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Vol.17 (1996/10[200])

<国内情報>
サイクロスポーラ症の本邦第1例


 サイクロスポーラ症は,腸管寄生原虫による下痢症の一つであることが1993年に判明した新しい感染症である。旅行者下痢症,AIDSの日和見感染症の一つとして注目されている。

 わが国では1996年3月に初めての症例がみつかった。患者は東京在住の日本人男子学生(22歳)で,1996年2月〜3月にかけてタイとカンボジアを16日間観光旅行し,帰国直前から水様下痢(10回/日)を発症し,1週間を経過しても下痢が治まらないため都立駒込病院感染症科を受診した。来院時には下痢と臍下部に軽い圧痛を認める以外に特記すべきことはなく,ニューキノロン剤スパラを処方し経過観察となった。来院時の下痢便は寄生虫検査と細菌検査がなされ,一部は原虫類精査のため大阪市立大学医動物学教室に送付された。培養検査で病原細菌は検出されず,糞便の蔗糖遠心沈澱浮遊法でサイクロスポーラのオーシストが検出された。来院4日後に患者から電話連絡があり,「来院の翌日には一旦有形便になったが,その後は食べ過ぎると下痢気味になる」とのことであったが,再来院はしなかった(井関ら,第7回臨床寄生虫学会,1996年6月)。

 病原体Cyclospora sp.はクリプトスポリジウムやイソスポーラと同じ胞子虫綱のコクシジウムcoccidium類に属する原虫であり,腸管粘膜上皮細胞の中で無性生殖と有性生殖で増殖して患者の下痢便に未成熟オーシストが多数排出される。オーシストは直径8〜10μmの球形で表明は平滑,無色,内部は直径約1μmの顆粒の集塊からなる。オーシスト壁は自家蛍光を有するので,生鮮またはフォルマリン固定した標本を蛍光顕微鏡のU励起で観察すると,オーシストの輪郭がはっきりと青白く輝いてみえる。未熟オーシストは27℃で発育し,1週間ほどで成熟する。成熟オーシストの内部には楕円形または紡錘形のスポロシストが2個形成され,それぞれの中にバナナ状のスポロゾイトが2個包蔵される。1980年代の後半から,途上国を訪れた旅行者などの下痢便中にこの生物体が検出されていたが,その分類学的位置は不明で,クリプトスポリジウムの大型種,コクシジウムの一種,藍藻類の一種などと様々な説が出され,CLB(cyanobacterium-like body, coccidian-like body)と呼ばれていた。

 感染は成熟オーシストの経口摂取で起こり,汚染された飲料水や,それで洗った生野菜,果物などが感染源になる。これまでアジア,アフリカ,中南米などから報告され,米国では汚染された水道水による集団発生例も報告されている。

 症状は頑固な水様下痢で,クリプトスポリジウム症に似ており,健常人では1〜2週間で自然治癒するがAIDSなどの免疫不全患者では慢性化する。診断は糞便からオーシストを検出すればよい。クリプトスポリジウム症の場合と同様,蔗糖遠心沈澱浮遊法を行ない,疑わしいものが検出された場合は,蛍光顕微鏡観察で自然蛍光の有無と,培養で内部の発育状態を確認するのがよい。有効な治癒薬はまだ不明である。

 わが国では寄生虫症,特に原虫症の検査・診断がおろそかにされている。免疫不全患者に下痢の発症をみたときや,健常人でも頑固な下痢がある場合には本症も念頭において的確な検査を実施しなければならない。



大阪市立大学医学部 井関基弘





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