MSMのHIV感染対策におけるコミュニティセンター事業の意義
(Vol. 31 p. 229-230: 2010年8月号)

厚生労働科学研究費補助金エイズ対策研究事業「男性同性間のHIV感染対策とその介入効果に関する研究」の報告では、わが国の成人男性(20〜59歳)におけるMSM(men who have sex with men)の割合は2.0%であり、682,801人のMSMが存在すると推定している。加えて同性への性的魅力を感じたことのある男性も含めた割合は4.3%であり、同性間のHIV感染予防の対象はさらに多いものと考える。

厚生労働省エイズ対策研究事業による研究班で、男性同性愛者等で構成されるCBO(community based organization)との協働で取り組まれた啓発プログラムによって一定の成果が見られたことから、男性同性愛者等に訴求性のある啓発を促進するために、厚生労働省は2003年から「男性同性間のHIV/STI感染予防に関する啓発事業」を財団法人・エイズ予防財団を通じて実施している。現在は、コミュニティセンター「ZEL」(仙台市青葉区)、コミュニティセンター「akta」(東京都新宿区)、コミュニティセンター「rise」(名古屋市中区)、コミュニティスペース「dista」(大阪市北区)、コミュニティセンター「haco」(福岡市博多区)、コミュニティセンター「mabui」(那覇市)など、全国6地域で展開されている(参照)。

セクシュアル・マイノリティに対するわが国の偏見と差別は根強く、同性愛者として生活することを困難にし、同性愛者の存在を不可視化している。そういった社会環境の中で彼ら自身がコミュニティセンターを持つ意義は大きく、HIV/AIDS対策を進める上で重要である。

1)当事者が集う「場」としてのコミュニティセンター
東京や大阪の大都市圏に展開しているコミュニティセンター「akta」、コミュニティスペース「dista」の月間利用者数は平均約800〜900人(2009年)であり、週6日間オープンしている。また名古屋や博多の中都市圏でもコミュニティセンター「rise」や「haco」が週3〜4日間オープンしており、月平均140〜150人の利用者がいる。利用者数は年々増加し、ほとんどがゲイ・バイセクシュアル男性であり、これまでHIVや性感染症の情報に無関心だった人をより多く呼び込む工夫が各地域で実施されている。

コミュニティセンターではMSMを対象にHIVを含む性感染症の情報提供や勉強会が1年を通じて実施されている。またコミュニティのニーズが肌感覚を通して吸収され、新たな啓発プログラムの開発や展開に活かされている。このような情報の循環により、コミュニティにおいて、エイズをめぐる様々な課題を可視化させつつ、予防やケアへの支援環境の構築を進めている。

2)予防活動の「拠点」としてのコミュニティセンター
コミュニティセンターは予防活動の「拠点」であり、MSMを対象とした予防啓発事業のベース基地となっている。ゲイ向け商業施設利用者を対象としたアウトリーチとして東京では毎月4,000個のコンドームや毎月5,000部の情報誌「monthly akta」を制作・配布している。また、大阪においてもコミュニティペーパー「SaL+」を月平均6,000部制作、約80店舗の商業施設に配布している。他地域においても地域の特色に合わせた同様の活動が実施されている。

その結果、首都圏在住MSMにおいてHIV抗体検査受検割合が上昇(25.1%→47.3%)、近畿地域在住MSMにおいてコンドーム常用割合が上昇(32.1%→42.2%)したことが報告されている。それぞれ啓発資材との関連が示され、今後他地域においても同様の成果が期待される。

3)連携の「ハブ」としてのコミュニティセンター
予防活動の「拠点」であると同時に、コミュニティセンターは、コミュニティに向けたインターフェイスであり、研究者や行政関係者、医療・支援関係者との連携における「ハブ」となり、協働を促進している。

コミュニティセンターの存在は大阪の屋外大規模啓発イベント「PLuS+」をはじめ、博多の大規模ゲイ向けスポーツ大会「Red Ribbon Games」や名古屋のセクシュアル・マイノリティ向け啓発イベント「NLGR」など各地域でコミュニティ内のイベントやコミュニティのキーパーソンとの共同事業を円滑に進めてきた。そして、そこに関わる行政関係者や医療・支援関係者と当事者の間で、MSMのセクシュアルヘルスについて考える場を創出し、男性同性愛者等が利用する商業施設と連携した啓発普及を促進する役割を果たしている。

4)コミュニティセンター活動の課題
「場」、「拠点」、「ハブ」の3つの役割と意義を有しているコミュニティセンターが、その機能を継続し、さらに効果的な啓発を進めていくためには、それを支える経済的・人的資源が圧倒的に不足している。1990年代後半に男性同性間のHIV/AIDS対策に成功したオーストラリアでは、コミュニティ向けの予防啓発活動に携わるスタッフは100人以上雇用されており、国や州政府の予算が投入されている。日本でも国の対策のもと6地域でコミュニティセンターが運営されているが、全国で10人程度のスタッフの雇用であり、予防活動のほとんどは無償のボランティアスタッフに依存している。

また、コミュニティセンターの認知が広がるに従い、来場者の中にはメンタルヘルスや様々な依存症に関する課題を抱えている人も増加してきており、相談やサポート等の対応が必要となっている。

 参考文献
〇市川誠一, 他, 厚生労働科学研究費補助金エイズ対策研究事業「男性同性間のHIV感染対策とその介入効果に関する研究」, 平成21年度総括・分担研究報告書, 2010
〇National Centre in HIV Epidemiology and Clinical Research,HIV/AIDS,VIRAL HEPATITIS AND SEXUALLY TRANSMISSIBLE INFECTIONS IN AUSTRALIA ANNUAL SURVEILLANCE REPORT 2008, 2008
〇塩野徳史, 他,「大阪地域の予防介入プログラムの評価とHIV感染予防行動の関連要因に関する研究−バー顧客調査2009年の結果−」, 平成21年度厚労省男性同性間のHIV感染対策とその介入効果に関する研究-研究報告書: 119-138, 2010

名古屋市立大学大学院看護学研究科・感染疫学 塩野徳史 市川誠一

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