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Vol.14 (1993/8[162])

<国内情報>
県内初のA型ボツリヌス食中毒の概要と当所の検査対応−秋田県


 県内では,1953(昭和28)年以降,魚介類の飯ずしを原因食品とするE型ボツリヌス食中毒が8市町村で14件発生し,63名が発病し,うち24名が死亡した。しかし,1971(昭和46)年のハタハタ飯ずし事件を最後にして,その後全く発生しなかった。ところが,本年正月,22年ぶりに発生し,しかも,二つの点でこれまでと異なっていた。第1は,原因食品が飯ずしではなく,正月料理として作った「煮物の中の里芋(正確には原材料にした缶詰の里芋)」であったことであり,第2は,県内では初めてのA型毒素産生ボツリヌス菌による食中毒であったことである。そして,さらに一つ付け加えると,これまで県内で検出されたことがなかったB型毒素産生ボツリヌス菌も検査の過程で分離されたことである。それだけに,当所の検査対応にも少なからず戸惑いがあった。以下に事件,里芋缶詰および検査成績の各概要を紹介するとともに,検査対応の戸惑いについても3点ほど併せて紹介することとする。

 T.事件の概要

 本年1月2日,県内湯沢市の1家族6名中4名(主人夫婦,長女および夫の母親)が昼頃から相次いで複視等の眼症状や脱力感を呈した。翌3日,地元のO病院で治療を受けたが,手足のしびれ,言語障害,呼吸不全などの症状が加わってきたため,同病院に入院した。症状からボツリヌス食中毒が疑われたので,同病院は,急遽,県を通して抗毒素血清(A,B,E型混合)を手配した。母親を除く3名は抗毒素血清投与と対症療法で次第に回復に向かっていった。また,母親も,重篤状態がかなり長期間つづいたが,幸い,一命をとりとめた。

 U.里芋缶詰の概要

 同地域のO氏が1992(平成4)年10〜11月に自家収穫した里芋をU組合に382缶委託加工した。製造工程はO氏宅〔選別・洗浄・削皮・細切・充填(4号缶)〕およびU組合〔脱気(90℃,14分)・巻締・殺菌(95℃・60分)・冷却・製品〕であった。382缶のうち331缶の里芋はすでに摂食されていたが,幸い,食中毒は発生しなかった。残る51缶は回収(この中から検査用として当所へ2缶)・廃棄された。

 V.検査成績の概要

 患者の血清,糞便および食品(寿司だね,ハタハタ,サケ,カズノコ,おでん,蒲鉾,煮物,餡,キノコ,キントン,キンピラ,漬物など16品目)の検体について検査した結果,@患者血清と糞便からボツリヌス菌と毒素は検出できなかった,A患者糞便から非耐熱性ウェルシュ菌および一部の食品から黄色ブドウ球菌が検出されたが,原因菌ではないと判定された,B煮物からマウス致死毒素(検体腐敗のため,型決定できず)とボツリヌスA型,B型両菌が検出された。そして,煮物に使った原材料の里芋(缶詰内の残品)からもボツリヌスA型毒素およびボツリヌスA型,B型両菌が検出された。このことから,回収後当所に搬入された2缶の缶詰里芋についても検査した結果,ボツリヌスA型菌が両缶から検出された。しかし,ボツリヌス毒素は検出されなかった,C塩漬けの茸からボツリヌス毒素は検出されなかったが,A型毒素産生菌とB型毒素産生菌のボツリヌス菌が検出された,Dこれらの成績を総合した結果,「煮物(原材料の缶詰里芋)を原因食品とするA型ボツリヌス食中毒」と判定された。なお,県内でA型毒素産生菌が検出されたのは土壌から分離した児玉らの報告(秋田県衛生研究所報,第8輯,15−27,1964)以来のものであり,また,B型毒素産生菌の検出は今回が最初であった。

 W.検査対応の戸惑い

 (1) 検体が当所に搬入されたのは1月5日であったが,過去20年以上も県内で発生したことがなかったので,当所では検査に必要な増菌培地,分離培地,診断用抗毒素血清などを常備していなかった。また,毒素試験に用いたマウスはウイルス検査用の自家繁殖マウスのため,週齢,体重,性別を選別できなかったし,また,購入マウスも良い状態のものがすぐに手に入らなかった。

 (2) 当所に搬入された煮物などの食品検体は調製後かなり日数が経過し,しかも,当所で4℃保存しながら増菌・分離培養検査や毒素試験,中和試験を反復したため,その間に腐敗が進行し,検査に少なからず支障を与えた。例えば,煮物からマウス致死毒が検出されたので,ボツリヌス毒素の型別中和試験を試みたが,ひどい腐敗のため,うまくいかなかった。

 一方,毒素陽性の肝々ブイヨンからボツリヌス菌の分離培養を行った時,雑菌の増殖が著しく,ボツリヌス菌の単離がなかなかできなかった。パウチ法でようやく分離することができた。なお,このような菌分離の難しさについて,検査結果を急ぐ行政側の理解がなかなか得られなかったことを付記しておく。また,血清については毒素検出試験を先行させたが,食品については培養検査を先行させてしまったため,毒素検出試験が2日程遅れてしまった。

 これらはいずれも検査の不慣れがもたらしたものであったといえよう。

 (3) 今回,B型毒素産生ボツリヌス菌が,A型毒素産生菌とともに,煮物,缶詰里芋および塩漬け茸から偶発的に検出された。例えば,培養上清にA型毒素が検出された煮物から分離培養を反復していった時,最初に単離されたのはB型菌であった。A型菌は元の分離培養液を再検査してようやく単離された。また,茸の場合,培養上清にマウス致死毒活性が認められたが,A型抗毒素血清で中和されずに混合抗毒素血清で中和されたので,再分離検査を繰り返した結果,A型菌とB型菌の両者が単離された。このようなB型毒素産生ボツリヌス菌の検出はA型毒素産生菌を想定していた我々にとってまさに意外であったが,今後のボツリヌス食中毒予防対策を考えていく場合,貴重な成績でもあった。

 X.おわりに

 以上,県内で久しぶりに発生したボツリヌス食中毒について概略紹介したが,今回の事件は,これまでの「ボツリヌス食中毒,すなわち飯ずし−E型毒素」というボツリヌス食中毒予防対策に警鐘を与えたとともに,前号で報告したジフテリアと同様に,ボツリヌス食中毒に対する我々の検査態勢のあり方にも反省すべき点が多々あったことを教えてくれた事件であった。



秋田県衛生科学研究所
八柳 潤,遠藤 守保(現・横手保健所),斉藤 志保子,佐野 健,森田 盛大





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