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Vol.13 (1992/7[149])

<国内情報>
東京都内で発生したVero毒素産生性大腸菌OUT:H19によると推定された集団下痢症事例


 1991年5月,東京都内において新しい血清型と推定されるVero毒素産生性大腸菌(VTEC)OUT:H19を原因とする集団下痢症に遭遇したので,その概要について報告する。

 1991年5月14日〜6月6日の24日間にかけて東京都内の某小学校において学童377名中89名(発病率23.6%)が急性胃腸炎症状を呈した。日別の患者発生状況は図に示す通りである。5月14日に1名の初発患者がみられて以降徐々に患者数が増加し,5月27日に患者13名,また,6月4日に再び8名の小さな発生ピークをみた後6月6日の1名の患者発生をもって終息したが,長期間に及ぶ流行であった。

 患者は,1年生から6年生までの全学年に認められた。発病者数および発病率は,1年生6名(10.3%),2年生11名(19.0%),3年生19名(30.0%),4年生16名(30.8%),5年生15名(20.5%),6年生22名(30.6%)と高学年に患者がやや多い傾向であったが,特定のクラスに偏る傾向は認められなかった。また,教職員に患者発生はみられなかった。

 主要臨床症状は,腹痛79名(88.8%)と下痢62名(69.7%)であった。下痢の性状は,軟便や水様便が主体であったが,粘液便が7名(11.3%),粘血便が4名(6.5%)に認められた。また,その回数は調査し得た56名中,10回以上が4名,6〜10回が8名で,大半は5回以下であった。発熱が認められたのは20名(22.5%)で,39℃以上の高熱を呈したものは4名のみであった。患者89名中39名(43.8%)が受診し,うち6名が入院した(3名の臨床診断は急性虫垂炎の疑い)。しかし,患者全員の予後は良好であり,死亡者もいなかった。

 6月4日から6月14日にかけて採取された患者糞便81件,非発症者の学童糞便69件および給食従事者4件の合計154件を対象に病原菌の検索を行った結果,カンピロバクターが患者の1名から検出されたのみで,本集団下痢症事件と直接関連づけられるような既知病原菌は検出されなかった。また,ロタウイルスや小型球形ウイルスなどの腸管病原ウイルスも陰性であった。しかし,患者糞便81件中5件,非発症者の学童糞便69件中1件からVTEC OUT:H19が検出された。本菌は,細胞培養法で細胞毒素が確認され,また,ラテックス凝集反応(LA)法およびPCR法でVT2産生性であることが同定された。さらに,糞便の増菌培養液から直接LA法とPCR法を行った結果,本菌が陰性であった患者糞便3件からもVT2産生菌の存在が確認された。

 本事例では,細菌検査に供試した糞便は,発症後1週間以上経過したものや既に抗生物質等が投与されたものが多く,VTEC OUT:H19の検出率は,患者で6.2%と低率であった。しかし,分離培養以外の方法の導入によりさらに3名からVT2産生菌の存在が確認されたこと,また,これらいずれかの陽性者の発症日が流行の全期間にわたり,かつ患者発生が1年生から6年生までの全学年に認められたこと,患者の主要臨床症状がVTEC感染症で特徴的に認められる腹痛と下痢で,一部は粘液便や粘血便を呈し,臨床診断では急性虫垂炎の疑いとされた患者も存在したこと,などの疫学的調査成績から,本事例はVTEC OUT:H19による集団下痢症と推定した。

 本流行の感染源としては患者発生が当小学校内にのみ限定されていることから,学校給食が最も疑われたが,事件発生の保健所への届出が6月1日と遅れたことなどから感染源を特定するまでには至らなかった。



東京都立衛生研究所 甲斐 明美


図 患者発生状況と細菌学的検査成績





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