チクングニア熱
(Vol. 32 p. 161-162: 2011年6月号)

はじめに
チクングニア熱はチクングニアウイルスを原因とする蚊媒介性急性熱性ウイルス性疾患である。時に激しい関節痛、発疹を伴う。近年、アフリカ、南アジア、東南アジアの熱帯・亜熱帯地域を中心に流行が報告されている。2007年には温帯地域で初めての流行がイタリアで確認され、さらに2010年9月にはフランス南部においても国内流行が発生した。イタリア、フランスにおけるチクングニア熱の国内流行は日本にも生息するヒトスジシマカにより媒介されているため、チクングニアウイルスの日本への侵入、定着の可能性は否定できない。2011(平成23)年2月1日付けで「感染症の予防および感染症の患者に対する医療に関する法律」で4類感染症全数把握疾患に指定された。当該患者を診断した医師はただちに保健所を経由して都道府県知事に届け出ることが求められる。また、同時に検疫法にも検疫対象疾患として指定された。

1.チクングニアウイルスの性状
チクングニアウイルスはトガウイルス科アルファウイルス属に分類される球状(直径約70nm)のRNAウイルスである。エンベロープを有しているため有機溶媒および界面活性剤により不活化され、環境中では比較的すみやかに感染性を失う1) 。

2.チクングニアウイルスの疫学
タンザニアにおいて1952〜1953年の流行時に熱性疾患患者から初めてチクングニアウイルスが分離されて以来、チクングニア熱はサハラ以南のアフリカ、南アジア、東南アジアにおいて地域的に流行してきた1)。しかし、2004年以降ケニア沿岸およびインド洋南西諸島においてチクングニア熱が再興し、推定500,000人の患者が報告された。最も流行の激しかったレユニオン島では244,000人(全人口の34%)の患者が2005年3月28日〜2006年4月16日の間に報告され、さらに219人の死者が報告された2) 。特に高齢者に死亡例の多くが認められ、呼吸器不全、心不全、髄膜脳炎、劇症肝炎、腎不全等が報告されている。さらにチクングニア熱の流行はインドに波及し、2005年以来140万人の症例が報告されている3) 。現在スリランカ、シンガポール、マレーシア、タイ、インドネシア、ミャンマー等に流行が拡大し、現在も継続している。

3.チクングニア熱の輸入症例とイタリアおよびフランスにおける国内発生
今回のチクングニア熱の流行ではヨーロッパ、北中米、オーストラリア、アジアで多くの輸入症例が報告されている1,4) 。日本においても2006年末〜2011年1月までに19例のチクングニア熱輸入症例が報告された5) (本号特集参照)。患者の渡航先はインド、スリランカ、マレーシア、タイ、ミャンマー、インドネシアと多岐にわたっている。日本を含む東アジア、ヨーロッパ地中海沿岸、北中米、オーストラリアにも媒介蚊であるヒトスジシマカが生息しており、これらの地域でチクングニア熱が流行する可能性は否定できない6) 。イタリア北東部では2007年7〜9月の間に205人(死者1人)の患者が報告され7) 、フランス南東部のリヴィエラ地方では2010年9月に相次いで2例の国内発生例が報告された8) 。イタリアの流行ではヒトスジシマカからチクングニアウイルス遺伝子が検出されたため、イタリアおよびフランスにおけるチクングニア熱の流行はヒトスジシマカによって媒介されていると考えられている。

4.チクングニアウイルスの感染環
チクングニアウイルスの主要媒介蚊はヤブカ属の蚊である。その感染環は、デング熱と同様ヒト−蚊−ヒトである。アフリカでは自然宿主であるサルと蚊の間で森林型の感染環が存在することが確認されている。都市型サイクルの媒介蚊はアフリカ、アジアいずれの流行地域でもネッタイシマカおよびヒトスジシマカである。急性期患者のウイルス血症は非常に高く、吸血した蚊が感染蚊となる可能性は高い。したがって温帯地域においても輸入症例から感染蚊が発生し、チクングニア熱が流行する可能性がある。また特殊な針刺し事故等による実験室内感染も報告されているため医療関係者は一般的な感染予防が必要である。

5.臨床症状と実験室診断
潜伏期間は2〜12日(多くは3〜7日)で、患者の大多数は急性熱性疾患の症状を呈する。チクングニア熱を発症すると発熱、全身倦怠、リンパ節腫脹、頭痛、筋肉痛、発疹、亜急性の関節炎を呈する9) 。また出血傾向(鼻出血・歯肉出血)や悪心・嘔吐、腫脹、末梢リンパ節症、羞明、無力症をきたすこともある。急性症状の大部分は3〜10日で消失するが関節炎は数週間〜数カ月持続する場合がある。関節炎は特に指関節、手根関節、趾関節、足関節に多発し、激しい関節痛および多発性腱滑膜炎を伴う慢性末梢性リューマチ様症状を呈するため日常生活に困難を伴う。主な血液所見はリンパ球減少および血小板減少であり、肝機能障害(ALT、ASTの上昇)も認められる。

チクングニア熱はデング熱と臨床的に鑑別が難しく、アフリカ、アジアにおける分布域もほぼ一致するため、確定診断には実験室診断が必須である。実験室診断には病原体検査と血清学的検査が確立されている。前者は血清からのウイルス分離あるいはウイルス遺伝子の検出を目的とし、後者は抗ウイルス抗体の検出を目的とする。

6.治療と予防法
チクングニア熱に対する特異的治療法は存在せず、治療は対症療法である。急性期においては感染環を成立させないために、患者が媒介蚊に刺されないように注意する。起床時の関節痛は体を動かすことにより改善することがあるが、激しい運動では症状が悪化する。抗炎症剤あるいは鎮静剤により関節痛は改善するが、顕著な効果が認められず、回復に数カ月を要した症例も報告されている9)。チクングニアウイルスに対するワクチンは実用化されていない。したがってチクングニアウイルスの侵淫地域では感染するリスクを減らすため、肌の露出を避ける、忌避剤を使用する等の媒介蚊対策が必要である。

 参考文献
1) Lim CK,et al .,“Animal Viruses” Transworld Research Network,Kerala,India, p1-22, 2010
2) WHO, Wkly Epidemiol Rec 82(47): 409-415, 2007
3) Chhabra M,et al .,Indian J Med Microbiol 26(1): 5-12, 2008
4) Lim CK, et al .,Am J Trop Med Hyg 81(5): 865-868, 2009
5)水野泰孝, 他, 感染症学雑誌 81(5): 600-601, 2007
6) Kobayashi M,et al .,J Med Entomol 39(1): 4-11, 2002
7) Rezza G,et al .,Lancet 370(9602):1840-1846, 2007
8) Grandadam M,et al .,Emerg Infect Dis 17(5): 910-913, 2011
9) Simon F,et al ., Medicine (Baltimore) 86(3): 123-137, 2007

国立感染症研究所ウイルス第一部 高崎智彦

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