HOME 目次 記事一覧 索引 操作方法 上へ 前へ 次へ

Vol.11 (1990/6[124])

<国内情報>
赤痢アメーバ症におけるzymodeme分析の意義


 赤痢アメーバ(Entamoeba histolytica)感染の大きな特徴として被感染者のうちごく一部しか発症せず,発症に種々の要因が関与しているという点があげられる。これら発症要因の中で最も重要と思われるのが感染株の病原性であることは間違いない。ここ数年の研究で病原機構の詳細も徐々に解明されてきているが,これに関連し,最近ロンドン熱帯医学校のSargeauntらは一連の研究を通し,symptomaticなアメーバ症,およびasymptomatic cyst carrierから分離したアメーバ株は各々特徴的な数種のアイソザイムパターンを示し,これらはstableなもので,臨床診断にも有用であるとし,多方面に議論をまきおこした。本稿ではこの意義と問題点について概説したい。

T.Zymodeme分析の意義

 Zymodemeとは特定のアイソザイムパターン,またはそれを示す赤痢アメーバのことをこの場合いう。Sargeauntらは被感染者糞便中のアメーバ栄養型,または嚢子をRobinson培地で培養,増殖せしめ,そのlysateをthin layer starch gel electrophoresisにかけ,hexokinase, phosphoglucomutase, malic enzyme, glucosephosphate isomeraseのアイソザイムを調べたところ,症状の有無に対応して一定のzymodemeが存在することに気づいた。すなわち,symptomaticなケースから分離したアメーバはhexokinaseが2つのfast movingのバンドから成る,およびphosphoglucomutaseのαバンドが欠損しているという特徴を常に備えている。一方,cyst carrierからの分離株はこれらの酵素が上記と相反する特徴を示すとし,前者をpathogenic zymodeme,後者をnon-pathogenic zymodemeと特定した。彼らはさらに他のアイソザイムに関する性質をも勘案し,合計20種以上のアメーバのzymodemeを設定した。代表的なものとしてはzymodemeU,]W,]\などがpathogenic zymodemeであり,Tなどがnon-pathogenic zymodemeとされた。彼らはこの方法を用い約8,000例に達するアメーバ被感染者についての分析から,zymodemeは極めてstableなもので,臨床症状の有無に良く対応すること,従ってこの方法でpathogenic zymodemeと判定されれば病原株のアメーバの感染があり,症状が無い場合は,そのケースは菟re-patent period狽ノあるものとし,早晩発症に至ると主張した。さらに,これらを発展させ,non-pathogenic zymodemeの場合は治療は必要ないとも述べている。

 これら一連のSargeauntらの研究は上記のzymodemeのstability,治療の要否のみならず赤痢アメーバの分類上の位置,すなわち赤痢アメーバは2種(Entamoeba dysenteriae,およびE.dispar)に分けられるべきではないかという,数十年前Brumptによって提出され,その後かえりみられなくなっていた見解を再燃させるに至った。

U.最近の諸関連実験結果

 Sargeauntを中心とするグループの以上のような見解に対し,最近種々の実験から反論が提出された。まず,Mirelmanらはnon-pathogenic zymodemeを持つ赤痢アメーバ(CDC0784:4株)を無菌培地(BI-S-33培地)に適応させるとpathogenic zymodemeに変化し,ハムスターなどにおける実験的肝膿瘍形成率も上昇したと報告した。同様の所見はクローン化されたCDC0784:4株でも観察され,培養条件の変化,特に培地に共棲している細菌を除くとzymodemeは変化することはあり得るものと思われた。しかし,non-pathogenic zymodemeのアメーバの無菌培養は他の株では成功しておらず,検討の余地は確かに残っている。筆者らの教室でも何種かのnon-pathogenic zymodemeのアメーバをxenic cultureからmonoxenic cultureにして保持しているが,non-pathogenic→pathogenicへの変化はみられない。しかし,他の実験から判断すると,エネルギー源となる糖の要求性についてはnon-pathogenic,pathogenic zymodemeのアメーバの間では明瞭な差がみられ,モノクローナル抗体,DNAプローブなどによる検討でも両者の反応は異なるという結果が得られている。また,最近ではnon-pathogenic zymodemeのアメーバしか検出されないのに症状があったり,血清抗体も陽性となる例も少数ではあるが見出されている。

V.まとめ

 Sargeauntらの議論には上記のような反論があるものの,彼らのデータはあくまで人体例の観察に基いており,その意義をわきまえればアメーバ感染症の臨床診断に充分応用可能であることは間違いない。しかしながら,これに付随した諸問題,特に種の異同についてはさらに詳しい研究が必要とされよう。なお,zymodeme分析が必要な際は筆者らの教室に御連絡いただければ実施可能である(慶応大学医学部寄生虫学教室,TEL:03-353-1211,内2667)。



慶應義塾大学医学部寄生虫学教室 竹内 勤





前へ 次へ
copyright
IASR