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Vol.15 (1994/4[170])

<国内情報>
北海道におけるアニサキス症


 アニサキス症(以下ア症)は,海産の魚介類の生食により感染することから,魚介類の生食を好むわが国においては,重要な寄生虫疾患である。

 本症の原因寄生虫としては,本邦では,主要なものとして,2属3種(Anisakis simplex,A. physeteris,およびPseudoterranova decipiens)が報告され,いずれの種も,感染した場合激しい腹痛を引き起こすことが知られている。発生の状況をみるとA. simplexによるア症が日本全国で見られ,発生数も圧倒的に多いのに対し,残りの2種は,発生数は少なく,発生に地域差があることが示されている。また,このような状況のために,本邦のア症は,主としてA. simplexについて説明され,残りの2種については,同様の疾病を引き起こすものとして補足的につけ加えられることが多い。

 北海道立衛生研究所では,ヒトから摘出もしくは排出されたアニサキス様虫体について形態学的な同定を加え,北海道における本症の流行状況の検討を行ってきた。その結果,1987年9月から1993年3月までに同定を行った234例のうち約6割がA. simplexであったが,残りの約4割は,P. decipiensであった(図1)。P. decipiensが約4割と高い比率を示したことは,本邦の他の地域ではみられない現象で,北海道に特徴的な状況と考えられた。この理由として,P. decipiensの感染源である魚介類が北海道近海で捕獲されることが推測され,北海道におけるア症の予防対策を講じるためにはA. simplexだけではなく,P. decipiensにも焦点を定めた調査が必要であることが明らかとなった。

 また,提出された検体について,摘出の方法(たとえば,胃から鉗子を用いて摘出,吐出など)ならびに,発育のステージ(本虫は3期幼虫でヒトに感染するが,摘出された検体はしばしば発育のステージが進んでいる場合がある)について情報を集めた。その結果を種別に検討したところ,A. simplexは3期幼虫,すなわち,魚介類から感染したときの状態で胃から鉗子を用いて摘出したものがほとんどであったのに対し,P. decipiensはその約半分が4期幼虫以上に発育したもので,また,3割が口から吐出されたものであった(図2,3)。

 この結果は,あくまで程度の差ではあるが,A. simplex−ヒトでは発育がうまくいかず,P. decipiens−ヒトでは,発育が進む(時には成虫まで)ことを示している。この両種が,ヒトに感染したときに異なった挙動をとるということは,この両種にヒトに対する病原性が異なる(我々はP. decipiensの方が,ヒトに激しい症状を起こすことが少ないという印象を持っている)可能性がある。この種間の病原性の差については,さらに詳細な調査が必要であろう。

 石倉らによれば,本邦で1992年までにア症として報告されたものは,既に20,000件を越える。それほど発生件数の多い寄生虫疾患であるにもかかわらず,十分な予防対策が講じられているとはいえない。その原因の一つに基礎的な情報の欠如が考えられる。我々は,検出された虫体の種類を同定し,その発育のステージを検討するという今回の調査から,北海道におけるア症の特徴,すなわち,P. decipiensの患者の比率が他の地域より高いということだけではなく,P. decipiensが,A. simplexとやや異なった感染を示すということを明らかにした。このような種の正確な同定に基づく調査は,本症の予防対策を立てる上で必要不可欠な情報の一つであると考えている。



 参考文献

八木欣平ら(1993):臨床寄生虫研究会誌,4,166-168

石倉 肇ら(1993):臨床寄生虫研究会誌,4,152-155



 編集子:A. simplexならびにP. decipiens両幼虫の動態が異なることは影井(1993,臨床寄生虫研究会誌,4,161-163)も全国から種鑑別のために送られてきた348隻の虫体についての検査結果から同様のことを指摘している。すなわち,A. simplexでは73%が3期幼虫であるが,P. decipiensでは53%が4期幼虫に発育しており,しかもP. decipiensの33%は吐出例であったとしている。



北海道立衛生研究所 八木 欣平,高橋 健一


図1.1987年9月から1993年3月までに北海道のヒトから検出されたアニサキス科線虫の虫種
図2.1987年9月から1993年3月までに北海道のヒトから検出されたAnisakis simplex及びPseudoterranova decipiensの発育ステージの比較
図3.1987年9月から1993年3月までに北海道のヒトから検出されたAnisakis simplex及びPseudoterranova decipiensの検出方法の比較





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