2010年度麻疹血清疫学調査ならびに予防接種率調査―2010年度感染症流行予測調査中間報告(2011年1月現在速報)
(Vol. 32 p. 36-39: 2011年2月号)

はじめに
感染症流行予測調査事業は、1962年に伝染病流行予測調査事業(1999年度からは感染症流行予測調査事業)として始まった全国規模の血清疫学調査(感受性調査)および病原体保有状況調査(感染源調査)である。実施主体は厚生労働省健康局結核感染症課であり、都道府県、地方衛生研究所、国立感染症研究所がそれに協力している。

麻疹の感受性調査は1978年に開始され、以後1979、1980、1982、1984、1989〜1994(毎年)、1996、1997、2000〜2010(毎年)年度に調査が実施されている。

抗体測定法は1996年に、赤血球凝集抑制(hemagglutination inhibition: HI)法からゼラチン粒子凝集(particle agglutination: PA)法に変更になり、2010年度はPA法になってから13回目の調査である。

本報告は、最新年度である2010年度調査のうち、2011年1月6日現在、麻疹PA抗体測定結果報告のあった22都道府県(北海道、宮城県、山形県、福島県、茨城県、栃木県、群馬県、千葉県、東京都、新潟県、石川県、長野県、愛知県、三重県、京都府、大阪府、山口県、香川県、高知県、福岡県、佐賀県、宮崎県)および、麻疹含有ワクチン接種歴の報告があった24都道府県(北海道、宮城県、山形県、福島県、茨城県、栃木県、群馬県、千葉県、東京都、新潟県、富山県、石川県、長野県、三重県、京都府、大阪府、山口県、香川県、愛媛県、高知県、福岡県、佐賀県、熊本県、宮崎県)から報告された結果について、速報として報告する。

なお、詳細は2011年度発行予定の平成22(2010)年度感染症流行予測調査報告書(厚生労働省健康局結核感染症課、国立感染症研究所感染症情報センター)を参照されたい。

年齢別麻疹単抗原ワクチン、麻疹風疹混合(MR)ワクチン、麻疹おたふくかぜ風疹混合(MMR)ワクチン接種率図1
2006年4月から定期接種としてMRワクチンの接種が可能となり、麻疹の定期接種にMRワクチンを選択する割合は増加している。また、2006年6月2日から1歳(第1期)と小学校入学前1年間の幼児(5〜6歳)(第2期)を対象とする2回接種、2008年4月1日から5年間の措置として導入された中学1年生に相当する年齢(第3期)と高校3年生に相当する年齢(第4期)に対する2回目の接種機会の賦与により、2回接種者の割合の増加が本調査からも明らかである。一方、MMRワクチンは現在国内では使用されていないため、1989〜1993年に定期接種として受けた世代(当時、生後12カ月以上72カ月未満で、麻疹の定期接種の際に、麻疹単抗原ワクチンの代わりにMMRワクチンの選択が可能であった)以外は、ほとんどが海外での接種と考えられる。

麻疹含有ワクチン(麻疹単抗原ワクチン、MRワクチン、MMRワクチン)を少なくとも1回以上接種した者の割合は、2005年以降大きな変動はないが、20歳を超えると接種歴不明者の割合は急激に増加していた。接種歴不明2,997名を含む7,485名でみると、麻疹含有ワクチンの接種率は86.6%で、2009年度(86.9%)とほぼ同等であった。

年齢別の麻疹含有ワクチンの接種率は、1歳では17.3%が接種歴不明で、未接種者の割合は16.1%であった。2歳では10.3%が接種歴不明であったものの、未接種者の割合が1.4%に減少し、2歳での接種率は良好であった。

2006年度から始まった2回接種の状況を見ると、第2期対象年齢(5〜6歳)を過ぎた年齢層、あるいは現在定期接種対象期間である年齢層での2回接種率は前後の年齢層より高いものの、現時点では十分とはいえない。

思春期〜若年成人を中心とする2007年の麻疹全国流行を受けて、2012年度までに国内から麻疹を排除し、その状態を維持することを目標として、厚生労働省が2007年12月28日に告示した「麻しんに関する特定感染症予防指針」に基づき、2008年4月1日から5年間の時限措置で始まった中学1年生相当年齢の者(第3期)と高校3年生相当年齢の者(第4期)に対する接種率は、厚生労働省健康局結核感染症課・国立感染症研究所感染症情報センターの調査によると、2008年度は第3期が85.1%、第4期が77.3%、2009年度は第3期が85.9%、第4期が77.0%であり(本号9ページ参照)、排除に向かう目標の一つである95%以上は達成できていない。2010年度の本調査では、12〜15歳、17〜20歳に2008年度以降本調査までに第3期、第4期として2回目の接種を受けた者が存在する。13歳で47.4%、14歳で46.7%、18歳で42.7%、19歳で34.6%となり、次年度(2011年度)以降の定期接種対象年齢である10〜11歳、15〜16歳と比較すると、その割合は明らかに高く、定期接種第3期ならびに第4期の効果が認められていた。今年度(2010年度)の第2期、第3期、第4期の対象者は、定期接種として市町村・特別区の公費負担で受けられるのが2011年3月31日までであるため、必ず2回目の接種を受けて欲しい。これまで1回も受けていなかった者は、1回目としてこの機会を逃さずに接種して欲しい。

年齢/年齢群別麻疹PA抗体保有状況図2
2011年1月6日現在、22都道府県で合計 6,517名の麻疹PA抗体価が測定され、報告があった。採血時期は概ね2010年7〜9月である。1:16以上の抗体保有率は、0〜5カ月齢は移行抗体と考えられるが66.7%、6〜11カ月齢が 7.0%で最低となり、1歳では抗体保有率が67.4%で、定期接種(第1期)の効果と考えられた。しかし、0〜1歳児の抗体保有率は現時点では十分とはいえない。一方、2歳になると、抗体保有率は95.5%と急増し、1歳での定期接種(第1期)の接種率は極めて高く維持されていると考えられた。麻疹排除を達成するためには、すべての年齢コホートで95%以上の抗体保有率が求められているが、この目標が達成できていないのは、0〜1歳を除くと、3歳(94.8%)および10歳(94.8%)、11歳(94.1%)、12歳(92.0%)であった。これらの年齢層は今年度以降、第2、3期の接種対象となる年齢層である。

ただし、麻疹の発症を確実に予防するためには、PA抗体陰性者はもちろんのこと、少なくとも1:128以上、できれば1:256以上の抗体保有が求められる。そこで、第2期(6歳になる年度)、第3期(13歳になる年度)、第4期(18歳になる年度)について1:128以上あるいは1:256以上の抗体保有率をみると、前後の年齢層と比較して高い抗体保有率であり、2回目接種の効果が認められた。今後継続される第2期と、2012年度まで継続される第3期、第4期の接種率を95%以上に高めて、より確実な麻疹予防効果を期待したい。

年齢/年齢群別麻疹PA抗体保有状況の年度別比較図3
第3、4期が始まった前年度の2007〜2010年度までの1:16以上および1:256以上の抗体保有率を比較すると、9〜19歳の抗体保有率の低い年齢群は、第3期、第4期の接種効果により、1:256 以上の抗体保有率が上昇していた。しかし、2009年度と2010年度を比較すると、採血が実施された7〜9月の抗体保有率は2010年度の方が2009年度より約10ポイント低く、接種の時期が遅くなっている傾向が考えられた。今後2012年度まで継続される第3期、第4期の接種による効果に加えて、第1期、第2期の接種率を高く維持し、国民の抗体保有率を高く維持しておくことが期待された。

幾何平均抗体価と予防接種回数別麻疹抗体保有状況図4図5図6図7
355名の抗体陰性者を除いた抗体陽性者全体(n=6,162)の幾何平均抗体価は28.8(458.2)であった。図4に、抗体陽性者の年齢/年齢群別幾何平均抗体価を示す。0〜1歳、4歳、9〜12歳、15〜17歳、20代の年齢層で幾何平均抗体価が平均以下であった。これらの年齢層は、2回接種の対象ではない層、対象年齢に達していない層、あるいは2010年度に定期接種として2回目の接種機会がある年齢層に概ね一致していた。

次に、予防接種回数別に、2回以上接種群、1回接種群、未接種群に分けると、それぞれの幾何平均抗体価は28.9 (473.5)、28.8(437.7)、29.1(564.5)であり、未接種群(罹患群と考えられる)が最も高く、次いで2回接種群、1回接種群の順であった。

接種回数別年齢別に麻疹抗体保有状況を示す。図5には麻疹含有ワクチン1回接種者の麻疹抗体保有状況を示した。primary vaccine failure(PVF)と考えられる抗体陰性者(1:16未満)が3.4%存在し、接種後年数の経過とともに抗体が減衰、あるいは最初から抗体獲得が不十分であったと考えられる1:16、32、64の低い抗体価の者を加えると、全体で14.1%存在した。抗体陰性および低い抗体価の者の割合が15%を超えていた年齢層は、1歳、6歳、9〜13歳、15〜17歳、60歳以上であった。60歳以上を除いて、今後2回目の接種機会が得られる年齢群であり、忘れずに2回目の接種を受けてほしい。

図6には、麻疹含有ワクチン2回接種者の抗体保有状況を示した。2回接種者784名の抗体陽性率は98.2%であった。このうち、1:16、32、64の低い抗体価の者は16人のみであった。

図7には、麻疹含有ワクチン未接種者の抗体保有状況を示した。1〜4歳では86.4%、5〜9歳では25.0%、10代では20.0%、20代では6.5%、30代前半では1.3%、40歳以上では1.1%が抗体陰性で、近年の麻疹の流行状況では、ワクチン未接種にかかわらず、この年齢まで麻疹罹患を免れることが推察された。

まとめ
2010年度調査で明らかになった結果は、2009年度の結果に引きつづき、第1期〜第4期の定期接種による抗体保有率の上昇である。さらに、第2期、第3期、第4期による2回接種者の増加に伴う抗体陰性者の減少、抗体価の上昇、MRワクチン接種者の増加は、麻疹のみならず風疹対策にも効果が期待される。

WHOはワクチン導入以降に生まれた人々の予防接種率を定期的にモニターするべきとしており、その方法は1回目と2回目の麻疹含有ワクチンの接種率(定期接種あるいは適切な年齢群での補足的接種)が、すべての地域で95%以上を達成し、維持されることが目標であるとしている(本号4ページ参照)。しかし、現在の日本の現状は、その目標を達成していない。また、麻疹排除に向けた進展を監視する手段には、抗体保有率と麻疹確定例の監視があり、抗体保有率の間接的な指標が予防接種率であることから、本調査はまさしく直接的な方法で監視している極めて重要な調査である。

1:16以上の抗体保有率が95%以上の目標を達成できていないのは、0〜1歳を除くと、2010年は、第2期、第3期の接種年齢に達していない3歳と10〜12歳であった。ただし、発症予防には少なくとも1:128以上、できれば1:256以上の抗体保有が求められることを考慮すると、0〜1歳を除くすべての年齢層に5〜20%程度の抗体不十分な者が存在することは憂慮すべきである。麻疹の好発時期である春になるまでに、積極的な予防接種の勧奨を続けることが必要である。

麻疹は感染力の極めて強い重症の感染症であり、発症すると対症療法以外に根本的な治療法はない。麻疹は予防接種で予防可能な疾患である。個人を麻疹罹患から守るだけでなく、学校での麻疹集団発生の予防、ひいては定期接種の対象年齢に達していない0歳児や、予防接種を受けたくても受けられない基礎疾患を保有する人および抗体保有が不十分な妊婦を麻疹罹患から守ることにもつながる。本調査は年齢群別抗体保有率が明らかになることに加えて、予防接種の効果を見る意味においても極めて重要であり、引き続き継続していくべき重要なサーベイランスと考える。そのためには、各部署の連携とともに、地方衛生研究所の役割が一層期待される。

本事業は、厚生労働省健康局結核感染症課、担当都道府県・都道府県衛生研究所・保健所・医療機関、国立感染症研究所ウイルス第三部との共同により実施されている。

国立感染症研究所感染症情報センター
多屋馨子 佐藤 弘 新井 智 北本理恵 岡部信彦
2010年度感染症流行予測調査事業麻疹感受性調査・接種率調査担当:
北海道、宮城県、山形県、福島県、茨城県、栃木県、群馬県、千葉県、東京都、新潟県、富山県、石川県、長野県、愛知県、
三重県、京都府、大阪府、山口県、香川県、愛媛県、高知県、福岡県、佐賀県、熊本県、宮崎県および各都道府県衛生研究所

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