風疹ウイルスの遺伝子解析
(Vol. 32 p. 260-262: 2011年9月号)

はじめに
世界保健機関(WHO)は風疹および先天性風疹症候群をワクチン接種によって制御すべき感染症の一つとして位置づけ、それに対する活動の一環として風疹および先天性風疹症候群に対する的確な実験室診断およびサーベイランスの整備をすすめている。特に遺伝子解析による病原体サーベイランスは、風疹ウイルス伝播の追跡を行う上で非常に重要な手法と考えられている。そのため、2004年に風疹ウイルスの系統学的な分類方法を定め、それに基づいた解析および報告を世界麻疹風疹実験室ネットワーク(The Global Measles and Rubella Laboratory Network; LabNet)に属する実験室に求めている1)。日本においては国立感染症研究所(感染研)ウイルス第三部がその任にあたっている。本稿ではWHOによって推奨されている風疹ウイルス遺伝子解析方法について解説する。

風疹ウイルスの構造
風疹ウイルスはトガウイルス科ルビウイルス属に分類される唯一のウイルスで、エンベロープを持つ直径約60nmの球形ウイルスである。ゲノムは通常9,672塩基からなるプラスセンス1本鎖RNAであり、そのG+C含有率は約70%と、これまでに配列の解析されたRNAウイルスでは最も高いことが知られている。ゲノムの5´側にはゲノムの転写複製に働く非構造蛋白質が、3´側にはウイルス粒子を形成する構造蛋白質(C、E2およびE1)がそれぞれコードされている。ウイルス粒子のエンベロープに存在するE2およびE1蛋白質はヘテロダイマーを形成し、ウイルスの感染性に関与する。特にE1蛋白質は中和抗体および赤血球凝集抑制抗体を誘導する主要な抗原となっている。

風疹ウイルスの遺伝子型分類法
構造蛋白質全領域(3,192塩基)のヌクレオチド配列解析により遺伝子型分類が行われ、現在のところ風疹ウイルスは二つのCladeに大きく分けられることが判明している2)。さらにClade1には10の遺伝子型(1a、1B、1C、1D、1E、1F、1G、1h、1i、1j)が、Clade2には3つの遺伝子型(2A、2B、2C)が存在する。Clade内のヌクレオチド変異率は5%以下であるが、Clade間では8〜10%に達する。なお、このような差があっても風疹ウイルスの血清型は単一であり、ワクチンによる免疫を回避するウイルスの存在は知られていない。認定された遺伝子型はアルファベットの大文字で示され、暫定的な遺伝子型は小文字で示される。新しい遺伝子型が認定されるためには、少なくとも2つの参照となるウイルス分離株の詳細な解析が必要とされる。

一方で野外株の解析を簡易にするために、E1蛋白質領域の一部(8,731〜9,469塩基領域;739塩基)が解析に必要な最小領域として用いられている1) 。この領域の遺伝子配列を参照株のそれらと比較することにより、構造蛋白質全領域を解析した場合と同様の遺伝子型分類が可能となっている()。感染研ウイルス第三部第二室では、要望に応じてこの領域を増幅するプライマーセットの情報の提供をしている。

世界における流行株の遺伝子型
世界各国のLabNet実験室から報告された風疹ウイルスの遺伝子型情報を元に、過去から現在にかけてどの遺伝子型のウイルスが世界のどのような地域で流行していたかが解析されている。2005年1月〜2010年5月までの期間で報告されたのは、13遺伝子型のうち9遺伝子型のウイルスである2) 。報告のなかった4遺伝子型(1D、1F、1i、2A)のウイルスは、中国のワクチン株であるBRDII株(遺伝子型2A)を除いて消失したものと考えられている。一方、世界的な流行が認められているウイルスの遺伝子型は1E、1Gおよび2Bである。1E型ウイルスは、中東、ヨーロッパ、アフリカ、西太平洋地域で発生しており、特に中国では主要な遺伝子型ウイルスとなっている3) 。1G型ウイルスはヨーロッパおよびアフリカ諸国で報告されている。2B型ウイルスは中東、ヨーロッパ、中南米、アフリカ、南〜東南〜東アジアで報告されている。その他の遺伝子型のウイルスの発生は、固有の地域に限定的である。

日本における流行ウイルスの遺伝子型の推移
日本においては1960年代後半に遺伝子型1aウイルスが流行していた。この型のウイルスが弱毒化され、現在日本におけるワクチン株として使用されている。1990年代には遺伝子型1Dウイルスが流行していたが、前述した通り現在では消失している。2000年代前半においては遺伝子型1jウイルスが主要なウイルスであった。2011年に遺伝子型1jウイルスの報告があったが、輸入症例であると推定されている4) 。近年、日本では風疹の患者報告数が低く抑えられてきたが、2011年になって各地で流行が認められている。遺伝子型の判明している株のほとんどが遺伝子型1Eおよび2Bであり、これらのウイルスが流行の主体となっているものと思われる。2009年以前ではこれらの遺伝子型ウイルスでは南アジアからの輸入例での1例のみ(遺伝子型2B)しか報告されていなかったことから、近年の世界的な流行にともなって日本にも侵入し、急速に蔓延したものと考えられる。このように風疹ウイルスは数年〜十数年ごとに遺伝子型が入れ替わりながら流行を繰り返してきている。

遺伝子型2Bウイルスはこれまで日本で流行してきたウイルスと塩基配列の置換が多いため、これまで用いられた遺伝子検出系がこの遺伝子型のウイルスを検出できるか確認をしておくことが重要であると考える。病原体検出マニュアル内の風疹の項目5) に記載されているRT-PCR用プライマーセットのうち、Primer A〜Dは遺伝子型2Bウイルスに対しては検出感度が悪い可能性があることから、もう一つのプライマーセット(E1P5〜E1P8)、もしくは感染研ウイルス第三部第二室で新規に設定したプライマーセット(要望に応じて情報提供可能)の使用を推奨する。

おわりに
WHO汎アメリカ地域およびヨーロッパ地域においては風疹および先天性風疹症候群の排除計画を積極的に推し進めている。日本の属するWHO西太平洋地域においても風疹および先天性風疹症候群の排除を目標に今後活動が強化されることが予想される。その際には麻疹排除計画の場合と同様に質の高いサーベイランス体制が必要となるであろう。麻疹の質の高いサーベイランスには、感染伝播が輸入症例に起源するか、あるいはその国に固有のものであるかを明らかにすることも含まれる6) 。それに準じるならば、風疹ウイルスについても遺伝子解析を積極的に行い、国内外における風疹ウイルスの疫学的状況の把握を継続的に行っていくことが重要であると考えられる。

 参考文献
1) WHO, WER 80: 125-132, 2005
2) Abernathy, et al ., JID 204: S524-S532, 2011
3) Zhu, et al ., JCM 48: 1775-1781, 2010
4)永田ら, IASR 32: 170-171, 2011
5)病原体検出マニュアル 風疹: 平成14年3月
6) WHO, WER 85: 490-495, 2010

国立感染症研究所ウイルス第三部
森 嘉生 大槻紀之 岡本貴世子 坂田真史 駒瀬勝啓 竹田 誠

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