海外と国内の他のサーベイランスシステム
(Vol. 32 p. 17-19: 2011年1月号)

1.NNISシステム
医療関連感染サーベイランスに対し、他国に先駆けて取り組んできたのがアメリカである。CDC(Centers for Disease Control and Prevention)が1970年にNational Nosocomial Infections Surveillance (NNIS)システムを立ち上げた。主な目的は、CDCが院内感染対策に関する方針を打ち出していくための基礎資料とすることであった。同時に各医療機関においても、自施設での院内感染に関する現状を把握しなければ感染対策の方向性が見いだせないことも認識されはじめた。CDCが全国的に統一された手法で実施するサーベイランスシステムを展開することは、両者のニーズに合致した。

NNISシステムに参加する施設は、当初すべての院内感染を対象として、検出された病院感染の患者要因、感染の詳細、リスク因子などを表形式でCDCへ報告し、CDCはそれを集計・分析して参加施設へ年1回程度フィードバックしていた。並行して行われたSENIC(Study on Efficacy of Nosocomial Infection Control)プロジェクト1) では、院内感染サーベイランスが院内感染の減少に寄与することが確認された。

また、特定の集団における特定の院内感染をサーベイする「対象限定サーベイランス」がその集団における特定の院内感染を減少させることも明らかになった。そこでNNISでは1986年より以下の対象限定サーベイランスの要素を新たに追加した。(1)集中治療室(ICU)患者の中心ライン関連血流感染(CLABSI)・カテーテル関連尿路感染(CAUTI)・人工呼吸器関連肺炎(VAP)、(2)新生児集中治療室(NICU)患者のCLABSI・VAP、(3)外科系患者における手術部位感染(SSI)。その後、検査室や薬剤部から得るデータとして、薬剤耐性菌と抗菌薬使用のサーベイランスも追加された。

包括的サーベイランスは病院全体の状況を把握することができるが、マンパワーを必要とする割には得られたデータを対策立案に向けて有効に活用することが困難である欠点があった。NNISによるサーベイランスは急速に対象限定へ移行していき、1999年にNNISは包括的サーベイランスのデータ収集を廃止した。

2.NHSNシステム
NNISシステムを発展させ、2006年に発足したのがNHSN(National Healthcare Safety Network)システムである。NHSNは基本的にNNISを継承し、1995年に開始された職業感染(針刺し損傷など)のサーベイランス(NaSH)、1999年に開始された外来透析患者の感染サーベイランス(DSN)を一元化したものである。

NHSNシステムはデバイス関連感染(CLABSI、CAUTI、CAVAP)とSSIを主なターゲットとしていることに変化はない。しかしNHSNへの移行にあたり、CLABSIやCAUTIの判定基準が多少変更された。SSIサーベイランスでは、手術の分類の組み替えやリスク調整因子の追加が行われた。筆者は2004年にCDCに在籍し、この手術分類の改訂作業の一端を担当したが、外科医の立場から様々な意見を提示し、その一部が改訂に組み込まれた。

NNISシステムは入院患者のみを対象としていたが、NHSNでは医療を受けるすべての患者を対象とした。その意味で対象とするイベントはもはや「院内」感染ではなく、「医療関連感染」である。また、アウトカム(感染症の発生)だけでなく感染対策のプロセス(中心ライン挿入時のマキシマルバリアプリコーションの遵守度など)を測定するサーベイランスが追加された。

参加施設数は当初NNISの最終参加施設数と同じ約300であったが、アメリカにおける医療関連感染の一部報告義務化に伴い、急速に施設数が増え現在では2,500を超えた。CDCが行うNHSNのデータは名実ともにアメリカのナショナルデータである。

3.その他の国のサーベイランス
1990年代に主にヨーロッパの国々でサーベイランスシステムが確立されていったが、いずれもNNISシステムに沿って構築されている。例えば、オランダのPREZIESはSSIなど、ドイツのKISSはICU・NICUにおけるデバイス関連感染と手術患者のSSIを対象として開始された2) 。両者の主体がオランダはRIVM(国立衛生研究所)、ドイツはベルリン大学と対照的であるのも興味深い。

4.日本のサーベイランス(JANIS以外)
NNISの手法を学んだ先進的な感染対策の専門家が1990年代に施設レベルで院内感染サーベイランスを開始しているが、全国的な取り組みとはならなかった。1998年に日本環境感染学会の事業としてSSI サーベイランスシステムを確立しようという動きが東京医療保健大学の小林寛伊先生を中心に起こり、1999年に日本病院感染サーベイランス(Japanese Nosocomial Infections Surveillance、JNIS)が樹立された3) 。

当初の対象はSSIのみであり、8施設で試行的に開始された。CDCから改訂SSI防止ガイドラインが発行され、日本にもたらされた時期でもあり、SSIやその防止に対する関心が高まっていた時期であった。SSI がサーベイランスの対象として選択されたのは自然な流れでもあった。収集すべきデータや解析方法などのサーベイランスの手法はNNISに準じたが、手術の分類はNNISに若干の修正を加えた。例えば大腸手術を結腸と直腸に分離したが、この修正はNHSNが我々に合わせる形となった。

2002年には参加施設数が51に達し、同年発足したJANISのSSI部門にJNISの参加施設がそのまま登録された。以後、JNISによるSSIサーベイランスはJANISのSSI部門と並行して継続・実施されている。

JNISは2009年にJHAIS(Japanese Healthcare-Associated Infections Surveillance)と名前を変え、デバイス関連感染のサーベイランス(ICUにおけるCLABSI、CAUTI、VAP)も追加した。これらについてはNHSNの診断基準に沿って実施しており、国際比較が可能なデータベース構築をめざす。一方、SSIサーベイランスについては、(1)JANISによるSSIサーベイランスが確立している、(2)NHSNの手法によるSSIサーベイランスは、手術の分類やデータ収集項目、リスク因子など様々な課題を抱えている、といった現状を踏まえ、JHAISでは研究的なデータ収集や解析を行うのが今後の役割であると考えている。

 参考文献
1) Haley RW, et al ., Am J Epidemiol 121: 182-205, 1985
2)森兼啓太, 環境感染誌 19(2): 315-319, 2004
3)森兼啓太,他, 環境感染誌 17(3): 289-293, 2002

山形大学医学部附属病院検査部 森兼啓太

今月の表紙へ戻る


IASRのホームページに戻る
Return to the IASR HomePage(English)



ホームへ戻る