝炎を疑い治療を開始。10月3日(第5病日)に関節痛および下肢痛はさらに増強、上肢にも筋肉痛や把握痛も認められるようになった。また、痛みに伴い冷汗、唸り声をあげる状態が続いていた。疼痛に対してNSAID系薬剤やペンタゾシンを使用するも効果はなかった。10月3日に血液培養検査を実施、また、インフルエンザ迅速検査はA、Bともに陰性であったが、当市の衛生研究所にリアルタイムRT-PCR検査のため鼻咽頭ぬぐい液検体を提出した。一方、新型インフルエンザの感染も完全に否定できないことから、午後よりオセルタミビルの投与を開始した。また血小板減少、凝固・線溶系検査の異常も認められていたため、DIC(播種性血管内凝固症候群)の治療および筋炎に対してステロイド、抗菌薬投与を開始した。疼痛に関しては塩酸モルヒネに変更したが疼痛の改善は乏しかった。15時頃より大腿、下腿に網状の皮疹が出現、17時頃には腹部にも皮疹が認められた。その後次第に無尿となり、腎不全となったため人工透析を開始した。しかし、その後ショック状態に陥り血圧低下、意識レベルの低下(Japan Coma Scale:10)、呼吸状態も悪化したため、人工呼吸器による呼吸管理が開始された。10月4日(第6病日)に、再度インフルエンザ迅速検査を実施するもA、Bとも陰性、血液検査ではCPK:154,860 IU/lと筋肉系酵素は高値となり、横紋筋融解の進行があった。患者はその後治療に反応することなく、敗血症による多臓器不全にて死亡された。

入院時に採取した血液培養からA群溶連菌が検出された。また、10月3日に採取した鼻咽頭ぬぐい液のRT-PCR検査よりAH1pdm HA遺伝子が検出され、新型インフルエンザA/H1N1感染が判明した。

考察:今回の症例は、新型インフルエンザと劇症型溶血性レンサ球菌感染症が合併したものであるが、直接の死因は劇症型溶血性レンサ球菌感染症による多臓器不全と考えられる。しかしながら、新型インフルエンザウイルスが、どのような経緯で感染し、末期に到るまで宿主にどのような影響を及ぼしたかは不明である。

症例は、計3回のインフルエンザ迅速検査が実施され、A型、B型いずれも陰性であった。死亡直前に実施されたリアルタイムRT-PCR検査で新型インフルエンザウイルス遺伝子が証明されたが、PCR反応の立ち上がりは遅く、ウイルス量が少ないことが示唆された。また、この検体を用いてウイルス分離を3代培養まで試みたがCPEは現れなかった。従ってこの症例が、インフルエンザウイルスに感染し体内でウイルスが増殖していたのかどうかは不明と言わざるを得ない。しかし、このように重症患者の中には、インフルエンザウイルスに罹患しているにもかかわらずウイルスの増殖が遅く(乏しく)、インフルエンザ症状の乏しい症例が紛れている可能性はあり得ると思われる。このような症例定義については今後の位置づけの論議が必要であろう。また、たとえインフルエンザウイルスが感染していたとしても、それが症状の進行、重症度にどのような影響を与えているのか、重症患者でのインフルエンザウイルス検査の需要は増加するかもしれないが、真の病状解明には、このような症例の蓄積と詳細な解析が今後必要と考える。

堺市保健所医療対策課 藤井史敏 前野敏也
堺市立病院 藤本卓司
堺市衛生研究所 内野清子 三好龍也 高橋幸三 松尾光子 吉田永祥 田中智之


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