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Vol.2 (1981/7[017])

<国内情報>
淋菌に関する最近の問題点


1981年5月22日のWHO週報(Wkly Epidem. Rec. 20,158)は,東南アジア旅行者から初めてスペクチノマイシン耐性で,しかもβ−ラクタマーゼを産生するペニシリン耐性淋菌がCDCで検出されたことを報じ,速やかに世界的規模の調査を開始する必要が生じたと述べている。そこで,最近の淋病の発生状況および淋菌の薬剤感受性の現状からこの記事の意義を考えてみたい。

淋病は世界的な規模で多発中で,1977年に届出患者数が1万人を越えた国は米国を筆頭に10数カ国に達し,これらの国で淋病は重要な成人の細菌感染症となっている。しかも,淋病の発生数を正確に把握することは極めて困難で,数値の報告すら無い国も多いので,真の患者数は統計を大きく上回るものと考えられる。

国内の統計も実状を正確に示すとは考えられないが,表1に示すように,全国および神奈川県とも1978年または79年以降患者は急増しつつある。

一方,淋病はいろいろな薬剤に対し感受性の低下や耐性化が認められるが,ペニシリン(PC)感受性も1950年代後半から次第に低下し,最近MIC2μg/mlのものが認められるようになった。しかし,投与量を増やす(480万単位,1回筋注)ことによって大部分の症例は治癒するので,廉価なこと,副作用が少なく(ショックを除く)また,投与法が簡単なことなどから,本法は現在多くの国で治療法の主流となっている。

ところが,1976年4月に米国と英国でほぼ同時に,PC治療に反応しないβ−ラクタマーゼを産生するペニシリン耐性林菌(PPNG)が初めて検出された。PPNGのβ−ラクタマーゼ産生はプラスミッド支配で,そのRプラスミッドは米国株と英国株で大きさが異なり,前者が東南アジア,後者が西アフリカに由来し,また,栄養要求型やTC感受性にも差があるという特異な疫学的特徴が認められた。このうち,東南アジア地区のPPNG分布についてはCDCが詳細な調査を行い,一部の地区に濃厚に分布していて,そこから旅行者などによって大量,急速に世界各地に拡散しつつあるものと推定された。PPNGのRプラスミッドは他の淋菌や大腸菌にも伝達可能で,これが本菌の蔓延を助長すると推定されたが,一方,プラスミッドが脱落しやすいという点からはその逆も考えられた。実際には,本菌の拡散は極めて速やかで,WHOは1976年9月に本菌の調査を各国に要請したが,同年末にはすでに10数カ国で分離が確認された。さらに,1981年5月のWHO集計では39カ国で確認され,その他存在が疑われる国を含めると,ほぼ全世界に広がったものと推定される。しかし,その頻度は国によって大差があり,米国の0.1%に対し,フィリッピン,シンガポール,タイなどでは20〜40%と高い。

国内の状況は当所,都衛研,大阪府公衛研などで限られた調査しか行われていないが,PPNGはすでに1977年に分離,同定され,現在その頻度は約5%またはそれ以下と思われる。しかし,神奈川,東京,大阪,沖縄など,調査を行った地域ではすべて検出され,また,初めは東南アジア由来やその関連株が多かったのに,最近は国内感染例増加の傾向があり,すでに国内に定着したものと考えられる。

このようなPPNGの急速な拡散と蔓延の結果,淋病の治療法が再検討され,PPNG症例の治療は主としてスペクチノマイシン2g,1回筋注法が採用された。しかし,染色体性のスペクチノマイシン耐性淋菌は極めて少数ではあるが,1973年からすでに検出され,PPNG中にSM耐性菌が認められるように,スペクチノマイシン耐性PPNG出現の可能性は推定されていた。今回,両剤耐性菌が,しかも東南アジア旅行者から検出されたことは数年前のPPNGの出現以上に,淋病の疫学,臨床の両面で,国際的にも国内的にも極めて重要な問題である。国内の現状では淋病は軽視され,届出や菌の培養と薬剤感受性検査などは十分に行われていない。これがPPNGの出現時と同様に,両剤耐性菌の国内定着を助けるのみでなく,新しい耐性菌の出現を招く恐れも考えられるので,早期に淋病対策を樹立して,本菌の持ち込みや定着の有無を明らかにする必要がある。



神奈川県衛生研究所 小原 寧


表1.最近の性病患者届出数





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