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Vol.15 (1994/10[176])

<国内情報>
手足口病起因ウイルスの遺伝子変異


(本研究は愛知県衛生研究所・栄 賢司,国立予防衛生研究所・武田 直和らとの共同研究である)

1970年〜1991年に手足口病患者から分離されたコクサッキーウイルスA16(CA16)とエンテロウイルス71(EV71)についてPCRとマイクロプレート・ハイブリダイゼーションを組み合わせて遺伝子型を指標にした型鑑別を行った結果,興味ある結果を得たので報告する。

 遺伝子型を指標にした型鑑別は以下の方法で実施した。臨床分離株のRNAの5´非翻訳領域の一部,VP4全領域,およびVP2領域の一部を含む約650bpをRT-PCRで増幅しプローブを作製した。標識DNAは同様にビオチン標識プライマーを用いて作製し,マイクロプレート固相法(Inouye & Hondo, Arch. Virol., 129: 311-316, 1993)の変法で高ストリンジェンシー条件下でハイブリダイゼーションを行った。判定は同一プローブと標識DNAの反応時の吸光度を100%とした比率で示した。

1979年〜1991年に愛知県で手足口病患者から分離されたCA16の臨床分離株の型鑑別の結果を表1に示した。臨床分離株は他血清型標準株および1951年に南アフリカで分離されたCA16標準株とは反応しなかった。しかし臨床分離株間ではすべて相互に反応がみられた。この結果は1979〜1991年に愛知県で流行したCA16による手足口病は遺伝学的に極めて近縁のウイルスによって引き起こされたことを示唆している(医学のあゆみVol. 168,1068-1069,1994)。

表2は,1970〜1990年に手足口病患者から分離されたEV71の臨床分離株の型鑑別の結果である。CA16同様,臨床分離株と他血清型標準株および1970年にアメリカ合衆国で分離されたEV71の標準株との反応はみられない。また,臨床分離株は1986年を境に著しく変化しており,その反応性から1970〜1986年分離株と1989〜1990年分離株の2つのグループに分けることができた。1970〜1986年に愛知県で流行したEV71は遺伝学的に極めて近縁であり,これらのウイルスはまた1986年に台湾で流行したウイルスとも反応がみられた。したがって1970〜1986年までは,遺伝学的に極めて近縁なEV71が愛知県と台湾で流行していたことが示唆される。しかし,これらのウイルスと1989〜1990年分離株とは全く反応せず,1989年以降遺伝学的に全く別系統のEV71が愛知県内で流行したことが示された(同上文献)。事実,ウイルスのVP4領域の塩基配列の一部を解析した結果,1970〜1986年の分離株間でのホモロジーは約94%,1989〜1990年の分離株間では約98%であるのに対し,1986年分離株と1989〜1990年分離株間では約84%であった(臨床とウイルスVol. 22,199-207,1994)。この結果から遺伝子型を指標にした型鑑別の反応性が塩基配列の差を反映したものであることが確認された。このような現象は従来の中和法ではとらえることは困難で,分子生物学的手法によってのみ可能であると考えられる。また本法はハイブリダイゼーションの反応温度を上げるなど,ストリンジェンシーをあげることにより,さらに厳密に塩基配列の差を検出することができ,疫学解析に有用な方法となる可能性が示唆された。現在,さらに広範囲にわたった解析が進行中である。

エンテロウイルスは他のRNAウイルス同様自然界で極めて高速に変異することから,アミノ酸変異を伴った塩基変異がウイルス構造蛋白領域に生じた場合,標準抗血清では同定不可能な難中和性ウイルスが生じる可能性がある。流行株から容易にプローブを作製し,最新の分離株に対処することができる点は,従来の方法にはない本法の利点である。今後エンテロウイルス分離株を迅速に高い精度で同定する本法がエンテロウイルスの生態を明らかにしていく上で大いに利用されることが期待される。



三菱化学ビーシーエル 成澤 忠


表1.CA16臨床分離株の型鑑別
表2.EV71臨床分離株の型鑑別





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