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Vol.17 (1996/6[196])

<外国情報>
牛海綿状脳症と変異種クロイツフェルト・ヤコブ病


 1996年4月2,3日ジュネーブWHO本部で牛海綿状脳症(Bovine Spongiform Encephalopathy:BSE)とクロイツフェルト・ヤコブ病(Creutz-feldt-Jakob Disease:CJD)の変異種(variant-CJD:V-CJD)に関する専門家会議が急遽開催された。それに先立つ3月20日,英国政府は公式にBSEがヒトに感染し,V-CJDが発生した可能性があるという報告をし,マスコミ報道はまさにパニックに陥った。WHOはそれに対するすみやかな対応をしたということである。また,ヒトに関する論文が4月6日Lancetに掲載1)されることになっていたこともある。BSEもCJDもいわゆるプリオン病(伝達性海綿状脳症Transmissible Spongi-form Encephalopathy:TSE)の類である。

 プリオン病として,ヒトにみられるものにCJD(1920年以来知られる。散発性,まれに医原性),Gerstmann-Stra¨ussler-Schenker(GSS)症候群(遺伝性),Kuru(クールー,パプアニューギニアのフォア族に集団発生した。1957年に発見された)がある23)。

 動物では,羊のスクレイピーが最も古くから(1732年英国)知られている。英国では1950年頃までに広汎に汚染が拡大し,その羊が世界中に輸出されスクレイピーが拡がったとみられている。それにミンクのTSEと,BSEとが加わる。

 いずれも感染後長期間の潜伏期間の後発症し,症状は神経系に限局し,進行性に憎悪し死亡する。スクレイピーでは無症候性のものもある。

 BSEとは:BSEとは牛のTSEである。1986年11月に初めて英国で存在が明らかにされた。45)。神経症状はいったん発症すると進行性で,数週間続き死の転帰をとる。BSEの牛への伝播は,汚染された動物の肉骨粉(meat and bone meal)を濃厚飼料として与えてきたことによる。なぜ英国でのみ広汎に発生したか? 英国では1988年7月に反芻動物(牛,羊,ヤギ)の個体を飼料として英国内で再利用してきたことによる。しかし,英国産の肉骨粉をEU諸国内へ輸出するのを禁じたのは1991年になってからである。英国では1996年3月までに16万頭以上のBSEの発生(ただし公式報告にかぎる)が知られている。EU,スイス等の英国以外の国々では,英国産飼料を与えられた牛,英国から輸入された牛の中にBSEが数頭〜200頭/各国で発症している。英国農務省の発表では感染牛は減少しているとしている(1995年11月)が,実態は不明である。今後5年以内に,すべての2歳以上の牛(5〜600万頭)を屠殺焼却処分することが英国とEUの委員会で決定されている。EU諸国からad hocに発表された数字以外は,他の諸国での汚染度はまったく不明である。少なくとも,英国の牛の肉骨粉を輸入し,飼料として用いていた国では至急に疫学調査を実施する必要がある。1991年11月には,牛特定臓器(脳,脊髄,胸腺,扁桃,脾臓,腸等)を飼料の原料として用いることが厳重に禁止された。

 BSEの他動物種への伝達性6):報告によれば牛の主たる感染臓器は,脳,脊髄,網膜等である。これらの非経口的,経口的接種により,マウス,羊,ヤギ,ミンク,牛に,非経口的にはブタ,マーモセットに感染が成立している。今迄のところ,鳥類には感染が不成立である。またミルク,脾臓,腎臓,リンパ節,胎盤,筋肉等では感染が成立しないようである。ただし,わが国で妊娠中に発症したCJDの患者の母乳からは,マウスに感染が成立し7),BSEのミルクの感染性についても注目が集まっている。また垂直,水平伝播はないとされている。しかし羊スクレイピーの材料をマウスに接種し,マウスで継代すると,脳等の神経系以外にも,主としてシナプスや樹状突起細胞に大量にプリオン蛋白が蓄積されるようになることから,何代かBSEが継代された牛の材料での伝播実験を行わなければ,現在陰性とされる臓器材料の真の感染性は不明である。ペットフードからの類似の感染が大量にネコに発生している。その他ピューマ,シカ等にも伝播する。

 V-CJDとCJD1):英国では,1990年以来CJDサーベイランスを実施し,1994年〜1996年1月にかけて10例のV-CJDを発見した。この間のいわゆる旧来のCJDは207例である。その後,英国で1例,フランスで1例出現し,12例となっている。発症年齢は19〜40歳(平均29歳)(CJD:65歳)で若年性である。スコットランド2名,北アイルランド1名,他はイングランド,ウエールズに分布し,特にBSE濃厚汚染地区(イングランド西南)とは関係ない。

 臨床的には,不安感,うつ症状等の精神症状が先行し,人格変化,記憶障害,運動失調が続き,進行性痴呆に移行する。CJDにみられるPSDのような脳波所見はない。臨床経過が7.5〜24カ月と,CJDの4カ月(2〜6カ月)に比べ長い。

 神経病理学的には死亡8例をみると,大脳基底核,視床部に変化が著明である。@海綿状変化が大脳皮質に広範,かつ散在性に分布し,A神経細胞が消失し,B星状膠細胞増多症がみられる。PrPプラック(クル斑)が著明で,異常プリオンが大量に沈着している。

 死亡8例のプリオン蛋白の遺伝子型についてはGSSのような変異はみられてはいない。

 またリスク要因については医原性,その他経歴等で1例屠殺場での労働経験があるのみである。

 論文とWHOの専門家会議のBSEのヒトへの伝播の可能性の結論は,@BSE伝播の直接証拠は多い,A状況から疑われる,Bさらに詳細なサーベイランスが必要である,の3点である。V-CJDの伝播の直接証拠はないということで,“状況”とは何か。大部分のV-CJDの患者は牛を食料として摂取した以外は考えられない。反論もいくつかあるが,羊スクレイピーのプリオン,その他が種をこえて伝播することはすでに実験的に明らかであり,ここに至りCJDが公衆衛生的見地からも重要視されるに至ったものである。

 CJDについて8):CJDは神経内科,精神医学および神経病理学領域ではよく知られている疾患である。GSS,クールーと共に特異的プリオン蛋白(PrP)が認められ,いずれも実験動物に伝達が可能である。CJDの年間発生は好発頻度年齢層で100万に1例,すなわちわが国では約50例前後である。過去10年間でみて(死亡統計から)特に近年増加しているわけではない。厚生省は4月末に,特定疾患の調査研究の中に緊急研究班を設け,過去10年間のCJDの詳細な疫学調査にのり出した。

 CJD患者脳材料のチンパンジー,サル,,マウス,モルモット,ラット等への脳内,皮下等の接種で伝達されうる。その他スクレイピー同様,脾臓,リンパ節等にも病原性がある。また医原性には角膜,硬膜移植,さらに脳下垂体の成長ホルモンによってもヒトへ感染が成立している。歯科脳波検査器具によっても伝播の可能性が知られる。その他の臓器移植,輸血,血液製剤等によっても伝播の可能性がある。

 臨床的には,発病年齢は中年40代後半から70歳代に多い。初発症状は歩行障害,性格変化,痴呆等で,進行すると,痴呆(90%),歩行異常,ミオクローヌス,錐体外路徴候,無動,無言(80%以上),筋萎縮等が目立つ。全経過で平均2年位で,英国のCJD(平均4カ月)より長い。予後は不良である。診断は,上記の種々の症状が参考になる。特に急速に進行する痴呆とミオクローヌス等の神経症状と除皮質状への移行,脳波の特徴(PSD波)等である。PrPの検出は未固定脳以外では困難である。遺伝性の疾患では生血からPCR法等で遺伝子異常を検出する。

 BSEとV-CJDの公衆衛生学的問題はなにか:わが国には,口蹄疫問題から40年以上英国から牛肉は輸入されてはいないが,牛の臓器(舌,横隔膜等)牛由来物の医薬品への利用は広汎に行われている。また英国のV-CJDが“状況”として食品としての“牛”以外が考えられないとすれば,英国牛由来の食品についても注意を向けていくことを忘れてはならない。

 さらにCJD発症前の種々の臓器からもPrPが検出されうることもわかっており,CJD PrPの汚染拡大によってヒト血液製剤への混入の可能性も生じるわけである。そこで,いずれの場合においても,前もってPrPを検出しうる系を生出来るかぎりの領域で導入していく必要性が生まれてきたといえる。現在まではマウス等を用うるバイオアッセイ系は感度は良いが時間が1〜3年余りにわたるため,通常は間にあわない。したがって緊急にPrPを超高感度に検出しうる技術開発が最も重要である。厚生省,科学技術庁がこれらの技術開発研究グループを組織している。日本ではCJD患者が毎年十数例剖検されており,それが病院内で医原性リスクの問題となっていた。しかし,現在は状況が全く変化し,公衆衛生上の注目を浴びることになった。



1)Will RG, Ironside JW, Zeibler M et al:A new variant of Creutzfeldt-Jakob disease in the UK. Lancet 347:921-925, 1996

2)Creutzfeldt HG:U¨ber eine eingenartige herdfo¨rmige Erkrankung des Zentral-nerven-systems. Zeitschr fu¨r gesamte Neuralogie 57:1-18, 1920

3)Gajdusek DC and Zigas V:Degenerative disease of the central nervous system in New Guinea. The endemic occurrence of 徒uruA in the native population. New Engl J Med 257:974-978, 1957

4)Wilesmith JW, Wells GAH, Cranwell MP and Ryan JBM:Bovine spongiform encephalopathy: epidemiological studies. Vet Rec 123:638-644, 1988

5)Hope J, Reekie LJD, Hunter N et al:Brain fibrils of novel British cattle disease contain scrapie-associated protein. Nature 336:390-392, 1988

6)WHO:Report of a WHO consultation on public health issues related to human and animal transmissible spongiform encephalopathies. pp.1-15, WHO, Geneva, May 17-19, 1995

7)Tamai Y, Kojima H, Kitajima R et al:Demonstration of the transmissible agent in tissue from a pregnant woman with Creutzfeldt-Jakob disease. N Engl J Med 327:649, 1992

8)山内一也,立石 潤監修:スローウイルス感染とプリオン,195-300,近代出版,1995



国立予防衛生研究所感染病理部 倉田 毅





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