世界麻疹排除計画の現状と世界麻疹風疹実験室ネットワークの役割
(Vol. 32 p. 33-34: 2011年2月号)

感染症発生動向調査によると、2008年の麻疹報告数は11,015例、2009年は 739例、2010年は 457例と、わが国の麻疹患者の数は大幅に減少した。2008年、WHO西太平洋地域における麻疹患者の97%以上がわが国と中国からの発生であったが、ようやくわが国もそのような不名誉な状況から脱却しつつある。大幅な麻疹患者の減少は、2006年からの麻疹含有ワクチン2回定期接種の開始、2008年からの中学1年生、高校3年生相当年齢者への5年間の補足的ワクチン接種の開始、ならびに全国の自治体、医療機関、保健所等の活動の努力に負うところが大きいが、一方、この劇的な麻疹患者数の減少が、2007年の大きな麻疹流行の結果、多くの者が実際の感染によって免疫を獲得したことによるところもある。しかしながら、いずれにせよ、現在のわが国の免疫保有者の割合は非常に高く、今後気を引き締めてワクチン接種を徹底することにより、わが国も麻疹排除へと向かうことができると思われる。

麻疹は、世界中の誰もが罹患する感染症の中では最も致死率の高い感染症である。われわれはワクチンの効果によって、この重大な疾病から守られていることを再認識すべきである。麻疹を「排除(ある地域において常在する麻疹ウイルスによる伝播の無い状態)」そして「根絶(もはや世界のどこでも患者発生のない状態)」させようと、世界中の国々が活動を行っている。WHO西太平洋地域事務局は同地域から2012年までに、わが国政府もわが国から2012年までに麻疹を排除することを目標に掲げている1) 。麻疹は非常に伝染力の強い感染症であり、患者の見落としがあっては、いつまでたっても排除を達成することはできない。排除を達成できない国があると、その国のみならず、すでに排除を達成した他の国を、常に麻疹の脅威にさらすことになる。そのため、WHOでは、麻疹患者を見落としなく、しかも確実に診断するために、各国に対して、質の高いサーベイランスを整備すること、そして、少なくとも80%以上の麻疹疑い患者から臨床検体を確保し、WHOの基準に準拠した精度管理のなされた実験施設で検査を実施し、即座にWHOへ報告することを求めている2) 。実際に求められるサーベイランスや検査診断の事項は、「排除」「根絶」という非常に高い目標に立脚しており、とても容易とは言いがたいが、世界の一員として努力を続ける必要がある2) 。

WHO汎アメリカ地域では、2002年にすでに「排除」が達成され、今なおその状態を保持している。ヨーロッパ地域、東地中海地域では昨年(2010年)が麻疹排除の目標年であったが、その達成は困難そうであり、目標年が再検討されている3) 。日本を含む西太平洋地域においては、太平洋諸島の国々を中心にすでに(37カ国のうちの)半数以上の国で排除もしくは排除に近い状況になっている4) 。韓国は2006年に麻疹排除の達成を宣言し、オーストラリアもまた、2005年以降、排除の状態にあると報告されている5) 。アフリカ地域は、これまで排除を目標とすることは困難とされてきたが、近年、大幅に麻疹患者数が減少しており、2020年が排除の目標年に設定された。南東アジア地域でも大部分の国が、大幅な患者数の減少を達成しているが、インドにおいて対策が遅れており、依然として排除を目標とすることは困難とされている。

中国では2008年約13万例の報告があり、わが国とともに西太平洋地域における麻疹対策の遅れた国とされてきたが、地方の研究所と中国疾病管理予防センターとが連携して、大規模な血清学的検査診断や流行ウイルス株の解析研究を展開するとともに、2010年9月11日〜20日には、約1億人の小児を対象とした麻疹ワクチンの接種を実施した。わが国、中国の対策強化により、今後、西太平洋地域の麻疹排除計画とその対策は、本格的な排除へ向けて新たな局面を迎えると思われる。

検査診断法には、それぞれ長所、短所があり、わが国では、RT-PCR法によるウイルス遺伝子の検出、ならびに血清学的検査による特異抗体の検出をともに実施することを推奨している。地方衛生研究所や国立感染症研究所では、全例を目標にRT-PCR検査を実施している。一方、発展途上国では、ウイルス遺伝子を検出するためのRT-PCR法を、検査診断に一般的に利用することは困難である。WHOでは、特異的IgM抗体の検出を目的としたELISA法を標準法として推奨している。世界的な麻疹根絶を見据えて、発展途上国を含めた世界中の検査診断の質を高く維持していくためには、世界全体を網羅し、かつ少なくとも検査環境の恵まれていない地域を技術的に援助しうる診断ネットワークが必要である。そのため、現在、世界中の約160カ国の約700実験室が、世界麻疹風疹実験室ネットワーク(The Global Measles and Rubella Laboratory Network: LabNet)を形成して、世界麻疹排除計画を支えている。わが国の国立感染症研究所ウイルス第三部は、WHOに精度管理がなされた研究室として国の検査体制の中核を担い、同時に、Regional Reference Laboratory(RRL)として西太平洋地域の一部の国を技術的に支援し、かつ、Global Specialized Laboratory(GSL)として世界麻疹排除計画に必要な診断、検査、検体輸送などの技術開発を担うよう求められている。

これまでわが国は、科学技術的にも、経済的にも、世界のトップレベルであるといわれてきた。麻疹の検査法についても、非常に高い技術と実績を有している。世界からRRL、GSL機能を期待される理由はそこにある。しかしながら、最近の韓国、中国の大規模かつ優れた感染症対策の活動、研究体制、それらを実施するための充実した研究施設をみると、一気に追いつかれた、あるいは追い抜かれたかのような印象を強く受ける。しかしながら、感染症対策は、全国の医療機関、保健所、地方の衛生研究所、あるいは地方自治体、教育機関など感染症が発生する現場の方々との地道な連携のもとに成されるものである。麻疹対策がわが国の感染症対策の実力を世界に示す好機になるものと期待したい。

 参考文献
1)麻しんに関する特定感染症予防指針(厚生労働省告示第442号)
2) WHO, WER 85: 490-495, 2010
3) WHO, EUR/RC60/15, 2010
4) CDC, MMWR 58: 669-673, 2009
5) Heywood AE, et al ., Bull World Health Organ 87: 64-71, 2009

国立感染症研究所ウイルス第三部 竹田 誠 駒瀬勝啓 森 嘉生

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