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Vol.3 (1982/1[023])

<国内情報>
韓国出血熱(KHF)を疑われた症例の血清抗体検索の試み


1981年12月上旬,都内の某大学病院に流行性出血熱を疑わせる症状の患者が収容され,本人は動物との接触,海外旅行等の既往がなかったが,厚生省,東京都よりの依頼で,CDCより試験的に入手したKHFの細胞培養抗原を用いて間接蛍光抗体法で抗体を検索したが,陰性の所見を与えた。

(患者)43才,男子,都内千代田区に居住。

1981年11月25日,咳嗽と腹痛を伴う発熱で,カゼとして治療を受けたが改善せず,11月29日よりは悪心,嘔吐を呈し,熱は38℃以上に稽留していた。12月2日,熱は40℃近くに上昇し,黄胆が出現し,咳嗽激しく,喀啖中に血性の混入物も認められるようになった。12月3日,文京区内のN医科大学病因に入院,ワイル病を疑われ,ストマイ投与を受けたが,症状は改善せず,12月5日より乏尿傾向から無尿になり,意識障害が徐々に強まっていった。輸液で尿排泄を刺激すると排尿が認められる状態が12月9日まで続いたが,排尿応答がなくなった所で12月10日より腎透析を行っている。その他肝機能障害と肝腫大が著明に認められた。

予研細菌2部でのレプトスピラ抗体検査でワイル病は否定された。肝炎については,血液の生化学的所見はHA,HBのいずれとも適合しない。マラリアについては検査中であったが,熱型が既知のいずれの型にも適合しない。腸チフスは下痢のないこと,白血球減少より増多であること等で否定された。症状的には乏尿,無尿のあとの多尿傾向が認められないことからKHFとしても典型的とはいえないが,臨床的にはKHFが最も疑われ,12月11日,第17病日の血尿についてKHF抗体の検索が試みられた。

(抗原と染色方法)1980年CDCのMc Cormickが分離確立し,Bunyaviridaeに属するものとして推定しているKHFウイルス(近くNatureに公表の予定)をVERO細胞E6株に接種し,感染細胞の塗抹をアセトン固定し,γ−線照射で完全に不活化したスライドをCDCより入手して使用した。KHF回復期血清としては,韓国の症例(A),我が国の某国立大学動物施設の症例(B)の2つを入手した。いずれも韓国のリー教授の測定で,2000倍以上の染色力価を示している。標識抗ヒト血清グロブリンはHyland製のものを三種混合(抗IgM,IgG,IgA)の状態で用い,混合後の染色力価64倍(4単位)のものを32倍(8単位)で使用した。患者血清は第17病日,採血後4時間目のものを熱不活化処理せず使用した。

 (結果)標準陽性血清(A,B)が50倍でいずれも典型的な陽性所見を与え,陰性血清(正常本邦人)が陰性所見を与えている条件下で,患者血清は4〜1024倍希釈でいずれも陰性の結果を与え,KHF抗体陰性と判定された。

(考察)リー教授らの他の報告によれば,KHFの患者は感染後2週位で間接蛍光抗体法で抗体陽性になり,発症後2週間で最高値に達することが推定されている。本症例は第17病日であるから,これに潜伏期2週間を加えれば,感染後4.5週に達していることとなり,KHFであれば上記の抗体検査で陽性となるはずであり,陰性の結果は,KHF感染陰性の判定を下すに充分であると考えられる。臨床的にも必ずしも典型的な経過をとっておらず,また,疫学的にも,感染の機会を得るような背景は全くないので,本症例は他の原因により肝障害と腎機能障害を起こしたものと推定される。

(その他)KHFウイルスの本質に関しては,1981年リー教授は,Reoviridaeに属するOrbivirus群の一つであるとの見解を発表したが,CDCではリー教授と同一の出発材料についてレオウイルスの混入を排除する方式でVERO細胞E6株で継代して,Bunyaviridaeに属すると考えられる性質のウイルスを確立した。このウイルスを抗原として抗体検索を行うと,Apodemus agrarius coreae(セスジアカネズミ)の肝切片を抗原として行うリー教授の方式の結果とよく一致するので,動物継代から細胞培養継代に移る段階で,レオウイルスの混入が起こり,所見が混乱してきたものと思われる。

謝辞:今回の検査は予研高度安全実験室内のP3実験室を用いて筆者の他に下記の人々の協力で検体受領後4時間以内に完了して結果を報告することができた。ここに氏名を列記して謝意を表する。(外来性ウイルス室)小松俊彦,杉山和良;(獣疫部)森田千春;(ウイルス中央検査部)赤尾頼幸,志賀定祠,有川二郎(北大重医学部,流動研究員)



予研 北村 敬





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