麻しん排除に向けた地方衛生研究所における麻しん検査の現状と課題
(Vol. 32 p. 42-44: 2011年2月号)

1.はじめに
南北アメリカ大陸、韓国等では既に麻しん排除が達成されており、わが国が属する西太平洋地域においては、2012年までに麻しんを排除する計画がWHOの主導により進められている。感染性の強さ、一時的な免疫低下による肺炎、脳症などを引き起こす重篤性、さらに麻しん罹患数年後に一定の割合(約10万例に1例)で致死的な亜急性硬化性全脳炎(SSPE)を発症することから麻しん排除は公衆衛生上極めて重要な課題であり、その達成のためには行政のイニシアチブが必須である。2008(平成20)年以降麻しんのワクチン接種が強化され、2008年に11,015例であった麻しん患者は、2009年には739例、2010年には457例と激減し、地域における流行も極めて少なく、WHOが麻しん排除の1つの条件としている人口100万人に1人未満という基準にもう少しで達しようとしている状況にある。

WHOが麻しん排除宣言のために重視している条件は、1)2回のワクチン接種率95%以上の達成と維持、2)人口 100万人に年間1人未満の患者発生の科学的証明とその維持、の主に2つである。地方衛生研究所(以下地研と略)は、都道府県が設置する麻しん対策会議のメンバーとして1)の項目のワクチン接種の促進に協力し、麻しんの検査室診断により患者発生を科学的に証明することで2)の項目に貢献することが求められている。

2.地方衛生研究所における麻しん検査の現状と課題
これまでに沖縄県、秋田県など、近年になって麻しんの流行を経験した自治体では独自に麻しん対策の強化が図られてきたが、多くの地研では、2007年の大学等における麻しんの流行と2009年1月、2010年4月の麻しん検査診断強化等に関する厚生労働省事務連絡、国立感染症研究所からのリーフレットの配布を契機として検査体制の充実が図られてきたと思われる。また、2008年から全国10カ所の地研がレファレンスセンターとなり、各ブロックにおける地研の遺伝子検査用試薬等の配布、精度管理、および血清IgM検査のバックアップを行うこととなり、地研における麻しんの検査診断体制が確立されてきた。しかし、後述するようにわが国における麻しん検査の多くは民間の検査機関でなされているのが現状である。

私たちは麻しんの検査体制の現状把握のため、2010年9月末に全地研(77機関)を対象にアンケート調査を行い、72機関から回答を得た。その結果、3カ所の中核市設置型地研を除くすべての地研で麻しんの検査が実施可能であったが、一方で全例検査体制となっている地研は27と、約4割であった。全例検査への移行が困難と予想される地研側の理由としては、人員、予算の不足等が指摘された。また、自治体担当課の体制、保健所の検体搬送体制、医療機関の協力も改善すべき点として指摘された。2009年における検査陽性例数は、433例(修飾麻しんを含む)だが、地研で検査が行われた症例数325例の中でウイルス検出数は8例に過ぎない(表1)。2010年は、麻しんの発生数が減少したにもかかわらず、地研での検査症例数は増加していることから検査体制が強化されたことが分かるが、地研の検査によるウイルス検出数が10例(1〜8月)であることから、依然としてほとんどの陽性例は民間の検査機関の結果によると思われる。

その後、2010年11月に厚生労働省から「今後は、地方衛生研究所および保健所等が連携して、麻しん患者の、発症早期の検体(咽頭ぬぐい液、血液、尿)を可能な限り確保し、遺伝子検査を実施する」ことを促す通知(本号14ページ参照)が発出されたことから、地研における検査体制はさらに強化されると期待される。今後、医療機関への協力の徹底、検査数が増加した場合の予算措置等を図る必要があると思われる。

3.目標とする検査体制
麻しん発生数の把握については、臨床診断ではなく、質の高いサーベイランスに基づく検査診断がなされていることが求められている。WHOによる、質の高いサーベイランスの基準については、本号4ページを参照されたい。

WHOは、検査に関する情報を毎月報告することを求めており、このことにすべて地研が協力し、集計する体制を構築する必要がある。本号5ページSection Aから、日本全体の年間検査数は、2,000例以上必要であり、かつ自治体ごとの偏りが少なくなければならない。さらに、遺伝子検査によって現状における地域流行株を把握し、今後輸入例を証明していくことによりdomesticな株による流行を否定していく必要がある。

4.地方衛生研究所における検査の意義(検査棄却例の経験から)
2010年4月山口県では、麻しん疑い患者全例について診断早期に環境保健センター(地研)で検査する体制に移行した。その後2011年1月現在までに4例の麻しんが疑われた患者について検査し、いずれも陰性となった。なかでも民間の検査機関で検査されていれば麻しんと診断された可能性が高い棄却例を経験したので報告する。

症例は、10カ月男児。発熱6日後に小児科を受診し、コプリック斑らしきものを口腔内に認める。2日後に発疹を認めたので、麻しんの発生届が提出された。症状は、発熱、下痢、気管支炎、発疹であった。発疹出現2日後に採取した咽頭ぬぐい液、血液、尿のPCR検査では陰性。血清IgM値は2.1と、薬事法の基準である1.2を超えており、陽性と判断される値であった。IgMについては、非特異的上昇を認めることがある(IgG産生性形質細胞へと分化する過程でsomatic mutationとclonal selectionによって特異性が高くなっていく)ことから、ペア血清のIgGを測定した。2週間の間隔をおいて測定した血清IgG値は0.17および0.22と極めて低く、PCR陰性結果、IgM値が2.1と軽度の上昇であったことから総合的に判断して麻しんを否定し、発生届は取り下げられた。

本症例は、地研で検査されなければIgM値のみに基づき麻しんと診断されていた例である。山口県の人口は145万人であり、麻しん発生数が年間2例未満となって初めて排除宣言が可能となる。従ってこのような症例を地研において丹念に検査していく必要があり、すべての届出例を地研で検査する体制を全国の自治体で確立する必要があると思われる。

山口県環境保健センター
調 恒明 渡邉宜朗 戸田昌一 濱岡修二 岡本玲子 冨田正章

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