マールブルグ病の輸入症例―米国とオランダ
(Vol. 32 p. 192-193: 2011年7月号)

本項では、ウガンダの洞窟を訪れた2名の旅行者が米国およびオランダに帰国した後にマールブルグ病(Marburg hemorrhagic fever, MHF)を発症した事例をまとめて紹介する。

2008年1月4日、ウガンダに2週間滞在中に、洞窟を訪れたり、キャンプを行い野生動物に親しんだりした後に米国に帰国した44歳の女性が激しい頭痛、寒気、嘔吐、下痢に襲われた。その後びまん性の発疹があらわれ、1月6日に外来診療を受け、制吐剤を処方された。検査の結果、白血球数は900/μlと低く、AST、ALTがそれぞれ9,660、4,823 U/lと高く、急性肝炎と診断され入院した。レプトスピラ症が疑われたためにドキシサイクリンによる治療が始まった。目立った出血は認められなかった。入院中、無石胆嚢炎のために胆嚢を摘出された。検査では、レプトスピラ症、ウイルス性肝炎、マラリア、アルボウイルス感染症、急性住血吸虫感染症、MHFやエボラ出血熱を含むウイルス性出血熱(VHF)は否定された。発症10日目の検査でも、ウイルス分離陰性、抗原、抗体陰性とマールブルグウイルス(marburgvirus, MARV)感染は否定され、1月19日に退院した。退院後に貧血のために輸血を受けていた。6カ月後、この患者と同様にウガンダの国立公園(パイソン洞窟)を訪れたオランダ人旅行者がMHFで死亡したことを受け、再検査を実施したところ、IgG-ELISAにおいてMARV抗体陽性が確認され、同ウイルス感染が明らかになった。また、感染後10日目の保存血清は、nested RT-PCRで陽性を呈した。翌2009年1月22日、CDCはこの事例をWHOとウガンダ保健省に通知した。その後、この女性のツアー仲間、医療従事者、民間検査会社のスタッフなども含め、女性とコンタクトのあった者260人を調査したが、二次感染は認められなかった。この女性と配偶者は洞窟の中に15〜20分間滞在し、コウモリが頭上を飛んでいたと報告している。コウモリの排泄物で覆われた岩を登っているときに、不快なにおいのために口や鼻を1度だけ手で覆ったと言っている。この女性はパイソン洞窟のコウモリの分泌物か排泄物に曝露してMARVに感染した可能性がある。この事例以前には米国におけるVHFの輸入症例としては、ラッサ熱の2例があり、本件は3例目の輸入症例となった。また、フィロウイルスの輸入症例としては最初の報告となった。

次にオランダの事例を紹介する。2008年6月5日〜28日までウガンダを旅行し、オランダに帰国した41歳の女性が7月5日に39℃の発熱のために病院に入院した。この女性は3人の患者と同室になった。マラリア検査は陰性であり、細菌感染の疑いもありセフトリアキソンが処方された。7月7日に肝不全など急速に臨床症状が悪化し、感染症対応病棟に移された。その後、発疹、結膜炎、下痢、肝不全、腎不全、大量出血が認められた。患者血清がオランダの国立研究所とドイツの熱帯医学研究所に送られた。7月10日、ドイツの熱帯医学研究所からMARVのRT-PCR陽性との結果が報告された。IgG ELISAも陽性であった。さらに、オランダのエラムス医科大学によってMARV陽性が確認された。7月11日、患者は脳浮腫により死亡した。この患者を含む3人の旅行グループと1人のガイドは6月19日にパイソン洞窟を訪れており、コウモリが旅行者らに激突し、大量の糞が落ちていたことを同じグループの旅行者が報告している。また、このときに撮られたコウモリの写真からオオコウモリであることが明らかにされている。この事例では患者との接触者は130人であったが、体温管理により感染者はいないと判断された。さらに、130人中85人について抗体検査をした結果、すべて陰性であった。このオランダ人の患者が出たことにより、ウガンダの洞窟は閉鎖された。

MARVの自然宿主と考えられているはオオコウモリ(Rousettus aegyptiacus )はアフリカ全土に生息しているので、ヒトへの感染リスクのある国は従来MHFが発生した国より広範囲かもしれない。これらの国からの帰国者に最も多い熱帯病はマラリアであるが、急激な臨床症状の悪化がある場合には、MHFなどのVHFを疑うべきである。このように流行地からの帰国後の熱性疾患に対しては積極的にVHFを鑑別疾患とする必要がある。感染ルートはウイルスを含む血液や体液に直接接触することによると考えられている。サハラ以南のアフリカを旅行する者は、洞窟や鉱山でコウモリの分泌物からMARVに感染する危険性を知っておくべきである。

 参考文献
CDC, MMWR 58: 1377-1381, 2009
Emerg Infect Dis 15: 1171-1175, 2009

国立感染症研究所ウイルス第一部 水谷哲也 森川 茂 西條政幸

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