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Vol.15 (1994/2[168])

<特集>
陰部ヘルペス 1987〜1993


 陰部ヘルペス(または性器ヘルペス)は,単純ヘルペスウイルス(HSV)の性器への感染によって起こる性感染症(STD)である。HSVは,感染後,生涯体内に潜伏し,時に再活性化するため,無症候性ウイルス排泄や再発を繰り返すのが特徴である。そのことが,陰部ヘルペスの制御を困難なものとしている。

 陰部ヘルペスのサーベイランスが開始された1987〜93年までの患者報告数の推移を図1に示した。1987〜89年までは横這い状態を保っていたが,90年から増加した。特に,毎年夏以降にピークが見られるようになった。

 病原微生物検出情報は,直接報告を寄せる病院を除いて,地方衛生研究所(地研)および民間検査機関が収集した検体からの病原体検出報告に基づいている。陰部ヘルペスの場合,検体収集状況は報告機関や年によって異なり,我が国の陰部ヘルペスの疫学像をそのまま反映したものではない。本情報へウイルス検出報告を寄せている機関総数は75であるが,1987〜93年までの7年間に陰部ヘルペスの症例(臨床診断名が陰部ヘルペスでHSVが検出されたもの)を報告した機関は19(17地研,1国立病院,1民間検査機関),毎年報告を寄せた機関は6(5地研,1国立病院)であった。

 1987〜93年までに報告された陰部ヘルペス症例からのHSV検出数は,1994年1月20日現在662で,HSV-1が243,HSV-2が399,“HSV not typed”が20であった。検体の採取理由は,7年間では,感染症サーベイランスが70%,監視・特定研究が25%,散発例の検査が5.9%で(複数回答も含める),1993年のみでは同92%,5.4%,2.7%であった。近年,サーベイランスを目的として採取されたものが増えている。

 HSVの型別がなされた症例の男女別内訳は,男性が200例,女性が442例であった(表1)。この比は1:2.2で,感染症サーベイランス情報による患者数の男女比1:0.6と異なる(平成3年感染症サーベイランス事業年報参照)。その理由の一つとして,病原微生物検出情報では,女性患者の多い医療施設から検体を収集した機関が多かったことが考えられる。

 HSVの2つの型のうち,HSV-1は疫学的に口を主とした上半身,HSV-2は性器を主とした下半身への感染が多いことが知られている。男女別にみたHSV-1とHSV-2の比率は,男性は26%対74%,女性は43%対57%であった(表1)。従来から報告されている通り (本月報Vol. 12,bX参照), 我が国では,欧米と同様にHSV-2が多い男性に比べて,女性ではHSV-1の占める比率が高い。

 図2に,陰部ヘルペス症例からのHSV検出数を男女別,年齢別に示した。HSVのどちらの型も,男性では20〜40代から検出されるのに対し,女性では20代に集中していた。これは,感染症サーベイランス情報による患者の男女別年齢分布パターンと一致する。各年代におけるHSV-1とHSV-2の比は,女性では20代はHSV-2が高く,30代,40代はHSV-1が高かった。男性では症例数の少ない10代を除いて,いずれもHSV-2が大半を占めた。

 次に,陰部ヘルペス症例からのHSVの検出方法について,本検出情報にアンケート調査の結果も加えて解析した(1993年12月21日に上記19機関にアンケート用紙を送付し,94年1月31日までに全機関から回答を得た)。HSVの検出方法は,培養細胞による分離と蛍光抗体法による直接抗原検出の2種類に分かれた(表2)。分離を行っている機関が過半数を占めており,その理由として検出率の高さをあげている。直接抗原検出を実施している機関は,HSV型特異的モノクローナル抗体キット(Micro TrakTM, Syva社)を用いた病変部塗抹標本の蛍光抗体法を行っている。

 分離に用いる細胞はVero,HEp-2が多く,HSV以外のウイルスである可能性を考えてRD-18S等を併用している機関もあった。分離後のHSVの同定および型別は,現在2機関を除く17機関がMicro TrakTMを用いた蛍光抗体法により行っている。残る1機関はMicro TrakTMとデンカ生研の同様のモノクローナル抗体を併用しており,1機関は中和を行っている。“HSV not typed”と報告された例は,中和あるいはYang法により型別が困難であったか,型別を実施しなかった例であった。

 感染症サーベイランス情報によると,1993年の一定点当たり年間患者報告数の対前年比は,淋病様疾患では男性が−38%(15.6→9.7),女性が−36%(2.5→1.6),陰部クラミジア感染症では同−17%(15.5→12.9),−5.6%(10.7→10.1),陰部ヘルペスでは−6.6%(6.1→5.7),±0%(4.0→4.0)である。エイズ予防キャンペーンが行われる中で,1992年から著明に減少した淋病様疾患のみならず,増加を続けてきた陰部クラミジア感染症も減少傾向を見せ始めた。陰部ヘルペスの今後の動向を監視する必要がある。



図1.陰部ヘルペス患者報告数の推移,1987−1993年(感染症サーベイランス情報)
表1.陰部ヘルペス症例からのHSV-1およびHSV-2検出数と比率(%),1987−1993年
図2.陰部ヘルペス症例からの男女別,年齢別HSV検出数,1987−1993年
表2.陰部ヘルペス症例からのHSVの検出方法と報告機関数,1987−1993年





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