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Vol.5 (1984/6[052])

<国内情報>
学校給食を介して発生したと推定される集団嘔吐下痢症について


食品が感染経路と考えられる急性胃腸炎の集団発生において病原体にウイルスを疑わせる疾患については,その症状が嘔吐,下痢を主訴とし,突発的であり,発熱は軽度で,比較的予後良好な点,発生季節などから冬期嘔吐症(Winter vomiting disease)の特徴がみられ,細菌性胃腸炎が否定された場合には推定しやすい疾病である。しかし,この起因ウイルスがCoxsackievirusかAdenovirusかRotavirusか,さらにSmall-particle-virus-like agentによるものかは今後の発生例において種々興味の多い問題である。

近年,非細菌性急性胃腸炎の集団発生例は多数報告されているが,栃木県において,昭和59年1月下旬集団給食が原因と推定され,嘔吐,下痢,腹痛を主徴とする患者数2,000名を超える大規模な集団発生があった。今回の発生はいずれも同一町内の小中学校7校の児童・生徒と学校関係者に限られ,同地域内の保育所や一般住民に同様の発生がみられなかったこと,および各学校ならびにクラス間で発生状況に大きな差がみられなかったことから,同町が経営する共同給食センターで調理された学校給食を原因とする食中毒との疑いが強かった。

 患者の発生状況は図に示すとおり突発的に発生し,同町内の小学校5校の在籍児童2,349名中1,269名(発病率54%),職員100名中33名(33%)および中学校2校の在籍生徒1,018名中754名(74%)職員53名中16名(30%)が罹患し,患者総数2,072名に達し平均発病率は58.9%であった。患者の発病日時が各学校とも同様の分布を示していることから単一暴露によるものと推測された。

主症状は,嘔吐67.9%と最も高く,腹痛57.1%,下痢37.4%,発熱は23.1%で中程度の熱発だった。経過は一般に良好で大部分の者は3〜4日で症状が消退した。なお,医療機関で診察を受けた者は1,111名で,うち51名が軽度の脱水症状を呈し入院加療を受けたが,特に重篤な者は認められなかった。

事件発生4日を経過した時点で患者家族内に二次発生を疑わせる症例が認められるとの通報を受けたので,各学校の1学年,743世帯2,074名の家族についてアンケート調査を実施したところ,患者家族の中で同様の症状を示すもの8.7%を認め,非発症生徒の家族の有症率0.9%に比べ有意に高い結果がみられ,その日別発生パターンも図に示すとおり,一次発生後約2日を経過し,同型のピークを示すパターンが認められた。

 一次発生は給食センターが関与する単一暴露によるものと考え,同施設の衛生管理,従業員の検病調査,使用水(小規模水道)の滅菌状況調査,給排水管のクロスコネクションの有無等について調査を実施したが,その結果からは汚染源として認められるものは発見できなかった。また,喫食状況調査からも原因食品を特定することができなかった。

 微生物学的検査は,検食,使用水,患者吐物および糞便等について細菌学的な検査を実施したが,急性胃腸炎の起因菌となる既知の病原細菌は検出されなかった。したがって,一応細菌性食中毒が否定された。

 以上のことから,ウイルスによる急性胃腸炎の疑いをもって,新たに発症後4日以降の採便についてIAHAによるRotavirusの検出および組織培養法によるAdenovirus,Coxsackievirus,Echovirusの検出を試みたが,これらはすべて最終的に陰性であった。

同時に,Norwalk-agent等の疑いのもとに,患者糞便を予研に送付し,検索を依頼した。予研では発症4日以降の糞便からのウイルス因子検出は不能であったが,当初細菌検査用に採取した糞便から電顕により6名中2名にウイルス様小型粒子(径30mm)が検出された。うち1名は形態的に複数のウイルス様粒子がみとめられたが,いずれも材料が少なかったため,原因ウイルスと確定することはできなかった。

 今回の検体材料については,疑われるウイルス因子の排泄時期を過ぎてからの採便であり,さらに当初においては細菌性食中毒を疑い,ウイルス検査の対応が遅れた等の理由により,適切な検体でなかったため,血清学的に同定でき得るウイルス様因子を量的に得られなかった。しかし,非細菌性急性胃腸炎症状を呈した集団発生であったこと,家族内に二次感染があったこと,ウイルス様因子が検出されたことなどから今回の症例はウイルス因子に起因する集団嘔吐下痢症であったものと考えられた。

 今回の事例は患者2,000名に達した大規模なもので,社会的影響も極めて大きかったにもかかわらず,感染経路,原因食品等を解明するに至らなかったが,今後食中毒様胃腸炎においても細菌検索と同時にウイルス検索の点に十分留意すべきものと考える。



栃木県衛生研究所 中井 定子 矢沢 嗣夫


図 生徒と家族の日別患者発生パターン比較(患者百分比)





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