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Vol.14 (1993/12[166])

<国内情報>
日本における犬・猫回虫症


 人畜共通寄生虫病(Parasitic Zoonoses)の中の「内蔵幼虫移行症(Visceral larva migrans)」という新しい寄生虫病の概念(Beaver,1956)を植え付けた犬回虫症は,その後世界的に問題提起がなされたものの,幼虫移行症特有の診断法の確立が難しく,また,診断されてもその治療薬がなく,治療効果の判定も困難であることから,臨床面ではさほど大きくとりあげられるに至らなかったが,近年海外でも本症の重要性が取り上げられ(Abo-Shehada et al.,1992;Baixench et al.,1992;Virginia et al.,1991;Gillespie,1993),わが国でもここ数年新聞面を賑わし,本年10月,犬・猫回虫の臨床,診断,疫学,獣医学面を主体にしたシンポジウムが寄生虫学会で取り上げられたのを機会に本症についての若干の紹介を行いたい。

 犬回虫と猫回虫の生活史は若干異なり,猫回虫は猫を終宿主として人回虫類似の生活環を有するが,犬回虫は犬を終宿主とはするものの,宿主側の年齢抵抗性があり,しかも胎盤を通して胎児への感染が起こるので,幼犬,特に6カ月未満の犬ではそのほとんどが犬回虫の成虫を有している。その終宿主犬への感染は全国的に見られ,わが国でも全国どこでも犬回虫感染が見られ,調査結果では感染率2.1%(成犬)から98%(幼犬)と報告されている。一方,猫における猫回虫の感染も全国的に見られ,その感染率は犬での犬回虫感染率とあまり変らない(8.6〜81.3%)。

 このような高率感染を有する犬・猫は,その飼育者のマナーの悪さからどこででも排便が行われ,また,主として夜間に行動する猫達の公園砂場での排便によって,砂場あるいはその他の環境はそれらの虫卵による著しい汚染が見られることも報告されている(表1)。従って,そのような砂場で遊ぶ幼稚園児,保育園児,小学校児童には当然その遊びの過程で虫卵の経口感染が起こり,それらの年齢層での犬・猫回虫抗体価保有率は極めて高い(表2)。もっとも感染の機会はそれ以外にも存在することが報告されており,それらの犬・猫回虫卵を飼料とともについばんだシャモや豚の肝臓内に幼虫が被嚢し,レバサシ等の生食で感染したり(Nagakura et al.,1989),あるいは貝類の生食(Romeu et al.,1991)によっても感染者が見出されている。

 犬・猫回虫幼虫感染者はすべてが発病するものではないが,中には多数の幼虫摂取によって内蔵幼虫移行症(発熱,好酸球増多,肝腫大等)や眼幼虫移行症(Ocular larva migrans;視力障害,失明等)を来す場合があり,わが国での症例報告は表3のごとく近年増加の傾向を見ているが,臨床医の関心が高まれば患者数も増加するものと考えられる。

 文献

Abo-Shehada,M.N. et al.(1992):J.Helminth.,66,75-78

Baixench,M.T. et al.(1992):Reviue de Medecine veterinaire,143,749-752

Gillespie,S.P.(1993):CDR Review,3(R−10),135-143

Nagakura,K. et al.(1989):J.Infect. Disea.,160,735-736

Romeu,J. et al.(1991):J. Infect. Disea.,164,483

Virginia,P. et al.(1991):J.J.M.S.B.,44,1−6



予研寄生動物部 影井 昇


表1.公園等の砂場のトキソカラ属線虫卵汚染状況
表2.トキソカラ抗原によるELISA抗体保有率(中央医学雑誌より)
表3.我が国における犬・猫回虫症の報告状況(中央医学雑誌より)





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