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Vol.1 (1980/10[008])

<外国情報>
非定型コレラ菌O−1血清型


 現在の世界的コレラ流行のはじまった1961年以前においては,El Tor型コレラ菌によっておこる下痢症はインドネシアにかぎるものと考えられてきた。しかし,この時期よりはるか以前においても,東地中海地区やインドにおいては,El Torコレラ菌が地下水から分離されており,その後も,このEl Tor“水中ビブリオ”はコレラ流行のない地区や,流行期の去った風土病地方において分離されてきた。これらの分離株のあるものは,1960年代の初期に,ワクチンとしての利用価値が研究されたこともあるし,コレラ毒素をほとんど産生しないことも見出された。

 1970年代になると,この非定型コレラ菌O−1血清型は,すくなくとも世界の8地区において,ヒトあるいは他の材料から分離されている。それらについて下記のような情報が得られている。

 1)1974年,グァム島において,El Torコレラ菌小川型による小流行を調査中,下水(1),雨排水(4),河川水(1),湾(1)から計7株の非定型コレラ菌O−1が分離された。しかし,この調査の一環としてなされた下痢患者からの広範な菌検索においては,上述の非定型コレラ菌は全く分離できなかった。

 2)1977年4月,米国アラバマ州の61才になるトラック運転手が,急性たんのう炎の疑いでその切除をうけた。手術の際,採取したたん汁を培養したところ,El Torコレラ菌稲葉型が分離された。この患者は,最近下痢をしたこともなく,20年前にメキシコに小旅行した以外,国外旅行の経験は全くなかった。患者の血清はこの菌に対する320×の抗体価を示したが,同居家族3名は菌も抗体も陰性であり,また4名全員について家兎皮膚試験による抗毒素抗体の検出をこころみたが陰性であった。

 3)1977年,バングラデッシュにおいて,ヒトならびに環境から非定型コレラ菌の分離をこころみたところ,環境からの分離株82のうち1株が毒素非産生株であり,一方,ヒトからの臨床株1275のすべてが毒素産生株であった。

 4)1977年,米国東海岸のChesapeak湾から所謂コレラ菌65株が分離されたが,うち1株は非定型コレラ菌であった。この湾の近くに大きな病院あり,ここでは過去5年間,TCBS寒天を用いてすべての便の培養を続けていたが,この間1例のコレラ菌の分離もなかった。

 5)ブラジルの例(前回紹介したので略)

 6)El Tor稲葉型コレラ菌によるすくなくとも11例のコレラ散発例が,1978年に米国のルイジアナ州で発生した。生のかに,えび,かき,下水,地表水,そして下痢患者の材料を広範に培養試験し,El Tor稲葉型コレラ菌が数株分離され,それらはすべて毒素産生株で,同一ファージ型であった。

 1979年,ルイジアナ州南半分の地区において,下痢患者と下水系の調査が続行され,また,流通ルートのかきもルチーンの培養試験に付された。9月17日現在,非定型コレラO−1とみられる11株が分離されているが,前年度分離された毒素産生株と同一ファージ型はひとつもなかった。これらのうちの1株は運河由来,他の8株は非汚染地区とみられる場所からとれたかき由来,のこり2株はニューオルリンズで分離されたもので,ファージ感受性を含め生物学的性状によって同一株と判定された。その1株は放浪者の足の壊死性潰瘍から分離されたが,この男は汚染包帯を毎日トイレットに流しており,他の1株はその流域下水から分離されたのである。

 7)1977年イギリスにおいて,非定型コレラ菌小川型が5週間にわたって継続的に塩分を含む農業用灌漑用溝から分離されたが,この溝が下水によって汚染される可能性は考えられなかった。

 8)1978年5月,日本の鶴見河の例(略)

 以上を要約すると,非定型コレラ菌は本来環境由来であって,そうした株が環境から分離されている期間,あるいはそのあと接続した期間において,周囲の下痢患者から便培養を広範に実施しても非定型コレラ菌は分離されない。分離された例も,たんのうとか下肢潰瘍など腸管外であった。

 このような株が全世界に分布していることは明らかで,下水に汚染されていない地区で,ヒトとは独立的に生息しているらしい。

 非定型株は,多価抗血清を用いた場合に型別困難なことがあり,多価O−1群抗血清のバッチごとに成績が変動しやすい。生化学反応も非定型のことがあり,グァム島での分離株は蔗糖の分解がおそく,ルイジアナのかき由来株はマンニトールを醗酵せず,Hughと阪崎の規準によればコレラ菌ではないことになるが,他の性状は全く定型的である。ブラジルでの分離株はすべてポリミキシンBに感受性である。ファージ感受性も弱く,耐性株も多い。

(WHO/DDC/EPE/80.3)






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