Neoehrlichia mikurensis 感染症
(Vol. 31 p. 359-361: 2010年12月号)

Neoehrlichia mikurensis 1) はアナプラズマ科に属するグラム陰性の細菌で、Anaplasma 属細菌同様、偏性細胞内寄生細菌であると考えられている。自然界での維持・伝播サイクルは不明な点が多いが、野生げっ歯類を保菌宿主とし、Ixodes 属のマダニによって伝播されると推定されている。2004年、名古屋市衛生研究所の川原真博士らはドブネズミおよびヤマトマダニ(Ixodes ovatus )から本細菌種が見出されること、また本菌を実験的に感染させたラットの病理学的検索から、N. mikurensis は脾洞内皮細胞で見出されることを世界で初めて報告した2) 。一方、これまで本菌のヒトへの病原性は不明であったが、2010年に入って、スウェーデンで1例3) 、ドイツで2例4) 、スイスで1例5) のN. mikurensis 感染症例が相次いで報告された。ヒトへの感染経路は不明であるが、欧州でライム病、ヒト顆粒球アナプラズマ症、ダニ脳炎などの病原体を媒介するヒツジダニ(I. ricinus )がN. mikurensis を伝播した可能性が指摘されている6) 。

これまで特異的な検査法は確立されていない。細菌の16S rRNA遺伝子を増幅するPCR法および増幅DNAの塩基配列決定により実験室診断が行われている3-5) 。培養法および抗体検査法は確立されていない。また、国内ではこれまでにN. mikurensis 感染の報告はない。以下、海外で報告された4症例を示す。

症例1:スウェーデンでの再発症例。77歳男性。基礎疾患(慢性リンパ球性白血病による自己免疫性貧血)の治療のため2007年よりステロイド療法、2008年にはシクロホスファミドの投薬が行われ、免疫抑制の状態にあった。また2009年6月に自己免疫性の血小板減少症のため脾臓摘出を受け、その後血小板数は正常化した。2009年7月初発。下痢、発熱、悪寒、一次的な意識消失のため入院、血圧低下と発熱(38.5℃)のため菌血症を疑われ、静注セフタジジム(1週間)が行われた。同時に深部血管性の血栓症および肺塞栓もみられた。CRPは9.2mg/dlと高値であったが、微生物検査は陰性であったため広範囲血栓症と診断された。1カ月後、左下肢の丹毒様発疹、発熱(39.5℃)、血圧低下(105/55mmHg)で再入院。貧血(ヘモグロビン85g/l)および左方移動を伴った白血球増多(11,000/μl)、CRP上昇(5.4mg/dl)に加え、Na+レベルの低下がみられた。血小板数は正常範囲内であった。ワルファリン、経口プレドニゾロン、オメプラゾ−ル、ビタミンB製剤投薬を行うとともに、抗菌薬による治療が開始された。クロキサシリン(静注2日間)、続いてフロキサシリン(経口2日間)を試みたが症状は改善されなかった。続いてメロペネム(静注7日間)を行い、この間に発熱、CRP値は改善された。その後ロラカルベフ(経口)に変更し、7日間経過観察後患者は転院した。翌月、発熱(39.5℃)、悪寒のためロラカルベフを内服したが症状は改善されなかった。発症3日後、右下肢に典型的丹毒発疹を生じたため、抗菌薬をクリンダマイシンに変更したが発熱は持続した(39℃)。貧血(ヘモグロビン79g/l)、左方移動を伴った白血球増多(9,300/μl)、CRP上昇(7mg/dl)、およびプロカルシトニン上昇がみられた。クロキサシリン(静注)、ピペラシリン・タゾバクタム合剤、メロペネム投薬を行い発熱、CRP値は改善傾向にあった。

この間の血液培養はすべて陰性であったが、培養液中からはN. mikurensis DNAが検出された。このため、抗菌薬を経口ドキシサイクリン(2×100mg、14日間)に変更し退院、その後再発していない。

症例2:69歳、男性。ドイツ、Frankonia中部地方在住。再帰性の熱発(最高39℃程度)、寝汗、乾性の咳、左胸部痛、間欠性の下痢を主訴とする。2007年4月発症。脱髄性多発性神経炎の治療のため、2005〜2007年の間に、シクロホスファミド、プレドニゾロン、リツキシマブ(抗CD20キメラ抗体)の投薬を受け、発症時には免疫抑制の状態にあったと思われる。再帰性の熱発はステロイド(20mg/日以上)に応答性であった。血算からは低色素性貧血が疑われた。軽度の白血球数減少(3,100〜5,600/μl)、リンパ球減少、単球増加がみられた。有症期にはCRP上昇(7.7〜11.4mg/dl)はみられるが、血小板数(21.7万/μl)、プロカルシトニン、トランスアミナーゼは正常値であった。自覚するマダニ刺咬歴は2005年にあったが、皮膚症状等は生じなかった。発症後、左上腕部および右下肢での血栓症を合併している。

種々病原体に対する実験室診断(抗体検査、病原体培養、特異的DNA検出、病理検査など)はすべて陰性であったが、真性細菌の16S rRNA遺伝子を標的にしたPCR法により、骨髄および末梢血からN. mikurensis DNAが検出された。患者はドキシサイクリン(1×200 mg/日)投薬を3週間受け、速やかに解熱、血算数値も正常化した。再帰性の熱発も再発しなかったことから、その後プレドニゾロン投薬も中止された。ドキシサイクリンによる治療完了後、末梢血からは、N. mikurensis DNAは検出されず、上記症状も再発していない。

症例3:57歳、男性。マダニ刺咬歴不明。ドイツ在住。脳内出血により入院。術後の高熱(38.8℃)、CRP上昇(8.8mg/dl)、白血球増多(25,500/μl)、AST上昇(72→122 U/ml)により感染症を疑った。胸部レントゲンで右下葉の肺浸潤が認められたため、ピペラシリン・タゾバクタム合剤(3×4.5g、静注)を開始するも容態は改善しなかった。このため、シプロフロキサシン(3×400mg、静注)およびホスホマイシン(3×5g、静注)を追加するも病状は改善せず、術後7日目に患者は死亡した。

気管内分泌液からオキサシリン感受性Staphylococcus aureus が検出された以外は血液、髄液から細菌は分離されなかったが、入院時血液よりN. mikurensis DNAが検出された。病理学的所見は得られていない。

症例4:スイスでの症例。61歳男性。持続性の倦怠感、高熱(〜39.5℃)、悪寒、中等度呼吸困難を初発症状とする。冠動脈バイパスおよび僧帽弁再建術歴がある。マダニ刺咬歴、野鼠との接触歴は不明。血液検査では白血球数上昇(12,900/μl:好中球数10,100/μl)、CRP上昇(6.8mg/dl)以外はAST、ALT、および血小板数は正常範囲内であった。経胸壁心エコー法で動脈弁および三尖弁閉鎖不全が見出された。人工弁感染性の心内膜炎が疑われ、バンコマイシン、ゲンタマイシン、リファンピシンの投薬を開始した。これら抗菌薬治療により、患者は解熱し、白血球数、CRP値も改善傾向にあった。

一方、真性細菌の16S rRNA遺伝子を増幅するPCRで初診時、および抗菌薬治療時のいずれの血液からもN. mikurensis DNAが検出されたことから、投与薬をリファンピシン(2×450mg/日)およびドキシサイクリン(2×100mg/日)へ変更し3週間治療を行った。その後経過は良好で、再発はみられず、また血液からもN. mikurensis DNAが検出されていない。

 参考文献
1) Neoehrlichia mikurensis とする名称は2010年11月現在、正式な属種名として認められておらず、すべての論文に菌種名の前に”Candidatus :候補名”が冠されている。
2) Kawahara M, et al ., Int J Syst Evol Microbiol 54(Pt5): 1837-1843, 2004
3) Welinder-Olsson C, et al ., J Clin Microbiol 48(5): 1956-1959, 2010
4) von Loewenich FD, et al ., J Clin Microbiol 48(7): 2630-2635, 2010
5) Fehr JS, et al ., Emerg Infect Dis 16(7): 1127-1129, 2010
6) van Overbeek L, et al ., FEMS Microbiol Ecol 66(1): 72-84, 2008

国立感染症研究所細菌第一部 川端寛樹

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