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Vol.13 (1992/10[152])

<国内情報>
1990年10月埼玉県浦和市のS幼稚園に発生した腸管出血性大腸菌O157:H7による集団下痢症


 1990年10月,埼玉県浦和市の私立S幼稚園の園児を中心に発生した集団下痢症は,腸管出血性大腸菌O157:H7(Vero毒素1,2産生)に汚染された同園の給水源である井戸水の飲用により,感染・発症したものと推定された。患者は,園児182人中149人(81.9%)うち2人死亡,職員13人中3人(23.1%),園児家族169世帯710人中122人(17.2%),その他の患者45人の計319人に上り,わが国初の腸管出血性大腸菌O157:H7(Vero毒素1,2産生)による死亡例をみた水系感染の大規模な集団下痢症例となった。以下その概要を報告する。

 事件の探知:1990年10月18日16時頃,県立小児医療センターから管轄の春日部保健所に「S幼稚園から下痢症の園児5人が入院し,10月17日1人,18日1人,計2人が死亡した。」との報告があり,翌19日から本格的な行政対応を行った。県内医療機関等の患者情報から,すでにS幼稚園の関連者が,尿毒症,HUS,DIC,急性胃腸炎,大腸炎,細菌性大腸炎および,感染症下痢症などの疾病で入院または外来受診していることがわかった。患者に共通している症状が下痢であることから,本集団発生を集団下痢症として取扱った。

 原因菌の検索:園児等の有症者55人を対象に腸管系伝染病菌および食中毒菌の検索を実施した。その結果,コレラ菌,赤痢菌,チフス菌,パラチフスA菌,カンピロバクター,その他サルモネラ属およびビブリオ属はいずれも検出されなかったが,既知の病原大腸菌血清型が検出され,O157:H7が園児42人中7人(16.7%),そのほかの種々の大腸菌血清型が園児10人,園児家族1人およびその他関連者2人から検出され,下痢原性大腸菌による下痢症が推測された。

 患者発生状況:初発患者は9月7日に園児1人,その後は9月中旬から漸増し,10月上旬から中旬にかけて激増,10月下旬から減少し,11月11日をもって患者発生は終息した(図)。患者の発生様式は一峰性を呈した。

患者の症状別出現頻度:アンケート調査等による患者319人(男164人,女154人,性別不明1人)の症状は,下痢312人(97.8%),次いで腹痛153人(48.0%),発熱99人(31.0%),嘔気−嘔吐62人(19.4%),粘血便46人(12.5%),その他の症状78人(24.5%)であった。重症例および死亡例では,意識障害,けいれん,腎障害等が認められた。

 患者の治療状況:患者319人中医療機関に入院または外来受診した者は236人(74.0%)で,入院は52人(園児39人,職員1人,園児家族8人,その他4人),外来は184人(園児92人,園児家族58人,その他34人)であった。

 病原大腸菌検索:10月18日から11月14日までの517人の検便では,大腸菌O157:H7(Vero毒素1,2産生)が25人から検出され,さらにそのほかの大腸菌血清型(O1:H7,O1:H45,O1:H-,O18:H7,O26:H-,O55:H12,O63:H6,O111:H21,O26:H19,O148:H27,O148:H28,O53:H19,O166:HUT)の検出例もあったが,いずれの分離株もVT,LTおよびSTは非産生であった。11月15日以降は大腸菌血清型O157の検索を目的に720人の検便を実施した。O157:H7は1人から検出され,2人からO157:H45(Vero毒素非産生)が検出された。O157:H7の検出者の合計は,衛生研究所実施分32人,さらに医療機関実施分のO157(H抗原および毒素産生性不明)検出者は15人であった。

 感染源調査:園の給食関係および周辺食品業者等の調査で感染源になり得る要因は認められなかった。しかし,園内の飲料水は消毒設備のない井戸を給水源にしていることが判明した。さらに,園内の給水栓から採水した井戸水の細菌学的検査の結果,大腸菌O157:H7,O8:H9,O18:H42,O55:H12およびO148:H28が検出され,O157:H7,O148:H28およびO55:H12の血清型は下痢症患者から分離された大腸菌血清型とも一致したため,園の井戸水が感染源と推定された。

 井戸水の汚染源調査:井戸から約5m離れた位置に園全体のし尿が集まる自家用浄化槽の汚水タンクがあり,この汚水タンクの継目に破損部分が発見され,漏水試験の結果,毎分8lで漏水することが確認された。

 以上のことから,この集団下痢症の発生は,糞便とともに排泄された腸管出血性大腸菌O157:H7(Vero毒素1,2産生)が自家用浄化槽を経て汚水タンクに入り,この井戸水を水源とする園内の給水栓から常時飲水していた園児が漸次感染・発症して集団性を呈したものと推定された。



埼玉県衛生研究所 奥山 雄介,渕上 博司,倉園 貴至,山田 文也


図 日別患者発生状況





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