<速報>インフルエンザA/H1N1オセルタミビル耐性株H275Y(*)の国内発生状況 [第1報]

はじめに
わが国では2001年にインフルエンザ治療薬としてノイラミニダーゼ阻害薬(NAI)のザナミビルおよびオセルタミビルが販売認可を受けて以来、オセルタミビルの臨床での使用量は全世界の生産量の70%以上を占め、世界第一位の使用量となっている。NAI使用量の増加に伴い耐性株の出現が懸念される中、わが国ではWHOノイラミニダーゼ阻害薬耐性株サーベイランスネットワークと協力して2003/04インフルエンザシーズンからNAI耐性株サーベイランスを行ってきた1,2)。この結果、2003/04〜2006/07インフルエンザシーズンまでの国内(および海外)のNAI耐性株の発生頻度は1%以下であり、NAIによる耐性株の出現頻度は、別の作用機序をもつ抗インフルエンザ薬のアマンタジン(A/H1N1 = 約64%、A/H3N2 = 約90%)3)に比べて、かなり低頻度であると考えられてきた(表1)。ところが、2007年11月以降から、A/H1N1ウイルスNA蛋白質にH275Y耐性マーカー(*)を持つオセルタミビル耐性株が、ノルウエーの67%を筆頭にEU諸国全体でも20%以上の頻度で検出されるようになった4,5)。これらの耐性株はオセルタミビルを服用していない患者から分離されており、自然発生的な耐性変異株と考えられる。これまで、オセルタミビル耐性株はヒトからヒトへの感染効率が低いといわれてきたが、現在EU諸国で流行している耐性株は通常の市中流行株と同様の感染効率を持つことが分かっている。複数の国にまたがって、これほど高頻度にオセルタミビル耐性株が分離された例はこれまでになく、オセルタミビル耐性株の世界的な拡大が懸念されている。このため、WHOグローバルインフルエンザサーベイランスネットワークでは、全世界的なNAI耐性株サーベイランスを強化し、各国における耐性株出現頻度と耐性株の性状について週単位で報告するように要請している4)。わが国は、世界一のオセルタミビル使用国であることから、世界中がわが国の耐性株の発生動向について注目している。また国内の耐性株発生状況によっては、オセルタミビルを処方する治療方針の見直しなどの検討も必要となることから、迅速なNAI耐性株サーベイランスが急務であった。このような背景から、国立感染症研究所(感染研)では全国76の地方衛生研究所(地研)に呼びかけ、2008年以降に検体採取されたA/H1N1インフルエンザウイルス分離株を中心に、H275Y耐性マーカーをもつオセルタミビル耐性株の緊急サーベイランスを実施した。本稿は2008年4月1日までに感染研が地研から受領したデータおよびウイルス株の解析結果を集計した中間報告である。

(*)WHOの速報や各種論文ではH274Yの表記をしているが、これは、H3N2をもとにした表記法(N2 numbering)であり、N1遺伝子の場合は、耐性マーカーのアミノ酸番号はメチオニンから数えて275番目となる。よって、本文では耐性マーカーのアミノ酸番号をH275Yで統一する。

方 法
ウイルス:地研で分離されたA/H1N1インフルエンザウイルスのうち、2008年以降に検体採取された分離株を中心に計1,360株(2008年4月1日受領分まで)の解析を行った(表2)。

NA遺伝子解析:NAシークエンスが可能な地研(表2:*印)ではNA遺伝子の部分的なシークエンスを行い、各機関にてH275Yマーカーの同定を行った。NAシークエンスが不可能な地研では、分離株の半数を感染研に送付し、送付された分離株についてChutinimitkulらのReal-Time PCRの変法によりH275Yマーカーのスクリーニングを行った6)。スクリーニングで陽性となった分離株、地研で同定された耐性株を優先してNA遺伝子の全長解析を行った。

NAI薬剤感受性試験:耐性株と同定された分離株については、オセルタミビルまたはザナミビル存在下でNA-star kit (Applied Biosystem社)を用いて分離株のNA酵素活性の測定を行った。

結 果
発生頻度:今回の耐性株緊急サーベイランスに協力いただいた地研から寄せられた耐性株検出状況を表2に示した。H1N1分離株のNA遺伝子塩基配列の決定およびNAI薬剤感受性試験により、総解析数1,360株中22株の耐性株が同定され、国内の耐性株の発生頻度は1.6%であった。発生頻度を年別に見ると、2007年は277株中1株(0.4%)、2008年は1,083株中21株(1.9%)で、2008年に入ってからの頻度が高い。しかし、これらの発生頻度は欧米や香港などの諸外国に比べて著しく低く、これまでの国内での頻度と比べても特別に高いとはいえなかった(表1参照)。一方、地域別では、本州を中心に全国的に耐性株が散見され、横浜市、鳥取県、栃木県、岐阜市で複数の耐性株が同定された(表2)。

系統樹解析:現在流行中の、A/H1N1インフルエンザウイルスのNA遺伝子は系統樹上で2B(アミノ酸マーカー:G249R/K、T287I、G354D)および2C(アミノ酸マーカー:S82P、M188I、D344N、L367I、V393I、T453I)の2つのサブクレードに分かれる。2007/08シーズンの国内分離株は両サブクレードに属したが、海外での流行株のほとんどは次季ワクチン株A/Brisbane/59/2007を含むサブクレード2Bに入り、流行の主流はサブクレード2Bへと移行してきている。

オセルタミビル耐性マーカーH275Yをもつ国内外の耐性株のほとんどは、サブクレード2Bに属していた(図1)。さらに、2B内では、D354Gのアミノ酸マーカーを持つ北欧系統の耐性株と、このマーカーを持たないハワイ系統の耐性株の2つに大別された。ハワイ系統の耐性株は、北欧系統の耐性株が出現し始めたのと同時期(2007年10月頃)にハワイで分離された耐性株であるが、北欧系耐性株に比べてその分離株数は少ない。国内で分離された22株の耐性株のうち、21株は2Bに属し、そのうちの18株はハワイ系統で、A/横浜/77/2008に代表される3株は北欧系統であった。一方、2007年11月に横浜で分離されたA/横浜/91/2007株はサブクレード2Cに入り、現時点でこのサブクレードに入る耐性株は、これが唯一であった。

抗原解析:15株の耐性株について、新旧ワクチン株およびその類似株に対するフェレット参照抗血清を用いたHI試験による抗原解析を実施した。その結果、A/横浜/79/2008、A/島根/59/2008、A/鳥取/23/2008、A/鳥取/29/2008およびA/栃木/39/2008の5株の耐性株は今期のワクチン株A/Solomon Islands/3/2006抗血清(ホモ価640)に対して40〜80のHI価を示し、抗原性に大きな違いが見られた。一方、今シーズンの主流株で次季ワクチン株A/Brisbane/59/2007抗血清(ホモ価640)に対しては、解析したすべての株で160〜640 のHI価を示し、国内で分離された耐性株は次季ワクチン株と抗原性が類似していた(表3)。

NAI薬剤感受性試験:今シーズンに分離された薬剤感受性株118株(表2:青字)に対するNAI薬剤感受性試験の結果、薬剤感受性株のオセルタミビルに対する50%NA活性阻害濃度(IC50)の平均値は0.1nMであった。一方、H275Yの耐性マーカーを持つ耐性株のオセルタミビルに対するIC50値は、33.0nM以上を示し、薬剤感受性株のIC50平均値に比べて300倍以上の高値であった(表4)。一方、これらの耐性株はザナミビルに対しては感受性であった(表4)。

耐性株発生の疫学的背景:国内耐性株の22株中2株(A/横浜/91/2007、A/栃木/8/2008)はオセルタミビル服用5日後に検体採取されているため、薬剤による選択圧によって出現した可能性も否定できない。一方、A/横浜/22/2008、A/横浜/30/2008、A/横浜/31/2008、A/横浜/34/2008およびA/横浜/35/2008の5株はハワイ系統の耐性株で集団発生の小学校と定点医療機関から同時期に検体採取された。この定点医療機関と小学校は距離200mの近隣に位置するため耐性株の局在的な流行が発生したと考えられる。A/鳥取/21/2008、A/鳥取/23/2008、A/鳥取/28/2008、A/鳥取/29/2008の4株もハワイ系統の耐性株で、オセルタミビル服用履歴は不明であるが、同一定点医療機関で採取された検体から分離された。A/横浜/77/2008、 A/横浜/78/2008およびA/横浜/79/2008の3株は北欧系統の耐性株で家族内発生からの分離株であった。その他の耐性株はほとんどが散発的な発生であった。

考 察
A/H1N1耐性株出現の発端となった北欧での耐性株の発生頻度(20%以上)に比べ、わが国の耐性株の発生頻度(1.6%)はかなり低く、2005/06インフルエンザシーズンに見られたA/H1N1の耐性株発生頻度(2.2%)よりも低い。このことは、世界最大のオセルタミビル使用国であるにもかからず、わが国でのオセルタミビル耐性株の発生状況は今のところ通常の状態を維持しており、欧州のような深刻な状況にはなっていない。一方、疫学的背景から分かるように、横浜や鳥取で見られた事例は、家族内または地域的に局在した流行から分離されていることから、耐性株はヒトからヒトに効率よく伝播することを示唆しており、今後の流行の拡大には十分な注意が必要である。

今回、分離されたほとんどの国内耐性株は、次シーズンのワクチン株であるA/Brisbane/59/2007に遺伝的にも抗原的にも近似しているため、これらの耐性株に対しては次シーズンのワクチンの効果が期待できる。また、H275Yの耐性マーカーをもつオセルタミビル耐性株はザナミビルに対しては感受性であることから、ザナミビルによる治療は有効である。

一方、横浜で分離された3株は、北欧系に分類された耐性株であり、国内で散発的に分離された耐性株とは明らかに異なっていた。これらが北欧から近隣諸国を経由または直接的に国内へ移入されたものかどうか、由来が気になるところである。HA、NA遺伝子のみならず、ウイルス内部蛋白をコードしている遺伝子分節の塩基配列を解析し、北欧系耐性株との比較によりその由来の解明は可能である。今後はこの点についても解析を進め、北欧系の耐性株が国内でも増えてくるのか発生動向を注視したい。

北半球ではインフルエンザの流行が終息に向かってきているが、南半球のインフルエンザシーズンはこれから本格的に始まろうとしている。北半球の各国で急激に増えたオセルタミビル耐性株が南半球でどのように拡大し増えていくのか監視するために、今後も全世界的なNAIサーベイランスの継続と強化が必要である。また、わが国の最近のインフルエンザの流行パターンは、細々ではあるが夏場も完全に終息することなく続き、冬場の本格的なシーズンへと繋がっている7-9)。このため、わが国でも次シーズンに耐性株が本格的に流行し出すのか、夏場も含めた通年での耐性株サーベイランスが必要である。このため、来シーズンも地研の理解と協力をお願いしたい。

引用
1) Monto et al ., Antimicrobial Agents and Chemotherapy: 2395-2402, 2006
2) Wkly Epidemiol Rec: 149, 2007
3) Saito R et al ., J Infect Dis: 630-632, 2008
4) http://www.who.int/csr/disease/influenza/h1n1_table/en/index.html (各国の耐性 株出現頻度速報)
5) http://www.who.int/csr/disease/influenza/oseltamivir_faqs/en/index.html (H275Y耐性株に関するFAQ)
6) Chutinimitkul et al ., J Virol Methods: 44-49, 2007
7) IASR: 305-307, 2006 (2005/06シーズンの札幌市におけるインフルエンザの流行状況について)
8) IASR: 324-324, 2007 (2007/08シーズン初のインフルエンザウイルスAH3亜型分離-愛知県)
9) IASR: 322-323, 2007 (2006/07シーズン夏季のインフルエンザ流行-沖縄県)

国立感染症研究所ウイルス第3部第1室インフルエンザ薬剤耐性株サーベイランスチーム
製品評価技術基盤機構バイオテクノロジー本部ゲノム解析部門・インフルエンザウイルス遺伝子解析チーム
全国地方衛生研究所


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