The Topic of This Month Vol.32 No.1(No.371)

厚生労働省院内感染対策サーベイランス事業−JANIS
(Vol. 32 p. 1-2: 2011年1月号)

厚生労働省院内感染対策サーベイランス(Japan Nosocomial Infections Surveillance)事業(以下、JANIS)は、わが国における薬剤耐性菌の分離状況と薬剤耐性菌による感染症の発生状況、および、院内感染の発生状況に関する情報提供を目的とする。対象は原則として200床以上の医療機関で、本サーベイランスの趣旨に同意した全国の約 1,000の医療機関(2011年1月現在)が参加しており、提出されたサーベイランスデータは解析された後、参加医療機関に還元されるとともに、一般に公開されている。JANISは5部門で構成されており、検査部門は、薬剤耐性菌の分離状況、全入院患者部門は主要な薬剤耐性菌感染症の発生状況を把握する一方で、手術部位感染(SSI)部門、集中治療室(ICU)部門、新生児集中治療室(NICU)部門は、院内感染の発生状況に関するデータを薬剤耐性の有無を問わず広く収集し、解析している。

JANIS発足の背景:わが国の医療現場における薬剤耐性菌の問題は1980年代のメチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)の蔓延により広く認識されるようになった。1990年代に入ると、カルバペネム系抗菌薬に高度耐性を示すIMP-1型メタロ-β- ラクタマーゼ産生グラム陰性桿菌や、バンコマイシン耐性腸球菌(VRE)の分離報告が国内の医療機関より相次ぎ、薬剤耐性菌の実態や動向を把握するためのサーベイランス体制の整備が喫緊の課題となった。

このような状況のもと、JANISは、1997〜1999(平成9〜11)年度の厚生科学研究費補助金「薬剤耐性菌による感染症のサーベイランスシステム構築に関する研究(主任研究者・荒川宜親)」と「薬剤耐性菌症例情報ネットワーク構築に関する研究(主任研究者・岡部信彦)」によりその基本システムが設計・構築され、2000(平成12)年7月に事業化された。当初は薬剤耐性菌感染症の発生状況を把握するサーベイランスの構築を計画していたが、薬剤耐性菌対策と院内感染対策とは密接に関連し、医療現場で両者を切り離すことは不可能であることを踏まえ、院内感染の発生状況も含めた枠組みでのサーベイランスとなった。事業開始時は検査部門(本号4ページ6ページ)、全入院患者部門(本号10ページ)、ICU部門(本号13ページ)の3部門構成であったが、2002年にSSI部門(本号12ページ)、NICU部門(本号15ページ)が加わり、現在の5部門構成となった。

システムの更新:事業開始以降、JANISは、わが国における薬剤耐性菌感染症や院内感染の発生状況に関する実態を把握するという一定の役割を果たす一方で、定期的にデータを提出することの負担から参加医療機関の漸減が問題となっていった。そのため、JANISの研究支援を行っている厚生労働科学研究費補助金「薬剤耐性菌の発生動向のネットワークに関する研究(主任研究者・荒川宜親)」によりシステム更新作業が開始された。JANISへの参加は任意であり、参加を義務付ける法的な根拠や財政的な補助は無く、質の高いサーベイランスデータを定期的に提出する参加医療機関を一定数確保するには、データ提出に伴う負担を軽減し、かつJANISに参加することの利点を大きくするようなシステムの改善が必要であった。

まずは一般向けの公開情報や医療機関向けの還元情報を見直し、元となるデータの信頼性が担保し難く解釈が困難なものや、継続的に動向を把握する必要性が乏しいものは廃止した。次に公開情報・還元情報を作成するために必要不可欠なデータ項目のみの提出を求めることにより、収集データ項目を大幅に削減し、参加医療機関の負担軽減を図った。

一方で、参加医療機関向けの還元情報の有用性を高めるため、自施設の成績を全国のそれと比較評価できるよう、全参加医療機関の成績分布を「箱ひげ図」(本号5ページ図2参照)で示し、自施設の成績をその中にプロットした図や、自施設成績の月別の推移グラフなどを加え、そのまま院内感染対策委員会の資料として利用可能な図表形式に改善した(本号7ページ)。さらに、それまで部分的な運用にとどまっていたJANISのホームページ内容を充実させ、サーベイランスに関するあらゆる問い合わせもE-mailで受け付けるなど、医療機関のサーベイランス開始と継続を支援する体制を強化した(http://www.nih-janis.jp/)。

これらの取り組みの結果、2007(平成19)年7月にJANISは多くの新規参加医療機関を得て、新システムに移行した。新システム移行後3年が経過した現在、年1回の定期的な募集により参加医療機関は全国の対象医療機関の3〜4割に達し、データ提出率も8〜9割以上と高い水準が維持され、JANISは薬剤耐性菌と院内感染に関する公的な全国規模のサーベイランスとして定着しつつある。

運営体制:JANISは厚生労働省医政局指導課の事業であり、実施主体は国である。運営の実務は、国立感染症研究所細菌第二部内に設置された事務局が、JANISデータベースの管理と運用を国より委託された専門業者とともに担当している。また、JANISの研究支援を目的とした厚生労働科学研究費補助金による研究班[現在は、「2009〜2011(平成21〜23)年度新型薬剤耐性菌等に関する研究(研究代表者・荒川宜親)」(http://www.nih.go.jp/niid/bac2/janis/)]が事務局の調整のもと、公開情報の概要作成と内容の精査を行い、かつ、サーベイランスに必要な様々な判定基準の整備や見直しを担っている。

一方で、JANISの適切な運営を行うため、指導課により組織された院内感染対策に関する学識経験者からなる院内感染対策サーベイランス運営委員会が年1、2回程度開催され、サーベイランスの運営体制や公開情報の妥当性について指導課に提言を行っている。提言は研究班と事務局による実務的な手続きを経て運営や公開情報に反映される。

公開情報と還元情報:JANISでは2種類の情報を発信している。一つは、全国の医療機関における院内感染の発生状況や薬剤耐性菌の分離状況を広く公衆衛生関係者・一般国民に提供することを目的とした「公開情報」であり、もう一つは参加医療機関のデータを個別に集計・解析し、医療機関での感染対策の評価に活用してもらうことを目的とした「還元情報」である。公開情報はJANISホームページ(http://www.nih-janis.jp/)上で一般に公開され、制限なく閲覧することができる(本号3ページ)。一方で還元情報は参加医療機関専用サイト内で自施設の分のみ閲覧可能となっている。公開情報・還元情報は部門ごとにサーベイランスデータの提出頻度に合わせて、月報、四半期報、半期報、年報が作成されている(表1)。

今後の課題:JANISが発信する情報の信頼性を保つためには、データの精度管理が重要であり、信頼性の高い情報を迅速に発信し続けるため、現在、精度管理の効率化が推し進められている(本号16ページ)。

また、JANISは現在、原則として200床以上の医療機関を対象としているが、わが国は200床未満の医療機関が約7割を占めており、これらの医療機関を今後どのような形でサーベイランスの対象に含めるのか検討が必要である。

さらに、JANISはその設立の経緯により、データの提出から情報の還元までが参加医療機関と実施主体である国との間で成立しており、保健所や地方衛生研究所などの地方保健行政機関がほとんど関与していないため、今後の情報共有体制の整備が急がれる。

最後に、2010年に問題となったNDM-1型メタロ-β- ラクタマーゼ産生菌は、その判定が薬剤感受性データのみでは不可能で、PCR法による耐性遺伝子の解析が必要であった(http://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou19/multidrug-resistant-bacteria.html)。薬剤耐性菌の疫学を理解する上で、現在JANISで収集している菌種や薬剤感受性パターンといったデータだけではなく、耐性遺伝子の保有状況や遺伝的型別の解析データが必要な時代になりつつある。今後、菌株の解析によってのみ得られる分子疫学的な情報をどのように収集し、JANISの情報と統合していくのか、検討を始める必要があると思われる。

今月の表紙へ戻る


IASRのホームページに戻る
Return to the IASR HomePage(English)



ホームへ戻る