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Vol.9 (1988/1[095])

<国内情報>
胸水の培養で診断した在郷軍人病


 近年,原因不明の肺炎の病原菌としてLegionnaires' diseaseが注目されるようになったが,その報告例は必ずしも多くない。当院では昭和57年よりB−CYE培地(栄研)でレジオネラ菌の検出を試みたが,昭和62年8月まで胸水340検体,肺組織24検体すべてが陰性であった。今回polymyositis患者胸水より本菌を初めて検出し,レジオネラ肺炎の診断をしたので,ここに臨床経過,剖検結果を報告する。

 症例:患者は66歳女性で,昭和62年6月頸部腫脹で当院内科を受診し,甲状腺癌の疑診であったが,このころから歩行障害と脱力感を生じた。筋肉の生検からpolymyositisと診断され,プレドニン60r/日で治療されたが,全身状態の改善はみられず,7月末には食事摂取も困難となった。8月24日に呼吸状態が悪化したのでICUに転科したが,肺水,胸水貯留,胸内苦悶および強度の呼吸困難を訴えたので気管切開が施行された。胸部レントゲン写真で右中肺野と左下肺野に広範囲の浸潤影と左側に胸水の貯留を認めた。9月2日胸水(血性)を採取し,細胞診と細胞培養を行った。ICUへ転科後1週間セファメジン2〜4gを投与されたが効果なく,9月3日に呼吸不全で死亡した。なお,経過中体温は37℃前後であった。

検査結果:9月2日に採取した胸水は通常の好気性菌,嫌気性菌ともに陰性であったが,B−CYE培地に接種したものは6日後に多数の白色,大小不同のコロニーの発育をみた。分離菌はグラム陰性の細長い桿菌で,血液寒天培地,L−システイン除去B−CYE培地にはいずれも発育しなかった。その他の性状はカタラーゼ弱陽性,尿素陽性,オキシダーゼ弱陽性,ゼラチナーゼ陽性で,馬尿酸を加水分解したが,ONPGテスト陰性,β−ラクタムエース産生あり,硝酸塩環元陰性,β−ラクタマーゼ陰性であった。また,本菌は市販のレジオネラ診断用抗血清(デンカ生研)でLegionella pneumophila群Tに凝集を示した。

以上のことから本患者はL.pneumophila subgroup Iによる肺炎と診断した。

 剖検所見:左肺は1,000g,右肺は700gでともに充実性。下葉は左右ともにほとんど含気量を認めないが,各上葉や右肺中葉にはかなりの含気をみる。組織学的には,肺胞は高度のフィブリンの析出や炎症細胞の核破砕物により占められ,また特徴的な所見としては肺胞上皮の立方化や核腫大が認められた。病変が軽度な部でもフィブリンの析出や出血があり,剥離した肺胞上皮やマクロファージがみられた。壊死物質内には多数の桿菌が証明され,渡銀染色(渡辺氏法)で陽性所見を示していた。

 おわりに:本患者は基礎疾患がpolymyositisで免疫異常の存在が推定され,さらにステロイド療法による免疫力の低下で,いわゆるopportunistic infectionとしてL.pneumophilaによる肺炎を合併したものと考える。

セフェム系薬剤で改善しない呼吸困難を伴う肺炎では,頻度は低くてもL.pneumophilaの存在を忘れてはならないように思う。また,レジオネラのB−CYE培地での発育は必ずしも早くはないので,最低1週間は観察を続ける必要があろう。



山口県立中央病院 上野尚紀





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