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Vol.3 (1982/7[029])

<外国情報>
カナダおよび米国における野兎病


 カナダ―1980年秋から1981年春にかけて57人の患者をまきこんだ野兎病の流行がケベック州で発生した。1975年以来この州では17の散発例しか報告されていなかった。最初の患者発生は1980年10月で11名の男子と1名の女子であり,すべて素人のハンターであった。潜伏期は2〜8日(平均5日)で,患者は手に無痛の潰瘍を示し,所属リンパ腺の腫脹を伴い,所謂ulcero-glandular型であった。感染源は野ウサギとビーバーで,それを始末する時,あるいは毛皮を剥ぐときに感染したものらしい。第2の患者発生は1982年の2月で,例年より早い雪どけで流れが急に氾濫したセントローレンス河に沿った地区とその支流域で発生した。感染源はマスクラットで,その死骸のいくつかの皮下には黄色のかたまりが見出された。この春の集発には11才から67才にいたる45人の患者があり,40名が男子で,のこり5名が女子であった。うち39名が素人ハンターで,1名が罠ハンター,1名が野外生活技術者,そしてのこり4名が主婦であった。平均5日の潜伏期ののち,もっとも共通の症状として,手に紅斑性の腫脹,あるいは潰瘍があり,同時に腋下のリンパ腺がはれていた。発熱,さむけ,頭痛,脱力感,無食欲そして嘔吐などもみられた。1名は眼部に病巣をもっていた(oculo-glandular型)。結膜嚢が稀ではあるが冒されるのである。9名が入院した。28名の患者について症状発生時と5週後の血清標本がとられ,野兎病菌に対する凝集素の検査によって,抗体価が40倍から640倍に上昇していることがわかった。

 野兎病はカナダにおいては風土病で,中部と西部の州にはみられるが,東部ではまれである。1976年までは年間0〜17症例が報告されてきたが,1976年になると計35例となり,うち33が北西地区からの報告であった。これらのうちすくなくとも10例にマスクラットとの接触のチャンスがあった。1940年以来,12の死亡例があり,1940〜1944年では8例(67%)という高い死亡率である。しかし,それ以来激減して2%程度となった。最近の疫学的傾向はこの感染症が一般的,公衆衛生的問題であるよりは,職業病的疾患であることを示している。最近マスクラットと関係ある10例の野兎病がニューヨーク州からも報告されている。面白いことに,これも例年にない早い雪どけで,マスクラットの巣が流され,経験の乏しい若い罠ハンターが死んだマスクラットを扱うことによって発生している。そうした動物には手を触れるべきでないし,毛皮をとる時にはゴム手袋を着装すべきである。

 米国――おそらく飼いネコが感染源とみられる2例の野兎病が最近報告された。1981年5月17日,ジョージア州南東部に住む32才の男子が突然発熱し,右手親指の背部に丘疹を認めた。トリメトプリム-サルファメトキサゾール合剤とアンピシリンによる治療のあと,患者は38.3℃の発熱の状態で5月26日入院した。親指の背部に上行性のリンパ管炎と柔かいリンパ腺炎を伴った壊死性潰瘍が認められた。野兎病が疑われたので,ストレプトマイシンの筋注を実施し,患者は無事回復した。野兎病菌に対する凝集素を検査したところ,抗体価は5月29日には20倍,そして6月10日には2560倍であった。

 患者の発症2週前,彼の3匹のシャム猫が発熱し,食欲がなく,大儀そうな状態であった。かかりつけの獣医が5月8日ペニシリンとストレプトマイシンを処方したので,患者はそれによってネコを自宅で治療した。この間,思い出すかぎりでは傷を受けたことはなかった。治療したにもかかわらず,2匹は5月13日に死亡し,のこりも5月17日に死亡したが,これはその直前に黄疸のあることがそ獣医師に指摘された。2匹を剖検したところ,いずれの肝もその表面に無数に散在する白い径3mm以下の斑点をもっていた。この病巣ならびに脾のそれを検鏡すると,球菌様微生物の存在する急性炎症像が認められた。それは野兎病菌に対する蛍光抗体法で陽性に染まった。しかし,一度凍結されていた組織を培養に用いたが,結果は陰性であった。

 1981年5月13日,ニューメキシコTaos郡に住む31才の男子が4日前ペットのネコに咬まれたことがあったが,発熱,悪寒,筋肉痛,から咳,胸痛そして嘔吐があった。5月17日,医師の診療を受けたが,39.4℃の発熱で急性症状を呈していた。昆虫に咬まれたような皮膚病巣が身体のいくつかの区域で認められた。白血球数9,900/mm3で64%がneutrophils,25%がband forms,11%がリンパ球であった。胸部X線像では左底部に浸潤がみられた。野兎病が疑われ,ストレプトマイシンが投与された。48時間後,臨床症状は改善されたが,熱はさらに3日間続いた。野兎病菌に対する凝集価は5月19日には20倍以下,6月2日には640倍以上であった。

 5月9日,患者は自分の飼いネコが彼の寝ているベッドの下で死んだウサギを食べているのを見た。そのネコとウサギを家から取りのぞく時に手を咬まれたのである。5月12日にネコは食欲を失い,だるそうで,40.6℃にも発熱した。治療はしなかった。5月19日にはネコの様子は健康そうにみえた。その血清をとって野兎病菌に対する抗体価を測定すると160倍であった。

(WHO,WER,57,19,147,1982)






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