宮崎県における髄膜炎菌感染症集団発生事例
(Vol. 32 p. 298-299: 2011年10月号)

端 緒
2011年5月14日、K高校で重症例を含む感染症集団発生の疑いがあるという連絡を受けて、小林保健所による情報収集が行われた。4月25日以降に死亡例1名を含む4名の入院生徒がおり、全員寮生活をしていた。5月16日、死亡例が髄膜炎菌性髄膜炎として届け出られたため、保健所は予防内服の勧奨と、その対象者を決定した。5月18日、上記とは別に、4月30日から髄膜炎菌性髄膜炎で入院していたK高校寮に勤務していた職員の届出があり、宮崎県から国立感染症研究所実地疫学調査チームに調査支援依頼がなされた。

調査方法
今回の事例は、4名の髄液または血液培養検査でB群髄膜炎菌(Neisseria meningitidis )が検出されたため、B群髄膜炎菌性髄膜炎による集団発生事例と判断して調査を進めた。

症例の記述疫学を行うにあたり、下記の症例定義に基づき積極的症例探査を行った。

・2011(平成23)年4月10日以降、K高校に在籍している、あるいは勤務している者のうち、侵襲性髄膜炎菌感染症(髄膜炎、敗血症など)と疑われた者を以下のように分類する。
確定例:髄液あるいは血液より髄膜炎菌が培養検査で検出された者
疑い例:臨床的に侵襲性髄膜炎菌感染症として矛盾はないが、髄膜炎菌は検出されていない者

集団発生状況を把握するため、K高校と症例の関係者を中心に聞き取り調査と観察調査を行った。特に症例と保菌者が発生した野球部員、柔道部員に対しては、標準的な調査票を用いた対面調査を実施した。細菌学・分子疫学的解析は、各医療機関の検査部または外注検査機関が細菌培養検査と薬剤感受性試験を行い、宮崎県衛生環境研究所が血清群別試験およびパルスフィールド・ゲル電気泳動(PFGE)法、国立感染症研究所細菌第一部がmultilocus sequence typing(MLST)法を実施した。

調査結果
2011年4月10日〜5月19日までに、確定例4例と疑い例1例が症例定義に合致した()。死亡例は1例(致死率20%)であった。確定例の診断は髄膜炎と敗血症が各2例ずつ、疑い例の診断は髄膜炎であった。症状は38.5℃以上の発熱5例、頭痛4例、嘔吐4例、咽頭痛2例、下肢筋力低下2例であった。症例は初発の寮職員を除いて寮内の野球部1年生であり、隣接する3つの部屋でのみ発症していた。保菌調査は、検査が実施された33名中4名陽性であった。集団発生前の4月は、野球部1年生の中で咽頭痛、咳嗽、疲労感を認める生徒の割合が高かった。初発例の寮職員は常時マスクを着用しており、寮生との濃厚接触はなかった。また、初発例と2例目の発症日は最大潜伏期間(10日間)以上の間隔があった。入手可能であった症例3名と保菌4名の検体はいずれもB群N. meningitidis であり、PFGE法のバンドパターンは1バンド以内の違い、MLST法の結果は全例ST-687株であった。

感染拡大防止と事例終息に向けた公衆衛生対応として、保健所による濃厚接触者に対する予防内服の勧奨、症例および予防内服者とその周辺から新規発症者がないことの確認を目的とした健康調査が行われた。また、追加症例報告がないことの確認を目的とした強化サーベイランスが実施された。

考察とまとめ
本邦において、過去30年間で学生寮における髄膜炎菌感染症の集団発生報告はなく、本事例が与えた公衆衛生上のインパクトは非常に大きいものであった。感染伝播に関しては、初発例のマスク着用、少ない寮生との接触、最大潜伏期間以上離れた潜伏期から、直接曝露により初発例から伝播した可能性は極めて低いと考えられた。一連の伝播には一時的な保菌状態にあった者の介在が想定されたが、保菌者把握は困難であり、詳細な検討は不可能であった。アウトブレイクに関与した菌株は、PFGE法におけるバンドパターンがほぼ一致していたこと、ST-687株は国内で1981年から分離されていたことから、共通の国内由来株であったことが示唆された。発症リスクについては、軍や学生寮の新人1) 、発症前2週間から1カ月に先行する上気道症状を認めた場合2) 、はリスクが高まると報告されており、「先行する上気道症状を認めた学生寮の1年生」という今回の症例群の特徴に合致していると考えられた。濃厚接触者への予防内服、健康調査、強化サーベイランスにより5月18日以降は髄膜炎菌感染症の追加報告を認めず、最終接触から1カ月が経過した6月16日に本事例は終息したと判断した。

本事例から以下のような公衆衛生対応上の問題点が明らかとなり、今後の改善に向けた検討が必要である。

(1)法律上の問題点
 ・届出基準が髄膜炎菌性髄膜炎に限定されており、敗血症など他の侵襲性髄膜炎菌感染症への迅速な対応が妨げられること
 ・類型が5類疾患に分類されており、対応が遅れがちになること

(2)感染拡大防止策実施上の問題点
 ・速やかな予防内服が可能な体制が整備されていないこと
 ・髄膜炎菌ワクチンが国内で使用不可能なこと(血清群A、C、Y、W-135)

(3)髄膜炎菌感染症の臨床、公衆衛生対応に関する利用可能な情報の不足

 謝 辞
今回の調査は多くの関係者の協力により実施された。特に小林保健所、宮崎県、宮崎県衛生環境研究所、関係医療機関、当該高校の皆様に心から感謝いたします。

 参考文献
1) N Engl J Med 344: 1378-1388, 2001
2) Br Med J 332: 445-450, 2006

国立感染症研究所FETP 関谷紀貴 藤由香 田原寛之
国立感染症研究所細菌第一部 高橋英之 川端寛樹 大西 真
国立感染症研究所感染症情報センター 砂川富正 谷口清州
宮崎県小林保健所 藤本茂紘
宮崎県都城保健所 甲坂直美 相馬宏敏
宮崎県衛生環境研究所 古家 隆
宮崎県福祉保健部健康増進課感染症対策室 日高政典
宮崎県福祉保健部健康増進課 和田陽市

今月の表紙へ戻る


IASRのホームページに戻る
Return to the IASR HomePage(English)



ホームへ戻る