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Vol.13 (1992/3[145])

<国内情報>
新百日咳ワクチンと百日咳菌の分離


 日本で開発され,1981年秋より日本の百日咳の予防に用いられている沈降精製百日咳ワクチン(実際には沈降精製百日咳・ジフテリア・破傷風混合ワクチンとして使用されている)は導入後十余年を経たが,その間のべ約5,000万dosesが日本の小児に接種され,副作用の少ない,有効なワクチンとして好評を得ている。先進国特に米国(FDA)は,自国の小児を対象とした最近の野外試験で,この新しい百日咳ワクチンの優秀さを認め,日本からワクチン原液を買い,米国製ジフテリア−破傷風ワクチンと混和,3種混合ワクチンとして1992年1月より米国内で使用することを認可した。日本で開発されたワクチン(日本国特許)が海外へ出る初めてのケースである。

 この新百日咳ワクチンは主有効成分として百日咳毒素(PT)と繊維状赤血球凝集素(FHA)を含有するが,これらの抗原またはその抗体の百日咳感染,発症における役割については,未知の点が少なくない。日本で製造されたPTトキソイドワクチンおよびPT+FHAワクチンの2種類のワクチンのスウェーデンにおける,菌分離例を中心とした野外効果判定試験のごく最近のまとめによると,両ワクチンとも百日咳症の予防には充分な効果を認めるが,感染初期の百日咳菌の上部気道への吸着,定着(増殖)阻止効果は,PT+FHAワクチン接種例の方がPT単独ワクチンより優れていると報告した。ワクチン接種で,菌の吸−定着もcompleteに阻止できる状態を生み出す必要があるか否か,今後の討議問題であるが,最近わが国において行われた「厚生省予防接種研究班」百日咳の疫学とワクチンの有効性の評価に関する研究(班長−磯村愛知衛研所長,菌の同定型別−予研佐藤,分離培地分与−帝人清水博士)で,ワクチン接種と菌分離の関係をみた興味ある成績がある(表)。すなわち,全国15の衛生研究所の協力を得て,過去3年間にわたり,約2,000例の百日咳患者からの菌分離を試み,そのうちの約1/5例(372名)の上部気道から百日咳菌が分離された。この372例中,新百日咳ワクチンの接種歴の明らかな小児は290例存在した。さて,ワクチン歴が明らかで,臨床的に百日咳と診断され,上部気道に百日咳菌が存在したこの290例のうち,95%(275名)はワクチンを接種していない小児で,ワクチン接種完了(1期3回接種)児はわずか1%(3名)であった。この結果は,日本で現在使用されている新百日咳ワクチン接種児からの菌分離はほとんど不可能であること,新ワクチンの免疫は百日咳症の予防のみならず,ヒトの上部気道への百日咳菌の吸・定着,増殖をも強く阻止していることを明白に示している。百日咳菌の分離同定はさほど困難なことではないが,菌分離とワクチン効果の関係を検討した研究は少なく,全国の衛研の協力を得て行われたこの種の研究(あと1年継続するが),およびその成果に期待するところ大である。



国立予防衛生研究所細菌部 佐藤 勇治


ワクチン歴と百日咳菌分離例





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