風疹感染による胎内死亡例
(Vol. 32 p. 259-260: 2011年9月号)

症例:20歳女性
主徴:胎児脳室拡大
妊娠分娩歴:2経妊1経産
風疹の既往歴・予防接種歴:不明(第一子妊娠時の風疹HI価は8倍未満)
渡航歴:無し
既往歴:特記事項無し
現病歴:妊娠6週に発熱、発疹、リンパ節腫脹の三徴候を認め近医皮膚科を受診したところ、風疹を疑い血清抗体価を測定した。初診時の風疹HI抗体価は8倍未満でIgM抗体、IgG抗体は陰性であったが、2週後のペア血清では、それぞれ、風疹HI価は256倍に上昇し、IgM抗体の陽転を認め、風疹の顕性感染と確定診断された。なお、家族や周囲に風疹感染者は認めなかった。その後も近医産婦人科で経過観察されていたが、妊娠17週1日に脳室拡大を指摘され、精査加療目的に当院紹介となった。

初診時経腹エコー:不均衡型子宮内胎児発育遅延(asymmetrical IUGR)(BPD:-0.6SD、AC:-2.4SD、FL:-3.4SD)、中等度脳室拡大、心臓の構造異常なし、羊水量正常、中大脳動脈・臍帯動脈・子宮動脈の血流異常なし。

妊娠経過:複数回にわたり十分なインフォームドコンセントを行ったところ、妊娠継続を希望された。その後は妊娠経過とともに羊水量が減少し、22週以降は胎児発育停止となり、24週には羊水量はほぼ消失した。26週2日には子宮内胎児死亡(IUFD)を確認し、27週1日に225gの男児を死産した。

解剖所見:肉眼所見では、左耳介低位と両手多指症を認めたが風疹感染に特異的な所見ではなく、また白内障や他の先天異常は認めなかった。病理学的所見では、胸腺においては低形成を認め、心臓、肝臓からは胎内感染を示唆する炎症所見を認め、ウイルス感染症が示唆された。肝臓に関しては鬱血性の腫大もしくは門脈血栓(門脈静脈炎)の所見を認めた。胎盤所見では、IUFD時期よりも古いavascular villiを認め、絨毛炎の所見と考えられた。しかし、明らかな虚血像はなく、胎児側要因のIUGRと推測された。その他、甲状腺、食道、気道、肺、横隔膜、消化管、膵臓、脾臓、腎臓、副腎、骨、脊髄、眼球に明らかな異常を認めなかった。大脳は浸軟のため評価不能であった。総じていずれの所見も風疹感染に特異的なものではなく、また、すべての臓器に風疹抗体の免疫組織学的検討を行ったが、明らかな陽性所見は得られなかった。

ウイルスRNA検査:固形臓器(肺、脳、腎、肝)を各50mgずつ、液状検体(胸水、咽頭ぬぐい液、羊水)を各250μl ずつ抽出し、フェノール・クロロホルム法にてRNAを抽出し、その1/40量をnested RT-PCRによりウイルス増幅検出を行った。結果は、肺実質、肝臓、腎臓からは検出されなかったが、液状化検体である左右胸水、咽頭ぬぐい液、羊水、脳からは風疹ウイルスRNAが検出され、確定診断に至った。

考察:風疹とは、風疹ウイルス(Togavirus 科Rubivirus属に属する直径60〜70nmの1本鎖RNAウイルス)による飛沫感染であり、その伝染力は麻疹、水痘よりは弱いといわれている。ウイルス排泄期間は発疹出現の前後約1週間であり、解熱すると排泄ウイルス量は激減し、急速に感染力は消失する。潜伏期間14〜21日(平均16〜18日)の後、突然の全身性の斑状丘疹状の発疹が出現するが、通常3日程で消失する。発疹、発熱(微熱程度でおわることも多い)、リンパ節腫脹を三徴とする。不顕性感染は20〜50%程度と報告されている。成人では、発疹・発熱持続は長く、関節炎を伴うこともあるが、そのほとんどは一過性で予後良好である。稀な合併症として血小板減少性紫斑病(1/ 3,000〜 5,000人)、急性脳炎(1/4,000〜 6,000人)があるが予後良好である。

一方、妊娠初期に風疹に罹患すると先天性風疹症候群(congenital rubella syndrome: CRS)を発症することが知られている。CRSとは妊娠時の風疹感染が原因で出生時に多彩な先天異常を合併した症候群のことであるのに対して、今回経験したIUFDは、先天性風疹感染(congenital rubella infection:CRI)という概念の一症状で、CRIはCRSを含む胎児感染すべてのことである。

CRI/CRSの頻度は罹患した妊娠週数が高くなるほど発生頻度が低くなるという報告が多い。妊娠12週までの罹患では80%以上がCRIとなり、うち67%はCRS、それ以外は流産例が多い。妊娠13〜14週では54%が、妊娠15〜16週では25%がCRIとなり、妊娠19〜20週以上での罹患ではほぼCRSを発症しないとの報告がある。特に、心奇形・眼疾患合併は8週未満の罹患例で典型的で、難聴は18週までに罹患した症例で見られる。

また、症状の発現内容と発現時期とその予後は、罹患時期により程度が異なり、児に感染しない例も多い。発現内容としては、やはり難聴・心疾患・白内障の三徴が多く、早期発症で永久的に症状が持続する例が多い。CRIではIUGRが最多で、CRSでは難聴単一奇形が最多である(12週以前の罹患では13%が心奇形も合併し、13%が眼疾患も合併するという報告がある)。

原因や機序としては諸説ある。一般的に母親の感染の5〜7日後に経胎盤感染により胎児に感染するとされている。ウイルスが血管内皮を障害し、虚血、臓器障害を起こすとされている。ウイルス自身が細胞障害や増殖を抑制するため、感染児の細胞は小さくまた少数で、増殖スピードも遅い。特有の細胞のみがアポトーシスに導かれるため、選択的臓器障害がおこる。感染は慢性持続的で出生後も持続する。CRI児は1年ほどウイルスを保持しており、他者への感染リスクが指摘されている。

これまでに、風疹が流行するとCRS児出生を危惧した中絶件数が増加するという歴史があり、2004年の風疹大流行を受け厚生労働省が勧告した緊急提言によって、妊娠女性の対応についてのガイドラインが提唱された。それ以降、近年では予防接種の普及により風疹の大流行は認められず、CRSに関しては2004年の10例以降はほとんど報告がなかった。CRSの発生数は風疹の流行と相関しており、2004年以降は衰退傾向であったが、2011年は流行が危惧されている。また、自然感染やワクチン既往例でも再感染があることから、妊娠可能年齢の女性に対するさらなるワクチン接種の推奨が重要と考える。

 参考文献
1) Williams OBSTETRICS 23rd Edition, 1214-1215
2) Miller E, et al ., Lancet 2(8302): 781, 1982
3) Maria Pilar, et al ., Virology 370: 1-11, 2008

大阪医科大学附属病院産科・内分泌科
劉 昌恵 藤田太輔 亀谷英輝 大道正英
大阪府立母子保健医療センター検査科 中山雅弘
愛泉会日南病院疾病制御研究所 峰松俊夫

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