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Vol.2 (1981/9[019])

<国内情報>
流行性出血熱(HFRS)について


地域的に日本に近い韓国や中国では野生のセスジアカネズミ(Apodemus Agrarius)が不顕性感染のかたちで病原ウイルスを保有しており,排泄されたウイルスによって,主として農村部で春と秋に流行性出血熱(Hemorrhagic fever with renal syndorome:HFRSと略す)の流行が毎年起こっている。推定の年間患者発生数は韓国では約2千人,中国では約3万人にも達し,現在,両国の公衆衛生上重大な問題となっている。

韓国や中国が野生型のHFRSの流行とすると,日本で発生しているHFRSはいわば実験室内感染型ともいえるもので,大学,研究所の実験動物施設内発生という極めて特殊な流行といえる。

1975年3〜5月に東北大学医学部で3名のHFRSの患者発生が初発であり,その後,和歌山,新潟,神戸,名古屋,近畿,大阪,札幌など各地の大学,研究所の実験動物施設で次々と患者が発生し,文部省の研究班1)で確認された患者は78名(昭和56年3月現在)に達している。

本年度に入って新たに札幌1名,京都8名,大阪9名,滋賀2名,愛知7名の患者が血清学的に確認され,わが国では実験動物のHFRSウイルス汚染が重大な問題となっているのが現状である。

臨床症状:

主な症状をあげると以下のようである。1)高熱,蛋白尿,出血傾向を特徴とする急性熱性疾患である。2)重症例ではショック,出血,尿毒症をおこす。3)通常38〜40℃の高熱で発症し,4〜5日高熱が続いた後,下熱する。4)有熱期間中通常はなはだしい重篤感を訴え,頭痛,筋肉痛が必発する。5)激しい頭痛,下痢,嘔吐を伴うことがあるが,下熱とともに消失する。6)下熱後(ほぼ6病日目)に突然高度の蛋白尿が出現し,数日で消失する。この蛋白尿は下熱時になってから出現し,しかも一過性のため,しばしば見逃すことがある。7)わが国の症例では胃腸症状の出現する場合が多く,出血傾向は少ない。肝機能障害が認められることも少なくない。

ウイルスの性状:

1976年に韓国高麗大学医科大学の李教授が韓国型出血熱(KHF)の回復期血清を用いた間接蛍光抗体法によって,流行地に生息するAp・agrariusの肺および腎にウィルス抗原(Korean antigen)を発見し,これを指標として,1978年に非流行地(済州島)のAp・agrariusを用いて,世界で最初にHFRSの病原ウイルスを分離した。分離ウイルスはKHF−Hantaan virusと命名された。Hantaanはソウル市北方の国境KHF流行地を流れる河川名である。

KHFウイルスは直径73ア5nmの正二十面体状の粒子で,47ア6.5nmの内部キャプシドがある。56℃30分間の加熱および低いpHで不活化され,エーテル,クロロフォルム,デオキシコール酸に感受性があり,Reoviridae Orbivirusに属すると考えられている。

ウイルス分離には抗体フリーのAp・agrariusとA549細胞(ヒト肺がん由来)が用いられる。

実験動物施設内の伝播:

HFRSはヒト以外の実験動物,野生のげっ歯類に感染しても症状はまったくあらわさない。ラット,マウスでは感染後ウイルス血症をおこし,その後唾液,尿,便中にウイルスを排泄する(1〜2週間)。実験室内感染はこの時期の感染動物の排泄物を吸入するか,解剖し,直接濃厚にウイルスと接触することによっておこると考えられる。とくに動物実験における免疫抑制剤の投与は多量のウイルスが誘発され,実験室内感染の危険を高める原因となる。

HFRSウイルスの自然界の宿主はAp・agrariusで,このネズミは東欧,ソ連,中国,朝鮮半島と広く生息しており,HFRSの地理病理学的分布と一致している。北欧にはこの種のネズミは生息しておらず,ヨーロッパヤチネズミ(Clethrionmys glareolus)が感染源である。わが国にはこれらと同種のネズミは生息していないが,これに類似した野生のげっ歯類が病原体を保有しており,実験動物が汚染したという可能性が考えられる。

実験動物中ではラットがウイルス汚染に重要な役割をもつと考えられている。一つには過去に購入したラットが汚染していた時期があり,それが各施設に定着したという考え方がある。また,一方では実験用ラットのある系統が汚染していて,大学,研究所間の系統の授受によってHFRSが発生したという見方も否定できない。

日本実験動物協同組合では生産動物の血清を李教授に送付し,自主的にKHFの検査をおこなっている。購入時生産者に検査結果の呈示を求め,陰性であることを確認することができる。

1)川俣順一 文部省科研費 動物実験における人獣感染症,特に流行性出血熱の現状調査とそれらの防止対策の研究 研究報告書(1980)

附記:流行性出血熱の患者血清検査について

日本で発生している流行性出血熱の材料からウイルスを分離し,分離株を用いて検査法を確立することが急務でありますが,現在原因ウイルスの分離に成功していないのが現状であります。

当面は李教授から抗体検査用の抗原の供給をうけ,予防衛生研究所で一般住民の流行性出血熱の確定診断をおこなうことになっております。抗原の供給に限度がありますので,予研では病院からの直接依頼は受付けず,衛生部,衛生研究所を経由して「ウイルス行政検査」の手続をとっていただいた検体のみを検査することにいたしております。確定診断をおこなうためには抗体の有意上昇を証明することが必要で,詳しい臨床所見を記入の上,血清は発病早期に必ず採取し,回復期血清とペア−血清(できればそれ以上経過に従って採取された血清)を送付していただくようお願いします。

臨床所見については人獣共通感染症の検査体制に関する打合せ会(座長 山村雄一 大阪大学長)

流行性出血熱(韓国型出血熱)診断の手引き 昭和56年6月を参照して下さい。



予 研 赤尾頼幸





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