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Vol.9 (1988/2[096])

<国内情報>
淋菌の薬剤耐性


 これまでに淋菌感染症に対する化学療法にはサルファ剤(SA),ストレプトマイシン(SM),ペニシリン(PC),スペクチノマイシン(SPCM),テトラサイクリン(TC)などの抗生剤が主として用いられてきている。このうち初期に使用されていたSAとSMは多くの分離株が耐性を示すために現在では使用されていない。PC,SPCMおよびTCは比較的安価で入手も容易なことから世界中で汎用されている。ところがこれらの抗生剤に対する耐性菌が増加しており,疫学的に注目を集めているばかりでなく,それぞれの耐性が独立して獲得されるために多剤耐性株が出現し,またその可能性が憂慮されている。

 1)ペニシリナーゼ産生淋菌(PPNG)

 淋菌のPC耐性にはプラスミド性と染色体性の2種があるが,β‐lactamase産生はプラスミドに支配されている。1976年にロンドンとカリフォルニアでほとんど同時に初めてPPNGが発見され,その後5年間でほぼ全世界に広まってしまった。各地域でのPPNGの検出率は異なり,東南アジアでは約20〜30%,アフリカでは10%以上と高いが,アメリカ合衆国では2%,カナダでは1%以下,イギリスでは約5%となっている。国内においては1977年にPPNGが最初に分離された。私達が調べた京浜地区の分離株でPPNGの占める割合はこの10年間に徐々に増加し,1985年には9%,1986年は18%,1987年は11%であった。

 β‐lactamase産生を支配するプラスミドは4.5メガダルトンのアジア型と3.2メガダルトンのアフリカ型が知られている。アメリカ合衆国とイギリスでそれぞれ発見され,感染地にちなんで命名された。これに対して1985年に2種の新しいプラスミドが報告された。オランダで発見された2.8メガダルトンのリオ型とカナダで報告された3.0メガダルトンのトロント型である。これらのプラスミドがどのようにして派生したかは明らかではないが,トロント型プラスミドはアジア型プラスミドの部分的欠失により生じたものとされている。

 国内のPPNGのもつプラスミドはこれまでの報告ではすべてアジア型であり,私達が調べた限りでもアジア型であった。

 2)スペクチノマイシン耐性PPNG

 1962年にSPCMによる淋菌感染症の治療が開始されたが,SPCM耐性淋菌は1977年までに,デンマーク,オランダおよびアメリカ合衆国で計4株検出されたにすぎなかった。一方,PPNGが出現し,増加してきたために,SPCMは第1選択剤またはPC無効例の第2選択剤として大量に使われるようになった。しかし,1981年にアメリカ合衆国,イギリスおよび韓国においてSPCM耐性PPNGが発見され,アメリカ合衆国では1982年9月までに16州内で少なくとも53株,また,韓国では1983年1月までに27株の同様のPPNGが検出され,社会的問題となった。CDCはこれに伴い,淋菌感染症に対する治療法としてCefoxitin 2g筋注およびProbenecid 1g経口投与またはCefotaxime 1g筋注を推奨した。

 SPCM耐性は突然変異による染色体性である。この耐性に関与する遺伝子座の近くにはSMやTCに対する染色体性の耐性に関与する遺伝子座があり,この付近の遺伝子はこれらの抗生剤の作用点であるリボゾームの構造に関係してしると考えられている。したがってSPCM耐性はプラスミドとは関連はないが,SPCM耐性PPNGはこれまでのところすべてアジア型プラスミドを持っており,他のプラスミドを持つものは報告されていない。

 国内においては,1986年にグアム島にて感染した患者からSPCM耐性株が分離されたが,幸いPPNGではなかった。

 3)テトラサイクリン耐性淋菌(TRNG)

 染色体性のTC中等度耐性菌(MIC≧1μg)は以前から知られていたが,1985年2月からアメリカ合衆国においてTC高度耐性淋菌(TRNG)(MIC≧16μg)が検出されるようになった。CDCにおいて過去の分離菌を2年間にさかのぼって調べ直したところ,1983年にニューハンプシャー州で分離された1株がTRNGであった。また,ジョージア州において1985年8月から9月にかけて約1ヵ月の間に前向き調査を行ったところ,174株のうち6株(3.4%)はTRNGであった。

 TRNGの耐性にはプラスミドが関与している。淋菌には24.5メガダルトンの伝達性プラスミドを持つ株があるが,TRNGでは25.2メガダルトンのプラスミドが見られる。これは伝達性プラスミドにtetMというTC耐性遺伝子が挿入されたためである。tetMはStreptococcus agalactiaeで最初に見出され,淋菌でtetMの存在が証明される以前にMycoplasma hominisu, Ureaplasma urealyticumおよびGardnerella vaginalisといった泌尿生殖器感染症原因菌ですでに検出されていた。β‐lactamase産生能を獲得した時と同様に,他菌種を介してTC耐性が伝達されたと考えられている。

 私達が1985年に分離した淋菌の中に,TCに対するMICが25μgの株が1株みられた。tetMによる耐性であるか否かについては現在調査中であるが,1985年頃からM. hominisU.urealyticumでのTC耐性株の検出の報告があり,国内においてもtetMは広がりつつあることが予想される。

アジア型プラスミドを持つPPNGの約40%は伝達性プラスミドを持っている。これまでに調べられたTRNGはいずれもPPNGではないが,実験的に証明されていないとはいえ,TRPPNGさらにはSPCM耐性TRPPNGの出現も可能性のないことではない。されにSPCMにかわる治療薬として検討されているニューキノロン系抗生剤に対する耐性も他菌種ですでに報告されており,新しい耐性菌の出現を監視していくことが重要である。



神奈川県衛生研究所 黒木俊郎 山井志朗





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