HIV薬剤耐性変異の動向2003〜2010年
(Vol. 32 p. 289-290: 2011年10月号)

抗HIV薬を3剤以上組み合わせて使用する多剤併用療法(combination antiretroviral therapy: cART)がHIV/AIDSの標準的な治療法として行われるようになってから15年ほど経つ。以来cARTは新薬の開発に伴い大きく進歩・改善した。積極的な薬剤開発により抗HIV薬の種類が増加しただけでなく、質的な改善、すなわち薬剤耐性ウイルスを獲得しにくい構造学的特性の付与、長い血中薬剤半減期による服薬回数の減少、そして重篤な副作用の回避が達成された。その結果、HIV/AIDS感染者の予後は大きく改善された。また、観察される薬剤耐性の頻度・変異パターンも新薬の登場に伴い変化してきている。我々が2009年に実施した全国調査では、過去に薬剤耐性と診断された症例の約7割が新薬を加えたサルヴェージ療法により良好な経過をたどっており、また、多剤耐性獲得により既存の薬剤のみでは治療に難渋する症例の頻度は2%前後であることが明らかになった。このような状況はわが国だけでなく他の先進諸国においてもほぼ同様であり、薬剤耐性の獲得により治療に失敗する症例数は減少している。とはいうものの、多剤耐性の獲得症例では致死率も高く、依然としてHIV/AIDS患者の予後を左右する重要な因子であり、その動向には注意が必要である。

図1に1997〜2009年における各薬剤クラスの代表的な耐性変異の検出頻度の推移を示したが、zidovudine、3TC/FTC、nelfinavir、saquinavir、indinavir等、現在は処方頻度の低い薬剤に対する耐性変異の検出頻度が減少傾向を示しているのに対して、現在用いられているtenofovir、abacavir、atazanavir、darunavirに対する耐性変異は検出頻度が低い(1〜2%)が、増加傾向を示している。このことは薬剤耐性獲得症例が相当に減少したとはいうものの、現在進行形の問題であることを示している。

積極的にcARTが行われている先進諸国では、薬剤耐性HIVによる新たな感染の発生が近年問題となっている。厚生労働省エイズ対策事業の研究班「国内で流行するHIV遺伝子型および薬剤耐性株の動向把握と治療方法の確立に関する研究班(以下薬剤耐性調査班)」では、新たにHIV感染が診断された症例を対象に疫学調査を実施している。薬剤耐性調査班では感染症発生動向調査に報告された症例の約4割を捉えているが、その調査結果からはわが国のHIV感染流行の主体は「日本人」、「男性」、「男性同性間性的接触(MSM)」そして「サブタイプB」であることが明確に示されており、この傾向は調査を開始した2003年以降一貫している。

薬剤耐性調査班の調査に基づく新規HIV/AIDS診断症例における薬剤耐性変異の検出率の動向を図2に示したが、2003年の5.9%以降、年ごとに増減はみられるものの、全体として増加傾向を示している。2007年には9.8%に達しており、その後2008〜2009年は顕著な増減は無く、8.5%前後を推移していたが、2010年には再び上昇し、11.9%を記録している。すなわち、わが国では新規にHIV/AIDSと診断された症例の10人に1人は何らかの薬剤耐性HIVに感染していることになる。観察される薬剤耐性変異の種類としては核酸系逆転写酵素阻害剤(NRTI)に対するものが最も多く、次いでプロテアーゼ阻害剤(PI)、そして非核酸系逆転写酵素阻害剤(NNRTI)となっている。2007年からはPIに対する耐性が増加し、NRTIに対する変異は減少の傾向を示している。個別の耐性変異を解析すると、毎年必ず検出される薬剤耐性変異が存在する。NRTI耐性のT215 revertant、NNRTI耐性のK103N、そしてPI耐性のM46I/Lは毎年必ず検出されており、これらの薬剤耐性変異を有する株は既に流行株として定着していると考えられる。幸いなことにほとんどの症例において耐性変異は単一の変異として発見されており、複数の薬剤耐性変異をもつ症例は稀である。ただしK103Nは単一で高度のNNRTI耐性を示すことから、治療レジメンの決定にあたっては有無の確認が必要である。

今日、合併症の予防や疫学的な理由からcART開始時期を早め、治療開始の指標とされるCD4+ T細胞数が従来の250個/μlから350個/μlに引き上げられているが(さらに500個/μlまで引き上げることも検討されている)、このような治療戦略の転換が薬剤耐性の獲得と伝播にどのように影響を及ぼしていくか興味深いところであり、今後の調査結果が待たれる。

「国内で流行するHIV遺伝子型および薬剤耐性株の動向把握と治療方法の確立に関する研究」班
杉浦 亙1,2,3 服部純子1
 1.国立病院機構名古屋医療センター臨床研究センター感染・免疫研究部
 2.名古屋大学大学院医学系研究科免疫不全統御学講座
 3.国立感染症研究所エイズ研究センター

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