伝染性紅斑の成人患者における血清中の麻疹ウイルスIgM抗体価の変動
(Vol. 31 p. 268-269: 2010年9月号)

背 景:本(2010)年6月中旬に静岡市保健所より、4月以降に6名の麻疹患者が市内の医療機関から報告されたと発表があった(表1)1) 。いずれも感染経路が不明の孤発例であり、診断はIgM抗体陽性を根拠としてなされていた。

他方、静岡市内では今春、ここ数年間で一番の伝染性紅斑の流行に見舞われた2) 。当院小児科外来でも多くのいわゆる「りんご病」の典型例を診察した。しかし、麻疹が鑑別に挙がるような症例は経験しておらず、近隣の学校や保育園・幼稚園での麻疹患者発生の情報も把握していなかった。

麻疹ウイルスのIgM抗体価(EIA法)は、別の感染症等、他の病態と絡んで偽陽性を示す場合があることが知られている3-5) 。今春の静岡市における麻疹の報告と伝染性紅斑の流行とは、何らかの因果関係がある可能性もあると考えられた。

そのような折、自身に発疹、発熱、関節痛等の症状があり、他院で麻疹の可能性を指摘されたという母親に付き添われた伝染性紅斑の患児が来院した。以後当科において、同様の伝染性紅斑の母児感染例に連続して遭遇した。

目 的:伝染性紅斑に罹患した患者における麻疹ウイルス抗体価の動向を探索する。

対象と方法:本研究は、当院を受診し、研究への参加について文書で同意が得られた成人の伝染性紅斑の患者を対象とした。

対象患者より血液を採取し、パルボウイルスB19と麻疹ウイルスの各々についてウイルス遺伝子(PCR法)とIgM抗体価(EIA法)を検索した。これらの検査は民間検査機関に依頼した。一部の患者では麻疹の疑いにつき、咽頭ぬぐい液も採取して血液とともに静岡市保健所を介して静岡市環境保健研究所に送付し、各々のウイルス遺伝子(PCR法)の検索を行った。

なお本研究は、当院の倫理委員会に審議を諮り、承認を得て実施した。

結 果表2):対象となった6例全例で、パルボウイルスB19の遺伝子が陽性、麻疹ウイルスの遺伝子は陰性であり、臨床症状と総合して伝染性紅斑と確定診断された。血清中のIgM抗体価については、パルボウイルスB19、麻疹ウイルスとも、全例で陽性であった。

考 察:小児の伝染性紅斑は、「りんご病」と称されるほど両頬が赤く染まり、しかしそれ以外の症状はあまり呈さずに、元気なまま良好な経過をたどることが一般的である。これに対して成人例では、四肢を中心とした紅斑のほか、倦怠感、高熱、関節痛、および血液検査で血球系の異常を伴うなど、重症感が強くなる傾向があって、およそ「りんご病」とは別物の病状を示すことが多いようである。このため、特に成人における伝染性紅斑の場合、診断に苦慮して発疹と高熱を伴う代表的な疾患である麻疹のIgM抗体が検索され、本研究で示されたような形で陽性の結果を手にして、「麻疹患者発生」が届出られることもあり得るのであろう。

伝染性紅斑の罹患に伴って血清中の麻疹ウイルスIgM抗体が陽転化することに関し、現時点で原因は不明である。患者の免疫状態に要因があるのか、パルボウイルスB19が麻疹ウイルスIgM抗体の産生を誘導するのか、あるいはIgM抗体を検出する試薬の問題であるのか、いくつかの可能性が考えられ、今後の検討が必要である。

麻疹を巡っては2012年までに西太平洋地域からの排除という目標6) に向けて、各国が力を合わせている現状である。患者数の抑制という点で世界に後れをとっている日本も、2006年に麻疹ワクチンの2回接種法を導入し、2008年からは麻疹が全数届出疾病となって、目標に向けた体制を整備・強化しているところである。国内が麻疹排除に近い状態になればなるほど、全数届出の精度が問題となることは自明である。麻疹の標準検査診断法として、世界保健機関(World Health Organization; WHO)では血清中のIgM抗体検査法を推奨し、抗原検査法は陽性として捉えられる期間が短いことを理由に第一選択とはしていない7) 。しかし、前述のとおり、IgM抗体検査法は麻疹以外の病態で偽陽性を呈する懸念3-5) があるため、日本ではRT-PCR法によるウイルス遺伝子の検出が標準法として採用された6) 。2009年に本邦で報告された麻疹患者数は741例8) であるが、うち約4割にあたる303例が臨床診断のみで、残りの約6割も大半がIgM抗体検査法によるものであったという8) 。臨床の現場では、保険適応もあって馴染みが深いIgM抗体検査を実施しやすいことは事実である。しかし、その精度には限界があり、また現在は麻疹排除に向けて各地域の衛生研究所および国立感染症研究所でウイルス遺伝子の検査が迅速に実施可能である。麻疹の検査診断の必要性を念頭に置いた上で、これらのことを認識し、麻疹が疑われる症例の診療に際して正確な診断・届出をするよう努めていくことは、我々臨床医の責務である。

結 語:麻疹ウイルスIgM抗体価(EIA法)は、伝染性紅斑の患者において偽陽性となることがある。麻疹排除の目標に向けては発生患者数の正確な把握が不可欠であり、流行期ではないわが国の現状では、ウイルスを直接検出する方法に基づいて確定診断を行っていくべきである。

謝 辞:本研究にあたり、検査実施と情報提供において多大なご協力をいただきました静岡市保健所保健予防課ならびに静岡市環境保健研究所の皆様に、深謝いたします。

参考文献
1)静岡市ホームページ,市内における麻しんの発生状況
  http://www.city.shizuoka.jp/deps/hokenyobo/mashinhasseijoukyou.html (2010年8月アクセス)
2)静岡市ホームページ,静岡市の感染症発生状況「伝染性紅斑」
 http://www.city.shizuoka.jp/deps/hokenyobo/graf2.html#densensei (2010年8月アクセス)
3)IASR 31: 43-44, 2010
4)IASR 31: 44-45, 2010
5)Dietz V, et al ., Bull World Health Organ 82: 852-857, 2004
6)IASR 30: 45-47, 2009
7)WHOホームページ,Measles and rubella laboratory network
 http://www.who.int/immunization_monitoring/laboratory_measles/en/index.html (2010年8月アクセス)
8)IASR 31: 33-34, 2010

JA厚生連静岡厚生病院小児科 田中敏博 小栗 泉 川出博江

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