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Vol.9 (1988/3[097])

<国内情報>
今季手足口病流行状況


秋田県

 秋田県内における1987〜88年2月上旬の手足口病の発生状況とウイルス分離状況は図のごとくであった。以下に簡単に紹介する。

 県内におけるこれまでの流行は図の点線のごとくほぼ7月下旬〜8月上旬をピークとする急峻な1峰性の発生パターンを示すことが多かったが,1987年の場合,5月頃から散発し始めたものの,7月に入っても急増の気配がなかなかはっきりしなかったことから,今後流行するとしても「秋ずれこみ型の小規模流行」という予測(秋田県感染症サーベイランス解析評価)を県内に流した。そして,予測通り増減を繰り返しながら小規模流行が8月からほぼ年末まで続き,しかも,県内各地の流行に時間的なズレが傾向として観察された。結局,1987年の発生規模は1982〜1986年の平均の約1/3強程度に過ぎなかったが,年が明けた88年1〜2月になってもなおダラダラと散発が続いている。このような「秋ずれこみ型」の流行は東北地方全般におおむね共通する傾向であったが,流行規模は県によってはかなり大きいところもあった。

 一方,手足口病患者からの分離ウイルスをみてみると,患者発生がまだきわめて散発的であった5月にコクサッキー(C)A4が水疱内容から1株検出された後,CA10が7月下旬〜8月上旬に3株(水疱内容から2株)分離されたが,この年のヘルパンギーナは例年より早い5月頃から流行し始めたので,両ウイルスはヘルパンギーナの流行を起こすと共に一部では手足口病を惹起したのではないかとみられる。

 しかし,手足口病患者の発生がやや増加傾向を示し始めた8月中旬からCA16が相次いで検出されてきたことから,この年の流行の本命がCA16であることが明らかになったが,前述のように,流行は急速に拡大することもなく,小規模流行状態のまま年末まで経過していった。そして,年明けとともに分離されてきたのが,CA16ではなく,Entero71(水疱内容)であった。

例年であれば1月にはほとんどまったく姿を消してしまう手足口病がなお発生し続け,しかも,まだ1株とはいえEntero71に病原が交替したことは今夏の再流行の可能性を予測する上に大きな手がかりになるのではないかと考えられる。



秋田県衛生科学研究所 森田盛大 佐藤宏康 安部真理子



神奈川県

 1987年の神奈川県(横浜,川崎両市を除く県域)における手足口病の流行は,図1に示すとおり,5月中旬から始まり6月上旬以降急速に増加,7〜9月と10〜11月の2つのピークとなる2相性のカーブを描きながら,12月まで持続した。

 手足口病は夏かぜの一つとして毎年夏季を中心として流行するが,それに比し1987年の患者発生はダラダラと5月から12月にかけて県下全域に及ぶ特異な推移となった。また,県下川崎市の患者発生が7月に突出しているのがめだった。

 感染症サーベイランス報告による県域の患者発生数は,1,674人で,流行としての形をとらなかった昨年の452人より多いものの,過去5年間の患者数(1,116〜2,990人)と比べて特に多いということはない。しかし,その好発年齢が例年は1〜4歳のところ,本年は0〜9歳と幅広い年齢層に及んだのが特徴であった。

 次に患者の咽頭拭い液または糞便を材料として,GMKおよびRD−18S細胞によりウイルス分離を試みた(表1)。まず,5月にエンテロスイルス71(EV71)が検出され,6月から7月にかけてその分離率は上昇し,以後11月まで陽性となった。これに対しコクサッキーA16(CA16)は7月から検出され,その後9月から11月にわたり20〜30%台の分離率を示した。すなわち,EV71が先行し,これにやや遅れてCA16が出現した後,両者が混在して手足口病の病原となったが,8月頃を境にして,前半はEV71,後半はCA16がそれぞれ主役を演じたと思われる。そしてこの両ウイルスの出現消長が,本年の手足口病流行の長期化の原因と考えられる。

神奈川県では,EV71は1983年以来4年ぶりの検出であり,明年以降CA16とEV71両ウイルスの動向が手足口病の流行をいかに左右するか,ウイルスの自然生態とあいまって注目される。



神奈川県衛生研究所 小田和正 近藤真規子 斉藤直喜 斉藤隆行



鳥取県

 手足口病は,最近では原因ウイルスを変えながら毎年大小の流行を繰り返している。1986年はほとんど患者報告のみられない年であったが,2名からエンテロウイルス71型(EV71)が分離され,また,前回の流行から4年たつところから,次の流行はEV71が予測された。しかし,1987年前半は患者報告がほとんどなく,流行が始まったのは1987年7月に入ってからであった。6月にはEV71が分離され,予測通りと思われたが,EV71に加えてコクサッキーA16型(CA16)も分離され始め,CA16が主原因ウイルスとなった。

 県内の流行状況と分離ウイルスを地区別にみると(表),流行は東部から始まり,次いで中,西部でも始まった。東部では初めEV71が分離され,次第にCA16へと変わっていった。同様に中部でもEV71から始まり,CA16へと変化しているが,ウイルス分離数からみる限り,EV71が主原因のようである。これに対して,最も患者数の多い西部では,CA16のみ分離され,EV71は分離されていない。

 このように1つの流行期に,2種類のウイルスが同時に原因ウイルスとなっていること,地区によって主原因ウイルスが異なる点は,今までにみられなかった現象である。

 臨床的には,口内症状が強い,逆に口内症状がほとんどないといった説も聞かれるが,ウイルス分離の面からみると,手足口病と診断された2名からヘルペスウイルス1型(HSV1)が,また,口内炎とされた3名からEV71が2株,CA16が1株分離されている。

 症状は,地区,時期によって一定したものはなく,症状から原因ウイルスを推定するのは困難なようである。

 また,無菌性髄膜炎の2名(咽頭)からもEV71が分離されている。このうちの1名は手足口病に髄膜炎を合併した例である。

 分離に用いた細胞の感受性からみると,過去の流行ではVero,FLの2種類の細胞を用いた場合,EV71はVero,CA16はFLの感受性が良かったが,今回の流行では感受性の差はほとんどみられない。また,1983年にはEV71による手足口病と無菌性髄膜炎の流行があり,手足口病からはVero,髄膜炎からはFLでよく分離されるといった現象もみられたが,今回はそのようなこともみられない。

以上が鳥取県の手足口病の現況である。



鳥取県衛生研究所 石田 茂 寺谷 巌



島根県

 患者発生状況:東西に長い島根県では東・中・西部の3地区に分けて患者情報の集計をおこなっている。それによると今回の手足口病の流行は西部より始まった。西部では4月頃より患者発生があり,7・8月にピークとなった。9月になって減少した後,10月に入り再び増加,10〜12月には8月と同程度の患者数となった。一方,東部では7月頃より患者発生はあったものの10月までは1定点あたり2名/月以下で推移し,11月に入って急増,12月には11月の倍以上の患者数となり,ピークを迎えた。中部は東部とほぼ同様の患者発生状況であった。1月に入り,3地区とも患者は減少している。

 ウイルス分離状況:当所で12月末までにウイルス分離を実施した161名のウイルス分離結果は表のとおりである。ウイルス分離にはVero細胞と哺乳マウスを使用した。西部は9月末までの患者由来のウイルスでCA5を1名,未同定ウイルスを13名より分離した。東部はCA5を1名,CA16を44名,EV71を1名,未同定ウイルスを27名より分離し,CA16と未同定ウイルスが主因であった。

 時期的にみると,10月まではCA16,未同定ウイルスをそれぞれ5名,16名より分離したのに対し,11月以降はCA16を39名より,未同定ウイルスを11名より分離しており,東部では未同定ウイルスによる患者発生が続いていたところにCA16が浸淫し,11月以降の大きな流行を引き起こしたものと推察される。CA5は2名とも水疱内溶液と咽頭拭い液からの分離である。なお,未同定ウイルスはCA16,EV71両抗血清で弱く中和されるウイルスで,現在検討中である。

 これら患者の年齢は1カ月の乳児から成人まで幅広いが,1歳をピークに4歳以下で85%を占める。そして,CA16の分離された患者は1歳をピークに減少しているが,未同定ウイルスが分離された患者は1〜3歳でほぼ同数であり,年齢分布が異なっている。

以上のように,本県における今回の手足口病の流行は,冬に流行のピークがあったこと,原因ウイルスとしてCA5,CA16,EV71,未同定ウイルスと多種類のウイルスが分離されていることが特徴である。



島根県衛生公害研究所 飯塚節子 板垣朝夫



長崎県

 1982年から1987年まで各年ごとに,サーベイランス検査定点において材料が採取された手足口病患者数およびそれらの材料から分離されたウイルスを表1に示した。

 1982年はCA16,1983年はEV71による流行がみられたが,1984年は搬入された検体数が少なかったこともあるが,手足口病患者よりウイルスはまったく分離されなかった。

 1985年には全国的に手足口病の大流行が記録 (病原微生物検出情報月報第67号) されているが,本県においても表2に示すように,1985年は6月をピークに患者発生がみられた。しかし,9月以降患者数は減少し,1986年前半はわずか数例にとどまっている。後半はやや増加するきざしがみられたものの流行に結びつくような患者数ではなかった。1987年は4月以降患者数は増加し,11月にピークがみられた。

 一方,ウイルス検出は,1985年は患者発生が多かったにもかかわらず,当所へ搬入された患者検体は年間わずか9件と少なかった。その結果,手足口病患者よりポリオ(P)1,CB5がそれぞれ1株ずつ分離されたものの,手足口病本来の起因ウイルスとされているCA16,EV71は分離されなかった。その後,1986年後半になり,わずかではあるがEV71が分離され始め,1987年はEV71をはじめとしてエコー21,P1,P2,CB3,アデノ3,CA16の7種ウイルスが検出された。このうちEV71,CA16以外の各ウイルスは1株ずつ検出されただけであった。

 1986年1月から1987年12月までのウイルス分離数をEV71,CA16にかぎり月別に表3に示した。1986年はEV71が6株,1987年はEV71が7株,CA16が22株分離されているが,手足口病の起因ウイルスが1986年から1987年前半まではEV71であったものが,ほぼ8月を境にしてCA16に移行している様相が確認できる。すなわち,1986年の手足口病はEV71の単独によるもの,1987年は前半がEV71,後半がCA16によるものであったことがほぼ明瞭である。なお,EV71では1986年11月の3株中2株,1987年8月の1株,9月の3株中2株は無菌性髄膜炎患者より,またCA16では8月の5株中1株は熱性疾患患者より,9月の3株中1株はヘルパンギーナ患者より,10月の5株中1株は無菌性髄膜炎患者より分離されたものである。

 表4に材料別によるEV71,CA16ウイルス分離状況を1986,87年あわせて示した。髄液より1株CA16が分離されているが,これは手足口病として臨床診断された患者であったが,手足口病から髄膜炎へ移行したものと推察される。



長崎県衛生公害研究所 鍬塚 眞 熊 正昭



秋田県図.1987〜88年,秋田県内における手足口病患者発生状況と分離ウイルス
神奈川県図1.手足口病患者発生状況(1987)
神奈川県表1.神奈川県における手足口病患者からのウイルス分離成績(1987)
鳥取県表.月別・地区別手足口病流行状況およびウイルス分離状況(鳥取県)
島根県表.ウイルス分離状況(島根県)
長崎県表1.年次別検体採取患者数および分離ウイルス
長崎県表2.年次別月別患者数
長崎県表3.年次別月別分離数
長崎県表4.材料別分離数



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